第8話 惑星アルティメットは「夏」

 いずれにせよ、ルビイがこのグラース市から出ていないことは確かだった。

 現在、惑星アルティメットは「夏」である。

 「夏」とは、この避暑惑星において、閉じた都市が活動する唯一の季節である。

 アルティメットは、そもそも決して住み易い惑星ではない。都市でのみ、人々は快適な生活を保証されるのだ。ある季節のみ開かれる都市。それがグラースであり、この惑星の他の都市群であった。

 無論、都市以外の地域にも住人は存在する。彼らはやせた土地にしがみつき、過酷な気候にぎりぎりの生活をしながらも、そこにしがみつくしかない者達だった。

 元々アルティメットは、そういう者だけが住む惑星だったのだ。彼らは近隣の環境の良い植民星に住むだけの余裕すら持てず、貧しい辺境の移民星へと流れてきた者達だった。

 ところが帝国も安定し始めた120年程前、一人の技術者がある企業に働きかけて、その惑星の資源を利用した「快適な」コロニーの建設を提案した。

 生活に不自由しない環境で育った理想主義のこの青年技術者は、卒業旅行に立ち寄ったこの惑星の状況を憂え、彼に出来ることをしようと思った。

 この惑星の貧しい土地を富んだものに変え、少しでも彼らの生活が向上するようにと願ったのだ。

 ところで企業は、彼の理想は聞き飛ばしたが、開発には賛同した。そして彼を中心に、グラースを始めとする地上型コロニー都市の建設計画が始まった。


 それは「閉じた」都市だった。


 地上にありながら地上の風を通さず、空の下にありながら、雨の進入を許さない都市は、彼の中では、全ての気象をコントロールし、大地を豊かにするための一つのステップの筈だった。彼にとってこのコロニーはそこにへばりつくしかない住民のためのものだった。

 だが当然の如く、企業の思惑は違った。

 「地域資源を利用した低コストの全天候型都市」。企業は彼の構想した都市をそうとらえていた。

 結果として、そこは別の使われ方をすることとなった。

 すなわち、「世知辛い世の中/帝都を遠く離れた一時の夏を」避暑地として。

 技術者は、当初の思惑とは外れていく都市の姿に絶望し、企業から受け取った多額の報酬を持ってそのまま決してアルティメットには近付かなかったという。

 先住の人々は、企業からの恩恵を単純に受け取って、都市の最下層の労働につくか、さもなければ土地にしがみついて消えていった。


 ありがちな話だ、とGはこの惑星に来る前に検索した歴史を反芻する。 


 ただ、その全天候型都市も永遠ではなかった。ある年行われた調査隊は、企業にとって非常に聞き苦しい結果をもたらした。

 年を追う毎に貪欲になる滞在者の好みを反映しすぎた結果、この都市は、当の低コストの筈の動力源、地下資源を食い過ぎてしまった。

 このままフル稼働して行ったら、あともう短期間の間にオーヴァヒートするのは目に見えていた。

 そこで企業は、対応策として、その避暑地自体の価値を吊り上げた。

 季節の限定、滞在者の限定、そこに滞在できるのは、広い世界の中でもほんの一握りの人々だけ。そんな方向転換が功を奏した。

 ステイタスシンボルとしての避暑地。

 結果として、アルティメットは一握りの人々のために、わずかの「夏」、都市を開くという惑星となった訳である。

 無論、他の惑星にも地上用全天候型コロニーはある。だが大抵が官給のものであったので、決してそのサーヴィスは良いとは言えない。

 この惑星には、そのサーヴィスが徹底していた。ほぼ完璧であったと言える。

 だからGは火事に関しては、そう心配はしなかった。燃えている森を放っておいて、この館内にあるコンビュータの検索に手を出しているのはそのせいである。

 とりあえず、彼は手探り状態だった。情報が欲しかった。

 ルビイが消えた、と言っても彼にはまず何処を捜していいのか想像もつかなかった。何よりまず、情報が足りなかった。

 「蒼の女王」の秘蔵っ子として誘拐されたと「伯爵」は言う。女王はこの地に来る人々の中では重要人物らしい。

 では女王とは敵対関係にある者だろうが。だがそもそも女王自体、彼はつい最近知ったばかりである。

 連絡員のキムに聞いても良かったが、昨夜の今日である。それにルビイを捜すことはキムとは直接関係はない。

 Gは寝直す間もなく、館の端末から取り出せるだけの情報を取り出していった。

 だがその努力はごく短時間で無駄なことが判った。

 当の蒼の女王に関する情報が、何処にも存在しないのだ。どれだけ疑わしい者が居たとしても、つながりが何処にも見受けられない。

 彼は少女の真っ赤な宝石のような瞳を思い出していた。彼の中で何かが引っかかっていた。



 ノックをすると、どうぞ、と礼儀正しい声がした。

 扉を開けると、声と同じ態度で執務をしている伯爵の姿が彼の目に飛び込んできた。

 午後の陽射しの中、その光景は一つの美しい絵画のようにも見受けられた。Gが入ってきたことを認めると、伯爵は視線を彼の方へ向け、やや神経質そうに眼鏡の縁に触れた。


「リヨン君、君か…… あの子の居場所は判ったかね?」

「居場所はまだ掴めません」

「何とかしてくれ」

「それは無理でしょう。伯爵、あなた自身、彼女を捜す気がないのだから」


 伯爵はペンを置き、眼鏡を取った。


「奇妙なことを言う。私が彼女を捜す気がないと?」

「そうです。何故なら伯爵、あなたは蒼の女王の崇拝者ではない」

「無論私は崇拝者ではない。だが大切な知り合いであることは確かだ。大切な知り合いから託された少女をさらわれたなら捜すのが当然だろう!」

「ええ当然だ。だからあなたはそうではない、と僕は言っているんですよ」

「何」


 ガタン、と音をさせ、伯爵はデスクに手をつき、立ち上がった。す、とGはすべるような足どりで伯爵に近付いていった。

 流れる光沢のある黒髪に縁取られた整った顔は、その美しさゆえに壮絶な程の凄みを浮かべていた。


「蒼の女王に関する情報を消去したのはあなただな、伯爵」

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