天狗のアパートにお邪魔する その2

 扉の外からカンカンカンと階段を駆け上がる音が響き、ガチャッと勢いよく扉が開くと紅美ちゃんは、部屋に入って来るなり


「天狗ちゃん、この人やっぱり悪い人

でしょ!」


 僕を指差して悪人呼ばわりすると天狗の隣に

座って僕を睨みつける。

天狗さん、紅美ちゃん本当に納得するの?


「まあ、待て紅美

お互いに話をしたら誤解だと分かってな」


 紅美ちゃんは「ん?」といった感じの表情で

天狗を見ている。


 天狗はスッと立ち上がると僕らに背を向けて


「彼は、この間宮一騎は『ゲーム天狗放送室』

いや、このゲーム天狗を想いゲームセンターで、あの様な振る舞いになってしまったと言うのだ」


「どういうこと?」


 紅美ちゃんの言う通りだよ。

本当にどういう事か説明して下さいよ。

と心の声


「一騎はゲーム実況配信なのに、水着回で視聴者を獲得しようとするのは違うのではないかと我に言いたかったのだ。

確かに一騎の言い分も分かる」


 彼は拳を力強く握りしめて強い口調で演説のように力説している。

なんだか腹立つなぁ。


 僕は水着回に怒ってるのではなくて、アナタのセクハラ紛いの行為が許せなかっただけですよ。


 文句の一つも言ってやりたかったが任せると

決めた手前、天狗の言う事に一応頷く。


「誤解は誰にでもある。

しかも心を交わしてない者同士なら尚更だ」


 天狗は数秒の間沈黙、そして急に振り向くと


「しかーし!

我々は互いに話し合った結果

誤解が溶け、認め合える本当の仲間となったのだ!」


 よくもまあ、ベラベラと口が回るもんで、

あきれて物も言えない。


「この天狗、感動して目から熱いものが流れてきた……」


 そう言って掌で目を押さえている。

嘘つけ、いちいち大袈裟なんだよ!


 どうせ泣いてもないくせに、呆れて天狗を見ていると、紅美ちゃんは天狗ではなく何故か僕をジッと見ながら頭をかがけて


「そっかぁ、そだね」 と言って納得したようだった。


 え、納得するの? 僕なら信じないよ。


 大丈夫かな?この娘なんて思っていると、

彼女は顔を近づけて僕の目を見つめて


「間宮くんは、天狗ちゃんの事を思って

注意してくれたんだね」


「う、うん」


「そっかぁ」


 心にも無い返事をしたので、目を反らしてしまう…気まずい。


「ふーん」と言って紅美ちゃんは天狗に


「良かったね」


 ニコッと笑顔を見せる。


「紅美よ、分かってくれたか」


「うん」


 良かった、上手くいったみたいで、ひとまず安心した。


 ホッと一安心していると紅美ちゃんは、

「間宮くん、間宮くん」と僕の手を取ると耳元で


「紅美ね、アナタの事信じた訳じゃないから、

天狗ちゃんが言うから仕方ないけど私、本当は納得してないから」


 そう冷たく囁いてニコニコ笑っている。

え、え、え、何て冷たい声なんだ恐いよ。


「ヨシ!紅美、一騎よ、これから新生ゲーム

天狗放送室として配信を始める。

そして、『シャドウオブウォーリア』の大会参加と優勝宣言をする」


 天狗はデスクトップパソコンのスイッチの

起動させると、紅美ちゃんはビデオカメラの

スイッチを入れる。


 そして彼はツナギを脱ぎ出した。


 なんだなんだ、何故服を脱ぐ?

僕は彼の行動が理解出来ないが、そんなのお構い無しにふんどし一丁になる。


色は赤

この人、普段もふんどしなの?

紅美ちゃん、気にならないのかなぁ?


「紅美、パグぞうを」


「うん、連れてくるね。」


 紅美ちゃんは、部屋を出るとカンカンカンと音を跳ねるように鳴らして、外の階段を駆け降りて行った。


 部屋の中には僕とふんどし一丁で天狗の面を

着けた男と2人に

天狗は腕を組んで立っている。


 しかし凄い身体してるな。

彼は背が高く浅黒い身体は筋肉で引き締まって

全く運動しない僕と大違いだ。


 僕の視線に気がついたのか、天狗は無言で様々なポーズを取りだした。

嫌だな、正直キモい。

紅美ちゃん早く戻って来てよ。


 間も無くしてから扉が開くと


「パグぞう連れてきたよー」


 紅美ちゃんは抱えてた犬を床に放すと、凄い勢いで僕の足下を通り抜けて天狗に走り寄ると、天狗は犬を抱き上げるとお面をベロベロ

舐めだした。


「パグぞうだ」


「間宮一騎です」


 天狗は犬を紹介してきたので、僕も犬に自己紹介をしてしまう。


 犬種は名前の通りパグだろう。

見た感じもパグ犬だし

しかし、舐める勢いも凄いが尻尾も凄い振っているよ。


「ヨシ!準備は出来た。

紅美よ、カメラを回すんだ!」


「おー!」


 紅美ちゃんはカメラを用意すると

天狗はパグぞうを抱えたままカメラの前に立ち、そして彼の顔を舐め続けるパグぞう


「天狗ちゃん、用意できたよー」


 準備が整うと紅美ちゃんは天狗にサインの合図を送って


「どうも『ゲーム天狗放送室!』です。

いつものように始めたいと思います」


 いつもの野太い声で配信が始まった。

しかし半裸の男を見て視聴者はどう思うのかな?

しかも犬が滅茶苦茶に顔舐めってるし


「今日は皆様に重大なお知らせがあります」


 と言ってから急にカメラに指を指すと


「来週の日曜日!

ゲームセンター『狼達の午後』で行う

『シャドウオブウォーリア』の大会にて我々

『ゲーム天狗放送室!』が参加を表明!

そして優勝を宣・言する」


 カメラに向かって熱の入った優勝宣言

相変わらずパグぞうは、天狗の面を舐め続けている。


 紅美ちゃんは、天狗からパグぞうを受け取って降ろすと彼の隣で「おー!」と拳を上げて

鼓舞する。


「一騎も来い!」


 手招きで僕を呼ぶが正直嫌だ。


「いいから来るんだ!

お前の紹介もあるだろ」


 強引に腕を引っ張る天狗の力は強く、抵抗しても僕の力では無駄なので、諦めてカメラの前に立つことにした。


 自己紹介だけして、さっさと済ませよう。


「一騎です」


 天狗の奴が僕の名前をそのまま言ったので

名前だけ言って済ませた。

まあ、これでいいだろう。


 しかし断りも無しに配信で人の本名呼ぶか?

呆れてしまう。


「待て一騎!」


 真ん中の天狗が、僕と紅美ちゃんの肩に腕を

回すとカメラに向かって視聴者を挑発するように


「我々『ゲーム天狗放送室!』 は、誰の挑戦も受けて立つ!」


「おー!」


「そして間宮一騎、新しい彼の力に

乞うご期待」


 うわー!この人、名前どころか、とうとう僕の名字まで言っちゃった。

さすがに注意しなければならない。


「天狗さん、何で僕のフルネーム勝手に言っちゃうんですか?

これって生配信ですよね!」


「あ、スマン」


「スマンじゃないでしょ!」


「一騎が入った事が嬉しくてな、うっかりしてしまった。

なあ、紅美」


 ズルい、紅美ちゃんに振って誤魔化す気だ。


それでも紅美ちゃんが「おー!」と言ってくれるならと期待して彼女を見たら


「うん、そだね」


 目も合わせず素っ気ない返事をするだけ。

もう散々だ!


 天狗は頭をポリポリ掻いて、すまなさそうにしているが僕の気が収まらず


「個人情報言っちゃって一体どうしてくれるんですか!」


 怒っている僕をなだめるように天狗は、

「まあ、任せろ」と言ってウォッホンと咳払いを一つすると


「今言った彼の名前は、偽名です」


 適当な事を言って済まそうとしやがって、

コノヤロー!


「今のやり取りで誰も信じる訳無いじゃないですか!

何です?その誤魔化し方は!」


「分かった落ち着け。

えー、今日の放送はこれまでとします。

紅美よ、終らしてくれ」


 そんな僕らを見ながら紅美ちゃんはケラケラ

笑って


「終わったよー」


 配信を終了させてパソコンの電源を落とした。


「一体どうするんですか!」


 怒りの収まらない僕は、天狗に詰め寄って

文句を言い続ける。


 それに見かねたのか、紅美ちゃんは天狗を

庇うように割って入ると笑顔で


「間宮くん、男の子がそんな小さな事気にしないの」


 優しくなだめてくれる。

くっ、この優しさは僕に向けられたものでは

無いから余計腹が立つ。


 天狗め、紅美ちゃんに免じて我慢するけど、

いつか見てろよ。

結局泣き寝入りだ。


 悔しそうにしている僕に気を使ってくれたのか


「お腹空いたよね。

紅美ご飯作ってくるねー」


 パグぞうを連れて部屋から出て行った。


 紅美ちゃんが晩御飯を作ってくれる間、天狗とちゃぶ台を挟んで待つ事に


 少しの間は無言だったけど天狗の方から話かけてきて、彼曰く円卓会議だとか言って他愛も

無い話だけど会話は弾む。


 しかし円卓会議って

言う事が一々大袈裟なんだよな、この人。


 しばらくすると紅美ちゃんがご飯を運んで

来てくれた。


「大したもの作れなかったよー」


 とは言ってたけど、彼女の作ってくれた御飯は美味しくて、その頃には僕の機嫌もすっかり

良くなっていた。


 紅美ちゃんの手料理が、ここに来て唯一良かったな。


「じゃあ、紅美部屋にもどるねー」


 紅美ちゃんは自分の部屋に帰ると、僕らは

パソコンで他の配信動画を観たり、

『ゲーム天狗放送室』の方向性について語ったり、大会に向けての役割を話し合ったりした。


「紅美はゲームが得意ではないので一騎、

お主が要だ、頼んだぞ!」


 パンッと肩を叩かれ頼まれた。

そんな話をしながら、ふと時計を見たら24時を過ぎていたので、これ以上長居しても悪いので帰るとするか


「天狗さん、そろそろ帰りますね」


「そうか、帰るのか。

分かった送って行こう」


「いえ、大丈夫ですよ」


 夜も遅いので遠慮したけど商店街の通りまで

送ると言うので、お願いすることにした。


商店街まで出ると


「ここでいいです」


「そうか気を付けてな」


「今日はありがとうございます」


「お主は、『ゲーム天狗放送室!』の一員だ。

いつでも訪ねるがいい」


「はい、では失礼します」


 お互いに挨拶を済ませると僕は天狗さんに背を向けて歩き出す。


 今日は色んな話をしたな。

今までは一人でいることが多かった僕には、

慌ただしいけど、こういうのも悪くないかもしれない。


 歩きながら夜空を見上げると星達が家路に

向かう道を僕の為に照しているよ。

なんてね。


……。


「ウフフ、見ーつけた」


 その時の僕は気付いてなかった。

夜の暗闇の中から見つめる影が僕の後を付けていることを

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