見知らぬ幸福

「話しを聞いてあげるから、一から話してごらんなさい」


「え? いやだから、俺は先輩が嫌がってるのを察して、手を繋いでカフェから飛び出てだな――」


「その後よ! その先輩急に帰っちゃったんでしょ。あんたが口説いたせいで」


「ユウ君の女たらし」


「なぜそうなるんですか!?」


 友人二人からの批判に抗議するが、二人ともなぜか息が合ったように同じところを集中攻撃してくる。


 そろそろ泣いても良いですか?


 前日起きたカルドでの出来事を、登校後、先に席に着いていた二人に話してみると、夏美は眉を尖らせ、翔はシャーと警戒する猫みたいな声を上げて、俺の席に寄って半ば取り調べみたいな構図になった。



「そもそも、なんで飛び出すのよ。別にその場が収まれば良かったんじゃない」


「後味悪いだろ。それに、これからあのカフェで色々やっていこうって時に、悪い思い出があったら近付けないだろ」


「ある意味あるにゃ」


「嘘だろ!? なんで」


「「ハァー」」というため息が二人分俺の席に吹き掛けられる。


 止めろ、不幸になるだろ。


「考えてみなさい」と、夏美が切って入る。


「あんた達は今後もあそこで料理をするのよ。でも、そこでドラマみたいな展開を見せられたら、あんた達二人がそういう関係ですってアピールしてるようなものじゃない」


 なんだ、よく分からないぞ。


「つまりね」と察したようなタイミングで夏美が言う。


「先輩を気づかったあんたの行動は、そこにいた連中にしてみれば恋人にしか見えないって言ってるの」


 なるほど、恋人に見えるか、なるほどな……、


 ……ん?


「恋人!?」


 クラス全員分の視線が俺に集中した。慌てて「こ、恋人欲しいな~、募集中~」とふざけてみると、


「お前は一生童貞だ」「キリンマスク被ってろ」「最近出たサルマスクの人中々面白いよね」


 笑い声に混じってそんな野次が飛び交った。

 ……いや、途中から何かの感想混じってるな。知らんけど。


「なんで俺と先輩が恋人に見えるんだよ!」


 努めて小声且つ夏美を問いただす。


 すると、夏美が額に手を当てて、「これだから鈍感キャラは」と言い出した。


 俺、夏美からそういう目で見られてるのか。


「良い? 人ってのはね、他の人に勝手な印象を抱いて勝手に評価するものなの、例えば、公園でイチャついてる男女がいるとして、あんたはどう思う」


「めちゃくちゃイライラする!」


 どれぐらい好きか言って~、とか好き好き言い合ってるのは特に嫌いだ。


「え、ええ、そうよね。でも、もしこれが、遠距離恋愛で久々に出会えた男女だとしたら、どう思う?」



「それは、まあ……良かったな、ってなるかな」


 七夕の日にしか会えない織姫と彦星がイチャつくのに、怒りどころか、むしろ良かったねって拍手を送りたい気分になるな。


 そんな俺の反応見てか、夏美がいつものように勝ち誇った感じで腕を組み、「この違いは何か分かる?」と、まるで、授業中に問題を出す教師のような知的な風格を醸し出していた。


「気軽に会える訳じゃないし、好きにさせてもいいかなって思える。だから、何て言うか、その……」


 そこで俺の言語能力に限界が訪れ、だからさ、あれだよ、と浮き沈む言葉を引き寄せようと努めるが、夏美はここで区切るように言った。


「背景の要因、でしょ」


 ちょっと違うが、それだ。


「うん、それ」


「これで分かったでしょ、俺が言いたいこと」


 え? そういえばなんだったっけ。


「人は勝手な印象で評価するって話しにゃ」


「俺の心が読めるのか!?」


「顔に書いてあるのを読んだだけにゃ」


 どこかふて腐れ気味でそういう翔。

 というか、俺そんなに分かりやすいのか?


「ともかくよ。あんたの行動は先輩にとってカフェが居づらい環境になったと考えて頂戴」


「お、おう」


 正直今も良く分からない。ただ先輩と共にカフェを飛び出したのがそんなにも影響するのだろうか。

 深くふかく考えて、一つ心に引っ掛かるものがあった。


 とても嫌な思い出。


「俺、師匠としてやっていけるのかな……」


 つい口からそんな言葉が漏れた。やれるもなにも、ただ勝手に先輩を育てて極まった幸福トースト論の元、生まれたトーストを食べてみたいという欲求、勝手に世話を焼いてるだけなのに、一体何を言ってるんだ俺は、



 ハァー。


 どんよりとした空気が喉を通って外界がいかいへ霧散し、耳に入って頭を曇らせる。


 立派な師匠になるのも大変だな。


「何辛気くさい顔してるのよ。ほら、いつもみたいにポジティブ発言しちゃって」


「そう言われてもな……」


 料理を教えることは出来るけど、細かい気配りなんて出来ないよ。


 と、心内で悪態を吐いていた。


 いたんだけど――。


「はぁ……しょうがないわね、なら、今回は俺も付き合って上げるわよ」


「にゃら、うちも」


 …………え?


「え?」


 今なんて言った? 二人が、付いてくる?


「マジで!?」


「これでも、あんたの友達よ。苦労してるなら支えてあげるわよ」


「おお! 頼む! もう一回言って!」


「言うわけないでしょ! ってか結構恥ずかしいわねこういうの」


 そういって右手で口元を隠す夏美。長年の付き合いだから、これが照れだということがよく分かる。


「うちも、こう見えて結構お世話になってるし、たまにはカフェに顔だしてタダ飯頼むとするにゃ」


 そういって俺の机の上で突っ伏してるケットシーから、のんびり口調でもくもくと単語が昇る。


 長年の付き合いだから分かる。こいつ本気だ! というか毎日の弁当もタダ飯に分類されるんですけど。その上、更に要求するのかこいつ。


 こうして俺は、おネエと猫っぽい友人二人の熱い友情(一人は食欲)を改めて確認したのだった。


「あ、というか、翔は良いとして、夏美は放課後大丈夫なのかよ。陸上部」


 夏美は陸上部に所属していて、体格の良さと足の速さから、この一ヶ月で既にエースとして扱われているらしい。

 登校時は、走ってる夏美に手を振って挨拶をしてから教室に入るのがいつもの習慣だ。


 というか、今日は先に教室にいたような。


 夏美が、その言葉を待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げて笑っていた。


「問題ないわ。うちの陸上部って弱小だからか、努力だ練習だっていう勢いがあまりないの。おまけに、部長さんは融通が効くし。今だって、調子が悪いって言ったら先に上がらせてくれたわ」


「夏美、お前相変わらず悪い奴だな!」


「ふん、当然でしょ」


 ガシッ、お互いに熱く手を握りあった。やっぱり、持つべきは悪知恵が働くオカマだな。


「だからオカマじゃないわよ!!」


 心が読まれない顔に整形してもらおうかな。

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