理論の前に面接を

 翌日、当たり前のように弁当を早食いし、食後のうたた寝を決め込んでる翔に弁当箱を返すよう注意し、面接作戦を提案した参謀に走りながら敬礼していつもの場所へと向かった。


 □■□■□


 綺麗に磨かれた平皿が積んである棚。流し台は水垢一つ無い。四脚のテーブルの上には丸みを帯びたトースター。


 そして、腰を曲げて水平姿勢を保つ弟子、麦野先輩。


「あ、あの、昨日はすいませんでした」


「いやいや、俺としては先輩のカッコいい名言が聞けて良かったっすよ」


「かっ、カッコいいって……」


 顔をパッと赤くする麦野先輩。


 やっぱり可愛い。


 相変わらず料理準備室でしか会わない先輩だった。

 登校の際、それとなく探して見たものの発見出来ず、でもお昼休みには必ず料理準備室にいるので、まあ、良いか。


「そういえば昨日の件ですけど、俺、先輩の師匠を引き受けることにしました」


「ほ、本当ですかッ!」


 簾みたいな前髪の合間からも見えるキラキラと輝く歓喜の瞳。

 いつも思うけど、あの前髪を切ればもっと可愛いと思うんだけどな。


「はい、ただし条件があります」


「じょ、条件?」


 師匠を引き受けた勢いに喜んでた先輩は、条件という言葉に不意を突かれたようにおどおどと反芻した。


「はい、まずは俺とカフェに行き、そこで面接をさせていただきます」


「おー、面接!」


 お、なんか反応した。


「はい、面接です。出来るなら今日の放課後が良いんですけど、都合良いですか?」


「はい! 大丈夫です! 何を聞かれても答えて見せます」


 威勢が良く、そうかそうかと俺も気分が良くなってきた。


「じゃあ、放課後向かいましょう。あ、そうだ。先輩スマホあります?」


「ふぇ? あ、ありますけど」


 そういってスカートのポケットから白地の地味なデザインの、いや、良く見ると、食パンの断面がプリント写されたカバーがされたスマホを取り出した。


 なんか、斬新だな……。そしてどこに売ってるんだろ。


「どうしました?」


「え、いや何でも」


 そうして俺と先輩はメッセージアプリの友達登録を済まし、残りの時間でトーストに関しての話をして過ごした。



 □■□■□


 授業が終わり、青い空に朱色が混じり始めたのをぼんやり見ながら時間を潰していた。


 一時限の差って、こんなに退屈なのか。


「ゆうくん、今日弟子ちゃんの面接じゃなかったにゃ?」


「そうだよ。けど授業の関係で時間に余裕出来ちゃったんだよな」


 机に突っ伏してうなだれる俺に対し、ほんわかした表情で机に突っ伏す翔。


 よく固い机の上で幸せそうに寝れるよな。


「そういえば、千五百円返せよ」


「ふにゃ~、なんか、うとうと……」


「弁当作らないぞ」


「ちょうどここに千五百円~、はい、お返し」


 翔から千円と五百円を受け取った。


 流石に弁当を作ってもらえないのは困るみたいだな。


「にしても、ゆうくん面接できるにゃ?」


「なめるなよ、当然できる」


 啖呵を切ってみるが、正直不安はある。

 面接をする側なんて初めてだし。


「ふ~ん。ならうちが試してもいいかにゃ?」


「ほう……」


 いつも寝転んでる翔からは予想も出来ない提案だった。


 何を考えてるのか、寝ぼけ眼を覗くも分からない。

 猫みたいな気まぐれか、それとも翔自身の考えによる提案か。


 まあ、この際どっちでも良いか。


「分かった。じゃあ面接を始めるぜ」


 意気揚々と翔の前の席に座り、正面に向き合う。

 日向ぼっこを中断したケットシーこと翔は欠伸を一つして、気の入らない目を俺に向けた。


 机の上で手を組み、軽く首を回し、ゆっくりと目を見つめた。

 威厳があるように、声も少し低くし、遅めに語りかける。


「では須藤 翔さん、あなたの得意な事を一つ教えて下さい」


「寝ることですにゃー」


 あれ?


「ぐふん! 失礼。そうですか寝ること、では、趣味はお持ちですか」


「こたつの下で丸くなることにゃ」


 それ猫だな!


 と突っ込みを入れかけた俺自身を何とかすんでで抑える。


 危ないあぶない、こいつは難敵だ。


 猫みたいに口の端をにんまりと丸めてるのが腹立つ。


「で、では、将来の夢を聞いても良いですか、出来るなら具体的にお願いします」


 ここまでの流れだと、おそらく家でだらだら過ごすとか言ってきそうなので、そこに具体性を求めることで脱線から回復しようと試みた。



 さあ翔よ、どうでる。


 組んだ指先を力ませ、慎重に次の言葉を待った。

 そして、翔の唇が動く。


「うち、実は食堂で働きたいと思ってるんだにゃ」


「え?」


 意外、なぜ。


「小さい食堂で良いんだけど、テーブルと畳の席があって、常連さんが来るにゃ、うちの未来の旦那さんが作った料理をうちが運ぶ、そんな毎日に憧れてたり」


 そ、そんな将来を考えてるなんて、しかも健気!


 いや、待て。まだ罠じゃないと確定した訳じゃない、もっと聞き出せ。


「ちなみに、場所は決まってるんですか?」


「沖縄の那覇市かにゃ、うち、寒いの苦手だし。温暖な気候の沖縄ってうちにピッタリにゃ」


 た、確かに。


 俺はそっと、固く握っていた指をほどいた。

 これはもう翔の本音だ。場所まで決まってるし、何より、あのごろごろしてる翔が働くって言ってるんだ。


 これ以上、疑う理由はない。


「そっか、将来沖縄で働くんだな、ぐすん。 最後にもう一つ聞いても良いか」


「なんにゃ」


 目から滲み出る汗を袖で拭いながら聞いた。


「何で沖縄の食堂に就きたいんだ」


「お昼寝出来るからにゃ」


「やっぱりな! もしかしたらと思ったけどそっちかよ!」


 具体的過ぎるから何か理由があると思ったけど、それかよ!


「ちなみに、お昼寝の時間は十三時から十六時までの四十分取れれば良いにゃ。それがだめなら抗議するにゃ」


「いや、そこまでしなくても」


「お昼寝のためならうちは戦う、みんなのために!」


「そこまでの覚悟なのか!?」


 世界中の猫が翔の後ろに集結するイメージが流れ込む。

 というか、本当に昼寝のために裁判の方へ持っていきそうだな。


 キンコーン、とチャイムが鳴った。


「あっ」


「行ってらっしゃい、ゆうくん」


「おう」


 そうして俺は鞄を肩に掛けて駆け出した。

 教室の扉辺りで一旦止まる。


「?」


 翔が不思議そうに首を傾げた。


「翔、ありがとうな。お前のペースに持ってかれたけど、良い練習になったぜ!」


 グッと親指を立てて笑って見せる。


 翔は幸せな夢でも見るように、寝顔に微笑を称えて親指を突きだした拳を見せる。


「よっしゃ! 行くぞ」


 そうして俺は教室を後にした。

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