第9話 悪役女帝と剣奴とハンバーグ②

 闘技者の中でも上位と言われる実力者は、その気配に気づいた。


 いかに魔法を駆使した隠密戦闘とは言え、戦闘の気配は消せ切れない。


 だが、彼らは静観した。 


 闘技者とは個の戦闘に特化した者の事をそう呼ぶ。


 言ってしまえば、


 『自分が強ければそれでいい』


 と考えが強い。


 ある種のわがままが、様々な事柄への無関心を生み出している。


 だから、彼らは、静観したのだった。


 一方、実際に戦闘を行っているリンリンは――――


 (国境付近という場所柄、他国からの間者はいて当然ですが……6人も固まっての行動。目的がわかりません)


 すでに敵との接触。1度、2度、攻防を交え、木々の影に隠れている。


 「――――そこです!」


 敵影を狙い、圧縮した魔力を放出させる。


 魔弾。 魔法の基礎とも言える攻撃魔法だ。


 「避けましたか? でも、私が得なのは風属性の魔法。だから、当然――――」


 隠密は見た。 避けたはずの魔弾が宙で停止したかと思うと、再び自身に向かってくるのを。


 「ゆ、誘導弾だと! 魔法壁シールドを」


 「誘導弾に気を取られて本体わたしから目を離しましたね」


 「―――ッ!? 一瞬で背後を……ぐあぁぁ!」


ドサッと至近距離で魔弾が直撃した隠密が落下した音が聞こえた。


 (まずは1人……しかし、想像以上の手練れ。どの国の隠密でしょうか?)


 残り5人の気配を把握すると、倒れた相手に近づくリンリン。


 (この装備に、使用魔法の傾向……やっぱり、敵は隣国の隠密ですね。でも、目的は……え?)


 彼女は気づくのが遅れた。 6人と思っていた隠密たちに1人、完全にリンリンの索敵能力を無効化して潜んでいた7人目がいた事を。


 そいつは「俺を見たな? 見たなら死ね」と笑いながら――――


 魔弾を放出した。


「くっ!?この程度なら私の魔法壁シールドで十分、防げます」


「けど、仲間の仇って奴だ。やり返させてもらうぜ? 倍返しだ!」


 振り向くとソイツは両手に魔弾を有していた。それも火力だけなら五属性最強ともいえる火属性の魔弾。


 至近距離で受ければ確実な死。 だが、風属性の極めているリンリンは、瞬時にその場から離脱。


 神速ともいえる高速移動であったが、彼女にできたのは直撃からの回避。


 強烈な魔弾の余波と衝撃は彼女に大きなダメージを与えた。


 (くぅ! このダメージは想定以上ですね。 もしも、直撃していたら――――って、あれ?)


 戦闘の最中、それも少なくもないダメージを受けている最中、リンリンの意識は敵から離れていた。


 それは、自分の背中から落ちた物。大切に背負っていた物。 


 (リンリン、よろしくね。絶対にアルスくんに届けてね)


 大切なあの人からのお願い。大切な届け物が、背負っていたリュックのベルトが破壊され地面に落ち、火があがっていた。


 (リンリン、私はこの世界から争いをなくす事はできないかもしれません。けれども、私の子供や孫の時代にはきっと……だからね。一緒に作ってくれないかしら? そのための礎を)


 何があっても、あの方と共に戦い……共に生きよう。 


 そう誓った日の風景。 それは彼女を彼女たしらめる原風景。


 「――――しましたね?」


 まるで感情が抜け落ちかのような彼女の声。


 ビリビリと彼女の怒気が空気に乗って伝播してくるような圧力プレッシャー


 「彼女の願いを――――穢しましたね?」


 それは戦闘の本職プロとも言える隠密の動きを止めた。


 だが、隠密も一瞬で正気を取り戻し、念話によって仲間と連絡を取る。


 『コイツは、何かヤバい……魔力総数が2倍、3倍、4、5、6と上がっている』


 『そいつ、本当に人間か? 帝国にいじくりまわされているじゃないのか?』


 『だが、チャンスだ。 通常の魔術師の6倍程度なら、我々の敵では――――』


 『いや、12、13……さすがに20倍で打ち止めだ』


 『……』 『……』 『……』 『……』 『……』

 

 『ギリギリやれる範囲だよな?』


 『え? ンンン……そうだな』

 

 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 リンリンは、完全にタガが外れていた。


 従来の彼女ではあり得ない獣じみた咆哮。 常人離れした魔力。


 そして、具現化して近づく者を傷つけんとする特大の殺意。


 ギロリと目の前の隠密に視線を移した。


 『チッ、離脱する。援護を頼―――』


 と隠密は最後まで言うことはできなかった。 瞬時に間合いを詰められ顔面を鷲掴みにされると――――


 「うがあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!?!?」


 後頭部から地面に叩きつけられ、そのまま顔を擦り付けられたまま引きづられた。


 「このッ! 援護する」と2人目の隠密。 


 魔弾を発射する……だが……


 「コイツ、仲間を盾にしやがった!」


 リンリンは発射された魔弾に対して、捕縛した隠密を投げつけて盾にした。

 

 「まずは1人め」 

 

 戦闘不能になった隠密を確認して、2人目の隠密に視線を動かす。


 だが、ソイツはすでに戦闘からの離脱を選択していた。


 「逃がしませんよ」


 リンリンは脚の魔力を集中させて、一気に噴射。 瞬時に追いついた。


 「何が逃がしませんだぁ? 馬鹿め、罠にかかった事すら気づきもしないか!」


 それが合図だったのか? 残り5人の隠密が姿を現す。


 全員が魔弾を放つ準備を終えている。


 「落ちろ!蚊トンボが!」と隠密の絶叫と共に5種類の魔弾がリンリンに放たれた。


 着弾。


 激しい衝撃がリンリンを襲う。 だが、それだけでは終わらない。


 5人の魔弾はさらに連続で放たれ、巻き散らかされた砂煙でリンリンの姿を消す。


 それでも攻撃は終わらない。 ――――やがて


 「打ち方止め! 仕留めたか?」


 モクモクと立ち上げられた土煙が払われ……


 「――――この程度ですか? この程度で私を殺そうなんて笑わせないでください」


 リンリンが姿を現した。 その様子から深いダメージを受けた印象は――――一切ない。


 「こいつ! 帝国に改造された化け物か!」


 「そうやって自分の理解できないだけの事を化け物って排除しようとするから――――この世界から戦いがなくならないのですよ!」


 魔力錬成。


 彼女の背後には10を超えであろう魔弾が浮かびあがっている。


 「うるさい! 理解できぬ物を生み出す帝国の隠匿体質を棚上げして、何を言うか!」


 おそらく、隠密のリーダー格なのだろう。 男が声を張り上げる。


 対するリンリンは

 

 「あなた個人の考えを、国の問題にすり替えてるだけじゃないですか!」


 「黙れ! 化け物が正論と思わせるような詭弁を吐くな」


 その言葉に合わせて、全員がリンリンに狙いを定めて魔力を――――


 「それがダメだって言ってるんですよ!」


 リンリンが叫ぶ。それを同時に自身に放たれた魔弾に向けて魔弾を発射。


 魔弾と魔弾はぶつかり合い。 拮抗の瞬間すら許さず――――


 適格に、そして正確に、リンリンの魔弾は隠密全員に叩きこまれた。


 「……殺しはしませんよ。貴方たちが何もか調べないといけませんからね」


 リンリンは冷静さを取り戻すと零れ落ちていく膨大な魔力を収束させた。

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