第1章 青春は叛乱の狼煙と共に 

第1話 青春は爆発と共に

 春の陽気に包まれながら、俺――東山亮の下駄箱は爆発した。


「…………は?」

 何が起こったのか、分からない。ナニコレ。唯一その場で現実味を帯びていたのは太ももの上に重くのしかかる下駄箱の扉のみ。それも蝶番は完全に吹き飛んでいる。


「っ……」


 体を起こそうとすると背中に鈍い痛みが走った。爆発の衝撃で吹き飛ばされたらしく、後ろにあった別クラスの下駄箱に背中を打ったようだった。


 果たして、何が起こったのか。いや、爆発したんですけどね。

 中学生の時に脳内シミュレーションしてなかったらやばかった。

 ちなみに中学生の必修脳内シミュレーションは

・学校にテロリストが侵入してきたのを鎮圧する。

・ドアに仕掛けられたワイヤートラップ。

・学校に軍服の男が来て「司令部が奇襲を受け壊滅! 現在の最高階級はあなたです! 指示を!」とか言われるも「……やれやれ」とか言いながらカリスマ的指揮能力を発揮する。

 の三種類だと個人的に思ってる。

 そんな無駄極まりない思考が出来る程度には回復したのでゆっくりと立ち上がってみる。幸い、頭は打ってないらしい。

 改めて、この状況を見まわしてみる。

 現在時間、午後四時三十分。

 現在座標、私立高野高校一階下駄箱。

 現在状況、俺の下駄箱が爆発した。

 周囲にあるもの、俺の靴、下駄箱の扉、置き型ファブリーズ、紙切れ。 


 ……わけわっかんねぇな。


 不意に、床に落ちていた紙切れに目が留まる。

 靴も扉もファブリーズも心当たりはある。しかしこんな紙切れは見たことがない。

 手に取ると、ようやくそれが薄桃色の封筒だということに気が付いた。割と厚手で上質な紙だ。爆発の衝撃からか三分の二くらいは吹き飛んでいるが、裏面に小さく書かれていた宛名はかろうじて読めた。


 そこには古典的な丸文字でこう書かれていた――東寺くんへ。


 オレ、ヒガシヤマ。コレ、ヒガシデラ。


 ヒガシデラって植物かなんかの名前にありそうだよねってのはさておき、東寺は俺の友人であり、俺の横の下駄箱が彼のだった。


 さて、中身を読んでいいものか。

 いや、もしかすると宛名が間違っていて、文面は俺宛てなのかもしれないと開いてみた。

 大部分が千切れ飛んでいるため、なかなか読みづらかったが何とか単語から推察はできる。


 どうやらこれはラブレターであること。野球部の東寺が好きだということ。交際したいということ。


よって導かれる結論は、このラブレターの差出人は誤って東寺の隣だった俺の下駄箱に思いの丈をぶち込んだ、とかそんなところか。

どいつもこいつも青春しやがって、クソッタ――


――タンッ、という静かな、けれど鋭い音が空気を切り裂いた。


 その音を認識した瞬間には、すでに手元にラブレターはなかった。


 一拍あって、ようやくラブレターが吹き飛ばされた――いや、撃ち抜かれたというべきか


――その事実に思考が追い付く。


 音のした方向に視線を送る。

 下駄箱から教室のある二階へと通じる中央階段、その踊り場に。


 見惚れていたのだと、そう気づいた。

 大きなガラス張りの窓、そこから差し込む春の日差し、その夕暮れに残った残滓を背に受けて、彼女は立っていた。 


 黒く艶やかな髪が、ポニーテールを解かれたことにより一定の秩序を維持しながら舞う。その絹のような髪の一本一本が陽光を反射して、ひどく幻想的な雰囲気を帯びていた。

 逆光で顔は見えない、けれど、圧倒的なオーラがあった。美人だ、疑いようもない。

 きっと、俺が人を好きになることができる人間だったら、惚れていただろう。

 そう確信するほど、その姿は途方もなく美しかった。


――ただ一点、抱きかかえる対物ライフルを除けば――の話だが。


「リア充未遂だ。死ね――」


 放たれた二発目の銃弾は、彼女がライフルを構える直前に、俺が拾い上げておいた下駄箱の扉が弾く。鈍い音とともに扉がだいぶへこんだが、威力的に貫通はしないだろう。


 まさか、中学時代の妄想が役に立つ時が来るとは思いもしなかった。実弾だったらまず間違いなく防げないが、どうやら弾丸はゴム質の何からしい。


 そんな無駄な思考が加速する刹那、彼女の言葉が反芻された。

 リア充未遂。……この言葉の意味するところが、「ラブレターを受け取った」ということなら? というかそれ以外に心当たりがない。

 そう考える間にも、彼女は三発目を放とうとコッキングする。これ以上は防げる自信がない。


「ま、待った! 人違いだ! 東寺と東山は別物だ!」


「そんなの信じるとでも?」


 だよね、知ってた。こういうのって大体信じてもらえない。

 大人しく数発喰らっとくか、あるいは弾が尽きるまで逃げ続けるか。

 その思考が浮き上がってきた瞬間、弾き損ねた弾丸が肩口を掠める。直撃こそしなかったものの、ひりひりとした確かな痛みを感じた。

 数発喰らうには威力が強すぎる。弾が尽きるまで逃げるのもいいと思ったが、ここは少々小高い丘の上に位置する学校だ。そして、都内の高校にしては割と広めの面積があり、遮蔽物が少ない。逃げる途中で捕捉されるだろう。

 美人に虐げられて喜びを見いだせるほどの訓練はされていないのが悔やまれる。


「なんで俺を撃つ⁉」

「リア充になる可能性のある人間は、みんな敵だ」


 発砲。まるで先ほどの声音を体現したかのように、鋭い一撃が下駄箱の扉を弾いた。


 これで、防御手段はなくなった。けれども、なぜかその場を動けない。彼女に視線が惹きつけられる、美人だからっていうわけじゃない。それ以上に、もっと原始的な。


 ふと、思った。思ってしまった。

 彼女は、俺と同じなんじゃないだろうかと。

 心の中で、俺は理解者を渇望していたのかもしれない。

 多分きっと、俺は普通の人間じゃない。

 こんなことを打ち明けたってどうしようもない。そんなこと、知っている。

 仲良くなったと思っていた人間に初めて打ち明けたとき、何か、得体のしれないものを見るような目で見られたのを、忘れたわけじゃない。


 そんな、どうしようもない思考。

 彼女なら――分かってもらえるのかもしれない。

 

 コッキングを完了した彼女が、トリガーに指をかける。

 そんな一瞬の動作が、果てしなく永いものに思える。


「俺、は……」


 言葉が、思うように出ない。

 心臓が早鐘を打つ、緊張しているのか、それとも恐怖なのか、あるいは、理解者を見つけられたかもしれないという、興奮か、期待か。

 必死な、あるいは縋るような声音から継ぐ言葉。大きく息を吸い込んで――


「俺は、恋愛ができないんだぁぁああっ!!」


 そう、叫んだ。

一瞬、沈みかけた夕日の残照が、彼女の顔を照らす。

 東の空から、次第に藍色の帳が幕を引いていくその寸前。

 わずかに彼女の目が見開かれ、彼女と俺の間に心地よい空白が流れる。

 刹那。


「――あっ」


 その声は、俺のものだったのか、彼女のものだったのか。彼女との間に流れていた空白を切り裂いて――――弾丸は、俺の脳天を撃ち抜いた。

 

 

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