チロチロと赤い舌

 昨日までは比較的暖かい日が続いていたのに、今日の朝は急に寒くなった。テレビの天気予報では、この冬一番の冷え込みになるだろうということであった。

 僕は車で郊外にある会社に出勤していた。車内の暖房が効いているので、外の寒さは特に気にならなかった。

 間もなく会社に着くだろうというとき、僕は思わず急ブレーキを踏んだ。ボンネットからヘビが這い出てきたのだ。ヘビはフロントガラス越しに僕を見た。チロチロと赤い舌が小刻みに動いてる。

「すみませんが、このまま隣の町まで連れて行ってくれませんか」

 ヘビの声は、アニメのヒロインみたいな可愛らしい声だった。僕はどのようにして発声しているのか、ヘビの口元を見たが、チロチロと赤い舌が小刻みに動いていだけだった。

「そう言われても、僕は今から仕事に行くのです」

「恒温動物というのは、ずいぶん冷たいのですね。私たちに冷血だというレッテルを貼っておきながら、実は自分たちこそが冷たいことを認識していない。せめて、理由の一つでも聞くのが、人情ってものじゃないのですか」ヘビは、瞬きもせずに、僕の目を見つめて言った。

「そうまで言うのなら、聞かせてもらいましょう。どうされたのですか」

 ヘビは満足そうに、鎌首をもたげた。

 隣町に、親戚の叔父さんが住んでいる。叔父さんは、急に寒くなったことで節々が痛くなってしまったという。そこで、薬草を煎じたものを持っていきたいのだ。かくいう私も、寒さが応えている。もしよろしければ車内に入れていただいて、隣町まで連れて行って欲しいと、チロチロと赤い舌を上下させた。

「そういうことなら、連れていきましょう。お入りなさい」

 僕は車を降りると、ボンネットの上でとぐろを巻いているヘビのところに行き、そっと抱え上げた。ヘビの眼に安堵の色が見えたとき、僕はヘビを思い切って車道の隅に投げ捨てた。

 僕は、急いでエンジンをかけると、思い切りアクセルを踏んだ。

 僕は、ウインドウから顔を出して、後ろを見た。ヘビが赤い舌をチロチロとしているのが見えた。特に追ってくるような素振りもない。僕は右足の力を抜き、車のスピードを緩めた。

 僕は舌をペロリと出す。舌先が割れていないか、気になって仕方がなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る