第24話 夜のひととき
飼育部の初日が終わった夜。
「ロップイヤーって言っても色々あるんだな」
「品種改良が進んでるからね」
ゆかりの部屋で俺は本を読んでいた。タイトルは「うさぎの全て」という本で、全世界の多種多様なうさぎの紹介から、人が飼える品種まで紹介されていた。
「おまえさ。よくこんな本持ってるな」
正直、普通の本屋に置いているとは思えない程分厚い本だ。そんなに売れる本だとも思えない。
「ちょっと専門書店で買ったの」
ことも無さげに語るゆかり。俺はベッドの縁に腰掛けており、ゆかりはといえば、俺のひざの上を交差する形でベッドに足を投げ出して寝ころんでいる。見ようと思えばスカートの中まで見えてしまいそうな体勢だ。
思春期男子としては大変目に毒な状況なのだが、ゆかりは意に介した様子はない。それだけ信頼してくれているということだろうが、そういう雰囲気じゃないときに見せ付けられるような姿勢になると少し困る。
「あのさ、ゆかり」
「どうしたの?」
「あのさ。その体勢だと見えちゃいそうなんだが」
「見えて、てどういうこと?」
「スカートの中とか」
指摘されてようやく気付いたのか、あわてて足を引っ込めてくれる。顔も少し赤くなっている。
「あ、ごめんね。気が付かなくて」
ゆかりのその視線は俺の下半身に注がれている。
「いや、謝らなくていいから。スルーしてくれ」
彼女とはいえ、そういうことを指摘されるのは恥ずかしい。
ごほんと咳払いをして言う。
「ゆかりは何読んでるんだ?」
大きめの本で、タイトルには「コンピュータガール」と書かれている。
「うーん。なんていえばいいのかな。一言でいうとラブコメなんだけど」
「そういえば、ゆかりは結構ラブコメ読むよな」
「それはおいといて。主人公の女の子には、気になる男の子が居てね」
「ふむふむ」
「女の子はコンピュータが苦手なのに、その男の子はコンピュータ大好きっ子なの」
気になる男の子がいるけど、話題がかみ合わないから加われないって奴か。
「それで、コンピュータが得意な先輩が居るんだけどね」
「まさか、その先輩を好きになってしまうとかいう?」
純愛と思いきや、どろどろの三角関係になるパターンだろうか。
「違うってば。その先輩は女性だし」
俺の早とちりだったような。
「それで、男の子と仲良くなるために、先輩に少しずつコンピュータのことを教えてもらうんだけど。相手の男の子と仲良くなっていく様子が、スッゴイ感情移入できるんだ」
「でも、ゆかりは、コンピュータとかそんなに得意じゃなかったよな」
ゲームはよくしたけど、昔のこいつは弱かった。
それに、特にコンピュータに強いわけでもなかった。
「仲良くなるために、コンピュータのことを勉強する様子がじーんと来るんだよ」
熱弁するゆかり。仲良くなるために、か。
「中学の時を思い出すなあ」
ラインで知らない話題が振られたら、それを調べたり。
あるいは、新しい曲が話題になれば実際に聴いてみたり。
「ひょっとして、みっくんも?」
驚いた様子のゆかり。しまった。藪蛇(やぶへび)だった。
「もちろん、全部じゃないぞ?出来れば一緒に話題を楽しみたいし、さ」
しどろもどろになって、そう弁解する。
「そっか。私だけじゃなかったんだ……」
感慨深げにそう漏らすゆかり。
「い、いや。ゆかりに比べたら、そんな大したことしてないからな」
「ううん。みっくんがそうしてくれたおかげだよ」
だから、と続けて彼女は言う。
「本当にありがとう」
「ど、どういたしまして」
未だにこういう雰囲気になったときの距離感の取り方がよくわからない。そして、ひどくドギマギしてしまう。ちらりとゆかりの様子を伺うと、同じように落ち着かない様子だった。
「そ、それはいいからさ。ゲームでもやろうぜ」
少し強引だけど、話題転換を試みる。
「う、うん。何にする?」
幸い、話題転換に乗ってくれた様子。
「こないだやった無双2の続きとか」
他のゲームでもいいのだけど、咄嗟に浮かんだのがそれだったのだった。
「ゆかりはいつも通り曹操とかで行く?」
「ううん。今日はちょっと別のキャラでやってみたい」
「別の?」
「みっくんが普段使ってるキャラ……諸葛亮だっけ」
ゆかりがそういうのを選ぶとは少し驚きだ。
「いいけど。使い慣れないと結構難しいぞ?」
諸葛亮はリーチが狭い上に無双乱舞は射程は長いが範囲は狭いと案外使いづらい。
「せっかくだから、色々やってみたくて」
「まあいいけど」
というわけで、俺は関羽、ゆかりは諸葛亮でのプレイとなった。
関羽は三国志の蜀で有名な武将で、特に三国志演義前半での見せ場がとても多い。ゲーム中では、攻撃範囲がとても広く、無双乱舞も雑魚を一掃するのに持ってこいだ。
プレイを開始して間もなく、ゆかりが操作する諸葛亮が無双乱舞を発動する。
「あれ?うまく当たらない」
「うまく方向転換しながらじゃないと。ぐりぐり回転する感じで」
「うーん。難しいね」
「あと、近くに敵がいると危ないから、遠距離から打つ感じで」
「ちょっと練習してみる」
無双2での諸葛亮ははっきり言って弱い。
乱戦の中で無双乱舞を使うと、無敵時間の直後に背後から
ざっくりやられることもしばしばだ。
やっぱりちょっと難しいか。そう思っていたけど、ゆかりは意外にもぐんぐん慣れていき、コンボからの無双乱舞もうまくつなげられるようになっていく。
「お。慣れるの早いな」
「なんだか上達すると楽しくて」
そう言いながら、ゆかりの操る諸葛亮は無双乱舞のビームをバラまく。位置取りもちゃんとしていて、敵の雑魚に背後を見せるということも無い。
一体どんな顔をしているんだろうな、と思ってゆかりの表情を観察してみると、にへへ、としまりの無い表情だ。上達していて得意になっているのがよくわかる。
「なんだかちょっと可愛いな」
「ええ。そうかなあ?」
「いや、ゆかりの表情が」
「ーーーー!」
プレイが上手くなって得意になっている表情が可愛くてつい言ってしまったのだけど、大混乱させてしまった模様で、諸葛亮の行動が途端に乱れ始める。
そして。
「敵将、討ち取ったりー!」
定番の台詞とともに、ゆかりの操る諸葛亮は討ち取られてしまうのだった。
「もー。みっくんが変なこと言うから!」
せっかくうまく行ってたのに、とぷんすかしている。
「ごめんごめん」
平謝りする俺。ただ、こうやってぷんすかしているゆかりもいいな。そんなことを思ったのだった。
そういえば、前にも似たようなことがあったような。
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