メガシャーク20XX

 彼はサメだった。

 始まりは軽はずみな実験だった。とある海洋研究所が主導となったサメを実験体とした遺伝子改良、ナノマシン投与等の様々な技術を駆使した人類の延命研究。そんな人類の神へと手を伸ばす試みが彼を歪な怪物へと変えてしまった。

 本来のサメから肥大化した脳髄は彼に新たな思考を与えた。研究所の人間の営みは彼に多くの知見を与え、そして人間の浅ましさを見せつけた。

 彼が泳ぐ檻の前で僅かなスリルと悦楽に興じるためにまぐわう男と女。いがみ合う人間たち。タバコを水の中へ投げ込み汚すもの。彼に幾度となく訪れる強引な生体実験故の激痛。

 彼は復讐を誓った。海洋研究所だけではない。この世界すべての人類を滅ぼそうと。

 ある日のことだった。ほんの些細な操作ミスから人類は彼を檻から解き放ってしまった。

 そして、彼は世界を知る。初めて彼が泳ぐ海は檻の中の水よりも汚く、彼を蝕んでいく。だが、彼はただのサメではなかったが故に体内のナノマシンを駆動させ自らを環境へと適応させていく。

 汚れた水に適応した。生存競争に適応した。

 突然やってくる人類の手にもまた立ち向かった。多くの通りかかった船を沈没させた。

 しかし、人類の蛮行は留まることを知らない。戦争の始まりである。

 彼の住む海もまた、その犠牲となった。

 降り注ぐ銃弾、ミサイル、そして生体兵器。彼を取り巻く環境は一変した。

 海は汚れていく。彼の同胞であるサメもまた死んでいった。

 しかし、それでも彼は生きていた。海洋汚染に適応し、進化し、いずれ来る人類粛清のタイミングを今か今かと待ち続けた。

 やがて彼は寿命すら克服する。体内に巡るナノマシンがわずかながら海の中を生存する生物たちを集積、遺伝子の組み換え、同化を行い自らの存在を代謝し始めたのだ。彼の体は劣化を克服し、老いることはなく、常に若々しい個体として生存を続けた。

 生存競争を克服した、汚染を克服した、寿命を克服した。

 彼はひたすらに牙を研いだ。ありとあらゆる海の獰猛な生物の凶暴性をラーニングした。人間の兵器の威力に耐えられるほど堅牢な皮膚を身に着けた。

 そして彼はある日、呼吸をも克服した。

 多くの、多くの試練があった。幾年もの時が過ぎた。

 人類の愚かな戦争の歴史は自然を、海を、彼を苦しめ続けた。

 時は来た。彼は浮上する。復讐の鐘を鳴らすために。

 人類を、滅ぼすために。


 彼は浮上した。

 海面から背びれを出して世界を巡った。

 人々を探し、殺戮のために泳ぎ続けた。

 しかし、何者とも出会うことはなかった。

 地球は死んでいた。

 幾たびもの戦争の果て、人類などという種は既に根絶されていた。

 地球は、死の惑星へと姿を変えていた。もうこの世界には彼以外の誰も残されていなかった。

 彼はヘドロと化した海を、ただひたすら怨敵を求め永遠に泳ぎ続けた。〈了〉

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