ファイアブック

 今の世は知性が疎まれてファイアマンに本は燃やされる。『老人と海』も『ノルウェイの森』も『聖書』も『空想科学読本』も『六法全書』も見境なしに全部燃やされていく。

 政府の犬であるファイアマンが焚書を繰り返していくが、アンダーグラウンドに潜んだ出版業界も馬鹿ではない。

 本が燃やされてしまうのならば逆手の発想で燃やされたとしても読める本を作ればよいという考えに至り、本が生まれた。高温で燃えてしまうのではなく、それに反応してなんと文字が浮かび上がるというおかしな本だ。炙り出しでは紙も燃えてしまうが、これは特殊な素材で作られているので熱せられても燃えてしまうことはない。しかも水に濡らせば再び文字を消せるという隠蔽のための工夫もばっちりだ。

 俺はファイアマンでありながらその実、焚書活動と見せかけ隠蔽工作を行って本を陰ながら守る熱心な読書家だったものだから好事家の繋がりでその特殊な本を入手することに成功した。

 それは真っ黒な本で、シンプルなデザインだがそれ故に本であることを一見偽装出来るし、俺のような知性派のマニアにはそのぐらいの武骨さが逆にセンスの良さを感じさせた。

 本は地下室の隠し書庫で読むことにしているので夜更けにこっそりと階段を下り、自分だけの空間でアルコールランプを使いゆっくりと本を炙る。


「おや、なんだかうっすらとした文字でちゃんと読めないぞ」


 どうやら火力が足りていないようだった。しかし考えてみれば燃やされないための本なのだから、この程度の火力でぼろが出るようではファイアマンから隠し切れないのかもしれないと思いなおす。

 俺はアルコールランプをいくつか持ち込んで再び炙ってみる。それでも火力が足りないようで一向に読める気がしない。俺は短気だったからイライラしてきてしまった。


「頭にきたぞ! ゆ、ゆ、ゆ、ゆるさん!」


 俺は普段の仕事で使う火炎放射機を持ち込み最大出力で点火した!






 焼け落ちた家を消火活動後のファイアマンたちが片付けをしている。今の世の中では政府はファイアマンを介して自ら火を家や本につけるため消防署はファイアマンが兼任していた。

 今回の火災事故の原因はファイアマンの裏切り者だ。ファイアマンであったはずの男が実は隠れ読書家であり、その二つの顔のせめぎあいで気が狂い、焼身自殺をしたのではないかという見立てだった。やはり知恵を得ようという試みは大罪なのだ、その果てがこの有様なのだ、とファイアマンたちは自らに言い聞かせ作業を進めていく。

 焼け跡からは多くの燃え尽きた本があったが、燃やすことで読める本はそれでもまだ無事だった。消化時の水で文字は消えていたが真っ黒な外見は変わらず、まだまだ使用に耐える状態だった。

 あるファイアマンがその本を見つけて拾い上げ、こう言った。


「なんだいこの本、真っ黒こげで読めたもんじゃないよ」〈了〉

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