最終話 2020年2月29日🐾約束の日🐾

 あたしは黒猫のクロ。

 額に小さな三日月の印を持つ、ノラの雌猫だ。

 実は、あたしには秘密がある。

 4年1度の『大化けの日』由緒正しき三日月黒猫であるあたしは、この日一日だけ人間に化けることができる。


 🐾


 そして4年前の『大化けの日』に、たまたま小学生の女の子に化けたあたしは、ちょっとした事がきっかけで、一人の男の子と出会った。

 名前はむつくん。


 足を事故でケガしてしまった彼は、走るのが大好きで陸上選手になるのが夢だった。

 リハビリを頑張る為に願掛けに神社に来たっていう睦くんの話を聞いて、それから(あたしは次の日に転校することになっていると話したので)あたし達は4年後に、またこの同じ場所で会うことを約束したのだった。


 🐾🐾🐾


 あれから4年……。

 そして、いよいよ約束の日がやってきた。


 その日の朝、あたしは落ち着かない気持ちで、でも忙しく過ごしていた。

 いつもなら睦くんのアパートに朝の挨拶に行って煮干しを貰う。

 それから、学校に行く睦くんを見送ってからまた神社に戻るのだけど。


 今日は満願の日だから、やることが沢山あったのだ。


 まず、もう何度目かわからないけど、書き上げていた手紙を読み直す。

 結局『ひらがな』しか、覚えられなかったので手紙は全部ひらがなで書いた。

 おかしく……ないかな……今更ながら不安になる。

 この願掛けを叶えるために、あたしは今まで掛けた願いの力を合わせた全てを1つにまとめなければいけなかった。


 それから最後に、すべての願いのパワーを込める為の媒介ものを選ばなくてはならない。


 あたしは、その媒介をこの手紙にした。


 最後に読み直した手紙を丁寧にたたむ。

 そして、額の三日月印に全ての力を集中してから、そっと四つ折りにたたんだ手紙の真ん中に額を押し付けた。


 あたしの額から移るように四つ折りにした手紙の真ん中に三日月印がついた。


 ふぅ……。あたしはホッとして息を吐く。

 これで後は睦くんが、この手紙を開いて読んでくれればいい。

 読み終わった瞬間に睦くんの足には、元のように走れる力が戻っているはずだ。


 あたしの額からは三日月の印は消えてなくなった。

 もうこれで、『 みつき』の姿で睦くんに会うことはできなくなった。

 けれど、あたしに後悔はなかった。


 後はこの手紙を無事に睦くんに渡せるように、それだけ。

 まだ、睦くんの学校が終わるまでには時間がある。

 緊張していたあたしは、少しだけトロトロと眠った。


 🐾🐾🐾


 気がつくと、いつの間にか、もう睦くんの学校が終わる時間になってきていた。

 あたしは慌てて、いつものあのベンチを見ると……睦くんだ!

 急いできたようで、息を切らしている。


 睦くんはこの1年でまた背が伸びた。

 今年で中学3年生になる。

 足の方は歩くことに支障はないし、軽くなら走ることも大丈夫だ。

 ただ、思い切り走ることは、やっぱり出来なかった。力が入らずに踏ん張れなくなって足から力が抜けてしまうのだ。


 🐾


 睦くんは息を整え、ベンチに腰をおろした。


 あたしも覚悟を決める。

 睦くんへの手紙を口に咥えて、彼の前へと歩いていく。


「クロ!」

 睦くんがあたしに気がついて、あたしを呼ぶ。

 あたしは睦くんの座るベンチの側まで行ってから、その前で咥えていた手紙を差し出す。

「クロ、お前、これどうしたの?」


 睦くんが不思議そうな顔で、あたしを見ながらも、手紙を受け取ってくれた。

にゃーんありがとう

 万感の思いを込めてあたしは鳴いた。


 睦くんが三日月印のついた手紙を開いて読み出した。


  🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾


むつくん


やくそく まもれなくてごめんね

ほんとわあたしもあいにいきたかつたけど そのかわりにあたしは がんかけをしました

しんじられないかもしれないけど

あたしわじつわ くろねこのくろです

みかづきいちぞくという まりよくをもつ ねこのいちぞくで よねんにいつかいだけ 

にんげんにばけることができるのです

まえにむつくんにあつたときが そのにんげんにばけられるひでした

あたしわ むつくんのはなしおきいて おうえんしたいとおもいました

このてがみ よみおわつたら むつくんわまえみたいにおもいきりはしれるようになつています


 みかづきくろねこのくろ

 ともだちのみつきより

 

 🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾


 あたしはそっと、その場を離れて物陰から睦くんが手紙を読み終わるのを見ていた。

 すると読み終わった瞬間、あたしの書いた手紙は仄かに光を帯びて、その光が睦くんの右足を包み込んだ。


 あたしにはわかった。

 ああ、願いは叶えられたんだ。

 睦くん、これでまた思いっきり走れるよ。

 変な手紙でビックリさせちゃってごめんね。

 クロがだなんてどういうことなんだって思うだろうな。

 化け猫だったなんて気持ち悪いとか思われたら悲しいな。

 あたしは二度と人間には化けられないけど、そしてもう、クロがみつきだったってわかっちゃったから側にはいられないけど……忘れないからね。


 睦くん、大好きだよ!


 🐾

 🐾

  🐾🐾

   🐾🐾

    🐾

     🐾

      🐾🐾


 僕は一瞬何が起こったのかわからなかった。

 クロが咥えてきた、ひらがなばかりで書かれた間違いだらけの、でも一生懸命書いたんだろう手紙を読み終えた時に、手紙がほんのりと光りだした。

 驚いていると、その光は温かく僕の足を包んだんだ。

 僕の足、どうしても前みたいに思う通りに動いてくれなかった足、そこに力が注ぎ込まれたような気がした。

 今までだと頼りない感じだった右足が、しっかりと地面を踏みしめている!

 驚きながら、その場で何度もジャンプしたりして感覚を確かめる!!



 ──そして、気がつくとクロの姿は消えていた。



「クロ! クロ!」

 僕はクロを呼びながら神社中を探し回った。

 ここでこのまま別れてしまったら、二度と会えなくなる、そんな予感がして仕方なかった。


 神社を探してもいなくて、神社の周囲を探そうと、みつきちゃんと 初めて会った、あの階段を降りかけた時に、僕はその後ろ姿を見つけた。

 あの時よりも、髪が伸びて大人っぽくはなっていたけど、それは確かにみつきちゃんだった。

「クロ!ううん、みつきちゃん!」

 呼びかけると、みつきちゃんは振り向いた。

 そして、自分で自分の手や足を驚いたように 見つめた。


「なんで? あたしもう、みつきの姿にはなれないと思ってたのに……」


 僕はクロだったというみつきちゃんに(今でもあまりにも突拍子もないことで戸惑ってしまうけど)声をかけた。


「ク……みつきちゃん、あのさ、僕がずっと願掛けしてたの知ってる……よね?」

「……うん」

「どんな願いごとだったかわかる?」

「だから……それは……元のように思い切り走れますようにって……」

「うん、それはその通りだけどね。また陸上競技ができるようになりますように、そしてそれから、その思い切り風を切って走る姿を、再会したみつきちゃんに見て貰えますように……って」

「えっ?!」

 みつきちゃんは驚いて、しばらく何も言えないようだった。

 それから、その瞳が潤んで、 ポロポロ涙を零した。

「睦くん、ありがとう」

「クロのみつきちゃん、僕こそありがとう」

 僕はみつきちゃんの手をとって、木のベンチに座った。


 いつもクロとそうしていたように……。

 4年前のあの日に、みつきちゃんとそうしたように……。


 🐾

 🐾

  🐾🐾

   🐾🐾

    🐾

     🐾

      🐾🐾


 二人はそうして色々な話をした。

 みつきがクロとして睦の側にいて思っていたこと。

 睦が今度みつきに会ったら話したいと思っていたこと。


 それでも二人ともわかっていた。

 この太陽が沈んだら『みつき』は今度こそいなくなることを。

 この時間はカミサマからの特別なご褒美だってことを。


 黄昏時がやってきて、みつきの輪郭が薄くなっていく。

「ありがとう」

「ありがとう」

 二人は手を繋いでお互いに言い合う。


 ◆◆◆


 夕日が沈んで……街の灯りが ポツリポツリと灯りだす頃に……


 ベンチには少年と黒猫。


 少年は立ち上がって黒猫に話しかける。

「みつきちゃん、帰るね。今は僕はまだ子供でできることの方が少ないけど、頑張ってもっと色々なことができるようになるから。だから今まで通りに側にいてよ」

「そしてね、僕はもう一度、願掛けをするよ。だから、待ってて」


 クロ……いや『みつき』という真実ほんとうの名前を貰った黒猫は

「にゃん!」

 と優しげな声で鳴いた。

 その額に三日月印はもう無かったけれど、魔力よりも大切なものを持った黒猫は、とても幸せそうに見えた。


 いつの間にか出ていた月が、一人と一匹の往く道を柔らかな明かりで照らしていた。


 🐾

 🐾

 🐾


 そして、少年が大人になった何年後か……陸上選手として活躍するその側には、艶やかな黒髪の娘が寄り添っていたとか……。


 そんなお伽噺のようなお話。


 🐾


 ***おしまい***



∩(^ΦωΦ^)∩

次回はオマケの『あとがき』 です。

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