#9 聞き込み調査

 さて、聞き込みの具体的な方策だが…………。

「よく考えたら一年生、この時期は調理実習がありますよね」

 という市松さんの一言が決め手となった。

「じゃああれか」

 籠目くんも同調した。

「昨日、調理実習で調理実習室に近づいた連中から話を聞けばいいってことか? もし犯人がチョコの入れ替えを狙っていたとしたら、調理実習室の近くで様子を伺っていた可能性もあるからな」

 材料のチョコは当日朝の時点で用意されて冷蔵庫に入れられていた。だから一日中、犯人には入れ替えるチャンスはあった。その機を伺っている犯人を、実習室に近づいた人間は見ているかもしれない。

 まさか上等高校総勢約一五〇〇名に聞き込みをするわけにもいかないから、一年生を中心に聞き込みは開始された。

 チームは籠目くんと市松さん、扇さんと六角さん、渡利さんと金山さんという動きやすい面子で固まることになり、休み時間を利用して聞き込みを開始する。

 この分担だと笹原を個人行動させた僕が余るので情報の集まる放課後まで一休みと思いきや、渡利さんのチームに無理矢理入れられた。まあ、一番暇な僕たち三年生が動かないわけにもいかないからな。

「ところで金山さんは受験、ちゃんと終わったの?」

 誰も聞いてなかった、というかたぶん聞くのが怖かったのだろうことを聞くのは僕の役目だった。

 金山さん、受験も終わってないのにこのヤマに関わってそうな気配があったからな。

「終わったよ」

 さすがにそうか。

「実はAO入試だったから一月半ばには終わってたんだよね」

「そうだったのか。じゃあなんで学校に来なかったんだ? 一月からこっち、登校してる三年生は僕だけで」

「受験も終わったのに登校する意味ある?」

 そういう考え方もある。

「あれ? じゃあ猫くんは受験終わってないの?」

「いや…………」

 そういえば、僕は自分の進路についてまだほとんど話したことがなかった。当然帳は知っているとしても、それ以外でこの学校で知っているのは担任の教師だけじゃないか?

「僕は、受験してないんだ」

「ええ? じゃあ留年?」

「なんでだよ…………」

 留年より先に就職の可能性を検討してほしかった。

「簡単に言えば就職するんだよ」

「へえ。どこに?」

「どこってわけじゃない。独立するからな」

 探偵として。

「た、探偵!?」

 金山さんは大仰に驚いた。隣にいた渡利さんは何となく推測がついていたのか、軽くため息を吐くだけだった。

「ほら、『タロット館』事件――というより『殺人恋文』事件以降、僕と雪垣には刑事がついただろう? 僕の担当の人、前は宇津木さんと警察の折衝を担当していた人でさ。その人に勧められたんだ。それに、探偵には他にもいろいろ出会ったからな」

 東京にいる暗号専門探偵の『解読屋』さんとか。

 タロット館で会ったミステリ作家の一人、道明寺桜の作品のモデルとなった少女探偵『白猫』とか。

 探偵とは厳密には違うけど、警察に協力する京都の犯罪学者とか。

 それから、昨日は名探偵+αにも会ったからな。というか悲哀がその片割れだったわけだが。

「どうせ大学行っても学びたいこととかないからな。だったら探偵をしている方が性分に合っているんだろう、僕は。九年前、の代理で探偵を始めたときには思いもよらなかった進路だけど」

 九年前。天才小学生探偵と呼ばれたあいつが帳の前から姿を消した。それを悲しむ帳のために、代わりの探偵として動いたのがことの始まり。

 実際は、帳の傍にいたかったから僕があいつを蹴落として、その枠に収まったというのが真相。

 帳と正式に恋人関係を結んで、僕は探偵である意味を失った。探偵でなくてももう、帳は僕の傍から離れない。でも、九年という時間は探偵以外の生き方を忘れさせるには十分すぎた。

 探偵になるというよりは、探偵以外の生き方をもう僕は出来ないのだろう。夏休みにそんなことは既に思っていて、でも笹原のお陰で探偵以外の生き方を思い出しかけていたような気もするのだけど。

 全部、文化祭で吹っ飛んだ。

「でも探偵って仕事あるの?」

 そんなことを直球に聞いてくる金山さん。下世話が過ぎるぞ。

「ある、と思うよ。四月からこっち、こんなに事件に巻き込まれているからな。ないと考える方が難しい」

 それに警察は黙認だなんだといっても、宇津木さんの存在に頼りきりだった。だから、新しい探偵の存在を求めている節があった。僕一人がそれをカバーするわけではなく、これからは数人で宇津木さんの働きをフォローすることになるだろう。そんな話を、まさに『解読屋』さんとしたことがある。

「…………………………」

 そう考えて、思いつく。

 もしかしたら。

 もしかすると、上等高校も同じなのではないかと。

 僕が高校生探偵と呼ばれるようになったのは、つい最近のことだ。でも、探偵らしい活動はそれとばれないようにひっそりとではあるが一年生の頃からしていた。雪垣のやつはもっと派手で、一年生の時点で相談役と呼ばれていたはずだ。

 つまり上等高校には二人の探偵役が三年間、存在していたことになる。そしてそれだけ、探偵の存在に依存していたという証拠でもある。

 普通、謎は謎のまま放置される。ゴミ置き場のボヤ。下駄箱に届く匿名の手紙。暗号だらけの恋文。書いた内容の消えた手帳。そういったものは、どうしてだろうと思いながらも時の流れに消えていく。謎は謎のままだ。そしてそれが普通で、それでいい。

 そこに解決を与えてしまうのが探偵だ。そして人は一度、その状態に慣れると謎を放置することが気持ち悪くなる。謎を謎のまま置いておくという事ができなくなる。だから探偵を求める。

 もはや、上等高校はできなくなっている。謎を謎のままにしておくということが。今回の事件もそうだ。性質の悪いイタズラ。一体だれがやったんだろうで放置できない。僕がやる気を出さず、雪垣は引きこもっているのに、解決が望まれてしまっている。

 必要なのかもしれない。いや、必要とされてしまっているのかもしれない。僕と雪垣の次に来るべき、探偵の存在が、この学校では。

 相談役は、扇さんが継ぐだろう。どれだけのその役目を全うできるかはまた別だが。事件の解決、謎の解明だけが相談役の仕事ではない。今回のバレンタインイベントのように、企画をするのも彼女の仕事になる。

 だとすると、本当に、探偵の存在が必要だ。扇さんが事件を解決できないのなら、彼女が頼れる探偵の存在が。

 しかし…………まさか笹原が、僕の代わりになってくれるわけじゃないしな……。

「彼女が、あるいは……」

 思い出すのは、七宝さんのこと。

 名探偵+αの娘。

 彼女の目を思い出す。彼女なら、あるいはその役目を果たす事ができるだろうか。

「さて、聞き込み続けよっか!」

 僕の思考はさて置いて、金山さんが一年生の教室、そのひとつに突撃する。

「たのもー!」

「いやたのもうではなくて」

 ともかく、聞き込みである。このクラスは確か、二時間目に調理実習で実習室を利用しているはずだ。

「怪しい人、ですか…………?」

 クラスの人たちは面食らったようになりながらも、金山さんの質問に答えていく。

「怪しい人…………?」

「見てないです」

「俺も見てない」

「わ、わたしも…………」

「あ、でも」

 一人が何かを思い出す。

「わたし見ました」

「本当?」

 金山さんが食いつく。

「はい。小さい女の子」

「女の子?」

「そうです。なんか、この学校の生徒じゃないように見えました」

「ふうん…………」

 金山さんが話を聞いていく。それを傍目に見ていると、渡利さんがこっちに目配せしてくる。何か言いたそうだ。

「…………何?」

「あんた、ちゃんと?」

「見てるって?」

「あのねえ」

 またしても肩を叩かれる。これで三度目だ。

「私がどうしてあんたを引っ張ってきたか分かってるでしょう?」

「冗談だよ。ちゃんと見てた。渡利さんが僕を頼ったのは、瞳術だろう?」

 瞳術。

 既に話したことだが、僕は中学生の頃、雪垣のやつと一緒に新興宗教組織の牛耳る村へ拉致されたことがある。その組織は名を『心眼会』と呼び、神の目を開眼することに躍起になっていた。

 村は紆余曲折あり、燃えた。百余名の村民、および拉致された僕たちのうち、生き残ったのはわずかに四名。僕と雪垣、村人の少年と、そしてこの渡利さんである。

 だから渡利さんは知っている。その村での事件の折、僕が手土産として瞳術、つまり心眼会の連中が開眼したがっていた神通力を身に着けたことを。

 神通力、とはいっても、本当に人智を超えた力などではない。簡単に言えば、瞳術とは観察力と推理力を高い次元で組み合わせた技だ。そしてその技は、三種類に分かれる。

 相手の挙動から次の動きを推理し対応する『未来視』。まさしく未来を見るがごとく、相手の手の内を先読みできるこの瞳術が僕は一番得意だ。扇さんと喧嘩したときに使ったのもこれである。大人げなかったが、殴られるのは嫌だったし。

 相手のバイタルを観察し嘘を見抜く『真偽眼』。これは咲口さんとの会話で使った。僕が使うと精度がやや粗いが、最近はマシになってきた。

 もうひとつは未来視の逆。相手の状態を見て、そこから過去に何をしていたかを推理する『千里眼』。これをもって僕は咲口さんが拳銃を持っていたのを見抜いた。

 夏休み頃までは持て余し気味というか、僕が今身に着けているダイバーズウォッチと同じでオーバースペックなだけの技術だったけど、文化祭の時にフル活用したのがきっかけが、最近では気楽に使っている節がある。

「そう。なんだっけ? 真偽眼? それでちゃんと見てよね」

「分かってる。そしてもう僕の真偽眼は異常を捉えた」

「え?」

 嘘が、吐かれている。

 金山さんに対応した人たちの証言に嘘があると、僕には見えた。



「嘘、ですか?」

 放課後、一度聞き込みを打ち切った僕たちは放送室に再び集まっていた。集まったのは動いたチームの片割れで、籠目くん、扇さん、渡利さん、そして僕である。他のメンバーと笹原は引き続き調査を行ってもらっている。だから今は、ひとまず集まっての現状確認だった。

「嘘なんて……。私たちの聞いたところでは嘘を吐かれた印象はなかったですけど」

 扇さんは腕を組んでこっちを見る。

「俺のところもなかったっすよ」

 一日中閉め切っていて空気の淀んでいた部屋を換気するために、放送室の窓は開け放たれていた。その窓際に背を預けながら、籠目くんも扇さんの言葉に頷く。

「つうか、そもそも俺らの聞き込みに嘘吐く必要のある相手なんているんすか? いたらそいつがもう犯人でしょう」

「ともかく」

 渡利さんがまとめる。

「この探偵馬鹿の言うことは一旦置いておいて、集めた情報をまとめましょう」

 探偵馬鹿って…………。

「籠目くんのところはどうだったの? グルメサイエンス部を中心に聞き込みをしたんでしょう?」

「それなんすけどね……」

 籠目くんは溜息を吐く。

「聞き込んでみましたが成果は薄かったっすよ。考えてみりゃ、昨日は放課後にイベントがあるってんで部活は休みでしたから、部活の連中は近づく用事もないですからね」

「じゃあ、特に怪しい人を見たりとかも?」

「ないっすね」

 ふむ。グルメサイエンス部はそんなものだろう。自分たちの領域テリトリーだからって、そう簡単に出入りするわけじゃない。

「そう。じゃあそっちは空振りね」

 言って、渡利さんは机に置いてあるスクラップブックを手に取った。『文化祭アルバム』と書かれている。行動に何か意味があるわけではなく、ただなんとなく手にしただけだったらしく、彼女はぺらぺらとそれをめくりながら話を続ける。

「扇さんはどうだった?」

「証言は二種類取れましたね」

 ほう、二種類か。

「ひとつは何も見ていないって証言です。怪しい人は誰も見ていないと」

「それについて思ったんだが」

 籠目くんがくちばしを挟む。

「ありがちな推理小説みたいによ、怪しいやつは見てません、でも怪しくないやつは見てましたってオチはないだろうな?」

「どういうこと?」

「『見えざる人』パターンか」

 ミステリの素養のない渡利さんは疑問符を浮かべていたが、僕や扇さんには籠目くんが何を言いたいか分かった。

「『見えざる人』?」

「チェスタトンの短編だよ。ネタバレになるから詳しくは話さないけど。要するに籠目くんが気にしているのは、僕たちがイタズラをした怪しい人を探す中で盲点になっている、調理実習室に近づく怪しくない人を見落としていないかってことだ」

 例えば、まさに籠目くんなんかがそうだろう。彼はグルメサイエンス部の副部長だから調理実習室に近づいても怪しくない。それ自体は普通のことだからだ。そこで僕たちが聞き込みで「怪しい人は見なかったか?」と聞いても、籠目くんの存在は怪しくないから聞き落としてしまう、ということだ。

 もし仮にイタズラの犯人が調理実習室付近をうろついていても不自然でない人間なら、こういう聞き落としがある。

「それはないよ」

 しかしさすがに扇さんはそんな聞き漏らしはしていなかった。

「聞き方は色々変えたし。とにかく調理実習室に近づいた人がいないか聞いた。授業で使った人以外、近づいた人は見ていないって言うのが『誰も見ていない』って人の答え」

 当然、僕がメンバーにいたわけだから渡利さんと金山さんの聞き込みもそうした手落ちはしていない。

「じゃあ、もう一種類ってのはなんだ?」

「怪しい人を見たってパターン」

 籠目くんの質問に扇さんが答える。

「怪しい人って言うのも、証言を聞く限りだと同一の人を指しているみたい。小さい女の子だったって」

「………………女の子?」

 籠目くんが怪訝そうな顔をする。

「うん。コートを着ていたからはっきりはしないけど、コートの下の制服が赤かったから朱雀女学院の子かもって」

 渡利さんと僕は目線を交わす。扇さんの言う証言は、僕たちの方でも取れている。

 帳や笹原の例を出すまでもなく、上等高校には何人か朱雀女学院の卒業生がいるからな。制服は一発でそれと分かるだろう。

 問題はその小さい女の子が誰かってことなんだが…………。

「それこそ嘘なんじゃねえのか?」

 籠目くんが疑惑を向ける。

「なんでウチの学校に朱雀の生徒が入り込んでんだ? 誰かが犯人を庇って嘘吐いてるとかじゃねえのか?」

 しかし、どうも籠目くんの様子がおかしい。

 自分で言っておきながら、女の子の存在を嘘と自分で思っていないような。僕の真偽眼に妙に引っかかるところがある。嘘、というのとは少し違うが、自分の言っていることを自分で信じていない感じがする。

「それはないよ」

 案の定扇さんにも否定される。

「女の子を見たって証言は複数人からとれたし、しかも複数のクラスをまたいでいた。まさかクラスも違う何人もの生徒が口裏を合わせたってことはないだろうし」

「口裏を合わせるにしても……」

 渡利さんも乗る。

「犯人を庇いたいなら誰も見ていなかったって言った方が効率的じゃない? 偽の犯人をでっちあげようとすると、どっかで口裏合わせが上手くいかなくなって食い違いとか起きそうだし」

 そして、話の水が僕に向けられる。

「だからあんたが気づいた嘘ってのも、そんな感じだと思うんだけど」

「かもしれないな」

「そうでした。猫目石先輩、嘘って結局何なんすか?」

 籠目くんも聞いてくる。

「扇さんは二種類の証言が取れたって言ったろう? だけど、僕の真偽眼を加味して証言を聞くとそれは三種類に分かれたんだ」

 まず、女の子を見たという証言は同じ。これには問題がなかった。

 問題だったのは「誰も見ていない」という証言の中で……。

「『誰も見ていない』と証言した人間の中に何人か、嘘を吐いている人間がいる」

 つまり、誰も見ていないと本当のことが証言されている場合と、嘘として誰も見ていないと証言している場合。都合三種類が僕たちの集めた証言になる。

「なるほど……それこそ犯人庇ってるっぽいっすね」

「ただ、僕の真偽眼は相手が嘘を吐いているかどうかは分かっても、具体的に何についてどこまで嘘を吐いているかまでは分からない。もちろん突っ込んで聞きただせば分かるんだけど、そこまでするにはよほど重要な情報を相手が握っていると確信が持てないとな……」

 高校生探偵なんて肩書を持っている僕が突っ込んで聞きまくればそれこそ聞いた生徒たちを過敏にさせかねない。混乱と不安を終息させようとしている笹原の動きが水の泡になる。

「仮に証言者が犯人を庇っているとして、じゃあ誰を庇う? 依然として口裏合わせをするって問題は残っているんだ。つまり犯人は僕たちが聞き込みをした生徒たちに庇われる程の相手で、しかも複数人から庇われるようなやつだ」

 そんなやつがいるのかという話で。

「………………ん?」

 僕たちがそれぞれに考えに耽っているときだった。

 籠目くんが声を上げる。

 何かを思いついたのかと思って全員がそちらを見ると、籠目くんはさっきとは姿勢を変えて窓から外を覗いており。

「おいっ! 待て!」

 突然、大声を上げた。

「なに? なにがあったの?」

 僕と扇さんは急いで窓に駆け寄る。

「あ、チクショウ。また逃げる!」

 さすがに今からでは追いつけないと思ったのか、籠目くんは体を浮かしつつも追跡はしなかった。

 僕が窓の外を覗くと、体育館脇の通路のあたりに、黒いコートを着た誰かが一目散に逃げだしているのが目に付いた。しかし足が遅い。どたどたというよりとてとてという感じで、おぼつかない足取りで逃げている。でもさすがにここからじゃ追いつけないだろう。

「先輩、今の」

「ああ」

 黒いコートの裾から、赤いスカートが見えていた。証言にあった、朱雀女学院の生徒かもしれない小さい女の子とは彼女のことか?

 いや、だが……あの姿どこかで……。

「そういえば籠目くん、昨日も三年十五組の教室で誰かを見かけた風だったけど」

「そうなんすよ」

 頭を掻きながら、観念したように彼は言う。

「ここ最近、妙な視線を感じてたんです。で、たまに見るとさっきの人影っすよ」

「でもだったら」

 渡利さんもアルバムを閉じて近づいてくる。

「どうして早く言わなかったの?」

「それは……。男の俺がストーカー被害なんてどうもありえなさそうな感じで、なんというか言いづらいというか」

 まあそうかもしれない。女性ならともかく男がストーカー被害というのはあまり聞かない感じがするし、自分で言い出すのも自意識過剰っぽい気がして籠目くんは言い出しづらかったのだろう。だから昨日も隠したのだ。

「言いづらいも何も」

 呆れたように渡利さんが応じる。

「ようするにあなたは犯人見てたんでしょう。あの女の子がずっと何かしら仕掛けてくる機会をうかがっていたってことじゃないの」

「面目ねえっす」

 籠目くんが肩を落とす。実行委員会や扇さんになんだかんだ言っていたが、自分がもっと早くこの件を告げていれば事件は防げていたかもしれないからな。いや、さすがにそんなことはない気もするが。

「でも犯人は特定できましたね」

 扇さんは告げる。

「朱雀女学院の制服を着ていた生徒。後ろ姿だけですけどきっちり見ました。確か猫目石先輩の妹さん、哀歌ちゃんでしたっけ。朱雀の人でしたよね」

「ん?」

「ん? じゃないですよ!」

 別のことを考えていたら反応が鈍くなってしまって、扇さんに睨まれる。

「哀歌ちゃんや、卒業生の笹原ちゃんを通じれば誰が上等高校にいたのか分かるでしょう! だってあの犯人は昨日、一日中上等高校にいたんですよ? 背格好から言って中等部の生徒でしょう? だったら朱雀の中等部生徒の中で、昨日休んだ誰かが犯人ですよ」

「なるほど、そう考えられるな」

 そうだな、哀歌なら調べるのは容易だろう。

 

 僕は当初、どうにかして悲哀にに取り次いでもらう気でいた。だが、哀歌に聞けばもっと早かったな。最終的には証さんへの確認は必須かもしれないが。

「案外、早く解決できそうでよかったですよ」

「…………扇さん、解決はしてない」

「え?」

 そう、まだ解決じゃない。

 その女の子は、

 すると問題は、誰だ?

 多くの生徒に庇われている誰かとは。

 いや……それも問題ではなくなるのか。

 僕は何の気なしに、アルバムを開く。文化祭の様子を写真に収める目的のアルバムだったはずのそれは、しかし中絶している。写真は文化祭の準備段階を写したものばかりで、肝心の文化祭の本番の写真は一枚もない。

 そんな場合では、なくなったからな。

 このアルバムは、中絶の結果その痛々しさをむしろ増大させていた。準備中のみんなの笑顔が後のことを考えると痛ましいというのもあるが、この写真には。

 死んだ人間も写っている。今は学校に来られなくなった人も写っている。

 『殺人恋文』事件と『堕ちる帳』事件で失ったそのすべてが、失う前の状態で保存されている。

 だから痛々しいのだ。

 その中の一枚。実行委員会が勢ぞろいした写真の一枚を指でなぞる。指は『殺人恋文』事件の被害者、一度だけ会ったことのある彼女で止まる。

 僕は誰ともなく、心の中で宣言する。

 犯人は、にいる。

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