第4話 パンクヘアーの女は目付きも口調もきつくて逆らえない


 俺の名は田中カナタ。32歳の独身。趣味は特撮ヒーローや戦隊物のイベントを回ってキャラグッズを集めることだ。その趣味が高じて、ゲーム開発会社の下請けだが、うまいことキャラデザインの職にありつけた。


「勇者カナタ!」


 その事故が起きたのは、新しいVRギアの開発もいよいよ佳境に入ったってところだった。そう、あれは事故だったんだよ。俺が異世界へ転勤することになったのは。


 俺がデザインしたヒーローっぽいヘッドマウントVRディスプレイのテスト中のことだ。どれくらい臨場感を再現できるかって16トンコンボイトラックをこっちに向けて爆走させる動画を作ったんだ。


「勇者、カナタさん?」


 大迫力だったよ。試験運用は成功だと確信したさ。俺はVR画面の中で、荒野を貫くアスファルトの路面に仁王立ちして暴走する16トントラックを待ち受けたんだ。両手を広げて、まるで特撮ヒーローがヒロイン役の女優を抱きしめるように。


 だがしかし、俺が開発したVRディスプレイがリアル過ぎたのかもしれない。俺は仮想世界の中で16トントラックに跳ね飛ばされ、俺の脳は勝手に俺は死んじまったと判断して、本当にショック死してしまったようだ。


「えーと、カナタ? ねえ、聞いてる?」


 そして気が付けば、俺は見知らぬ原野に立ち尽くしていた。VRギア『ヴァーチャライザー』を頭に装備したまま、死後の世界を飛び越えて異世界へぶっ飛ばされたようだ。


 それからすぐのことだ。俺が勇者カナタとしてこの異世界の危機を救うべく戦いの渦へ身を投じたのは。どうやら、ヴァーチャライザーを装備して過剰な死を仮想体験することで異世界転移能力が発揮されるようだ。俺は異世界からまた別の世界へと飛び回り、異世界特有の特殊能力を会得しながら強くなり、最強のヒーローとして戦いの道を突き進むのであった。


「おい、タナカ!」


「うるせえな! タナカじゃねえ、勇者カナタだ!」


「そう呼んだろ。返事しないおまえが悪い」


 公国軍首都防衛師団の軍服を着たイエローのパンクヘアー女がすっごい仏頂面で言った。いつからそこにいたんだ?


「……呼んだ?」


「聞こえてないんだろ。何さっきからブツブツ言ってんのさ?」


「いま自分語りに忙しいんだ。あとにしてくれ」


「誰に語ってんのさ。ほら、呼ばれたらさっさと来る」


 やたら攻撃的なこのパンク女、イングリットさんはいわば俺の飼い主だ。異世界の原野で野垂れ死ぬところを拾ってくれた命の恩人である。


「呼ばれたら来いって犬じゃあるまいし」


「いいから」


「いいからって」


 イングリットさんは首都防衛師団のいち兵隊さんだ。まだ若い女性兵で身体も細さが際立つ召喚観測兵であり、したがって筋力がモノを言う肉弾戦主力の首都防衛師団内ではその階級も低い。


「あたしがいいからって言ったらいいからなんだよ」


「あ、文句言ってるわけじゃないです」


 そんな彼女が首都防衛師団の師団長付き召喚観測士になれたのは、何を隠そう俺のおかげだ。ヴァーチャライザーで異世界転移を繰り返し、常識はずれの強さを手に入れた俺がイングリットさんのために戦い……。


「来・い」


「ハイ」


 ダメだ。いくら異世界最強の俺でも、イングリットさんには逆らえない。彼女には一宿一飯の恩があるし、かわいい顔してるくせに三白眼で目付きが鋭いから睨まれると怖い。

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