後編 その1

 それから四日後の日曜日の朝、俺は草薙覚と二人で、東武東上線の

車内にいた。

 

 良く晴れた日である。


 草薙君は日曜の朝に叩き起こされたこともあってか、期待半分、そして不満半分の体であった。


『一体こんな朝早く、どこに連れて行こうっていうんです?』車内は満員とはいかないまでも半分くらいの混みようで、カメラを持ったり、大きな荷物(軍用ザックに違いない)を背負ったり、中にはどういう訳か、迷彩服を着こんでいる手合いもいる。


 彼はそういう乗客を薄気味悪い者でも見るような目つきで眺めていた。


『早瀬美沙嬢に逢わせてやるんだぜ?少しは嬉しそうな顔をしろよ』


 俺が笑いながら言うと、彼は、

『それは分かっているんですけどね・・・・』といいながら、やはり迷彩服や軍用ザックの連中が気になるのか、ぶつぶつと文句を垂れている。


 車内アナウンスが、次の停車駅『朝霞』を告げると、彼の顔が一層ひきつったように見えた。俺の行く先を察したんだろう。


 駅に着いた。


 カメラや軍用ザック、それに迷彩服(いや、現実にはそうじゃない。単なる迷彩柄のブルゾンやジャケットというだけだ)の男女が、雪崩を打ったように一斉に降りる。


 俺も後に付いて下車すると、草薙君も辺りを見渡しながら続く。


 駅前のロータリーには、もう既に行く先を示したバスが停まっていて、例の集団は次々と乗り込んでいる。


 俺が辺りを見回していると、幸いタクシーが一台停車していた。


 俺が近づいて手を挙げると、快く後部座席のドアを開いてくれる。


 構わずに俺は草薙君を中に押し込み、俺も続いて乗り込んだ。


『駐屯地まで』


 運転手に声を掛ける。


『え?駐屯地?』


 草薙君が目を向く。


『そうだよ。ここ、朝霞に来たら、そこしか行く場所はあるまい?』


『冗談じゃない!僕が何で自衛隊の・・・・それに駐屯地と早瀬さんと何の関係が?』


 彼が気色ばんで、隣に陣取った俺に叫んだ。声が裏返る。


『関係があるから来たんだよ。彼女が是非来てくれといったのさ。それとも逢いたくないのか?』


 彼は不思議そうな、気分が悪そうな、複雑な表情で俺の顔を見ている。


 流石にここいらで『駐屯地』といえば、地元の運転手なら、いちいち道順を指図しなくっても勝手に運んでくれる。便利なものだ。


 やがて、見覚えのある、レンガ造りの立派な門が見えてきた。


 電車の中で見かけたであろう一団も、半ば物珍し気に、半ば馴れたように中へと入ってゆく。


『やっぱり、ここは陸上自衛隊の駐屯地じゃないですか?嫌ですよ。僕はこんなところに入るのは!』


 草薙君は目を三角にして、素っ頓狂な声を上げる。


 門には、

『陸上自衛隊朝霞駐屯地』というでかい表札が掲げられてあり、その隣には

『第〇〇回、駐屯地祭』という立て看板もある。


『嫌なら嫌で構わんよ。その代わり中に入らないと、君の思い人、早瀬美沙には逢えないぜ?それでもいいのか?』


 この言葉に彼はどうも弱いらしい。

 

 黙って俺の後に従った。


 俺は正門の前に立っていた警備の隊員に声を掛ける。


 彼は俺の話を聞き、詰所の中に入ると、内部と連絡を取ってくれ、


『どうぞ、今現在・・・・』と、場所を丁寧に教えてくれた。


 世間の人は自衛隊の駐屯地何て言うと、かなり敷居の高い場所であると思っているようだが、そんなことはない。


 特に今日のような『駐屯地祭り』のような催し物の時は、結構オープンで、隊員もいつもよりかなり親切だ。


ああ、


『駐屯地祭り』っていうのは、言ってみれば学校の文化祭のようなものだと考えてくれればいい。


 普段自衛隊の敷地に民間の人がよほど特別な用事がある時以外は入れないが、年に何回か決められた日に、開放されて中に自由に入れる。

 

 中では『訓練展示』といって、隊員が訓練風景を実演してくれたり、車両や建物の中、武器さえも見せてくれるのだ。


 今日の朝霞駐屯地が、丁度それにあたるというわけだ。

 



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