ウナ ―天魚―

 どおん、と遠くから、太鼓の音が鳴り響いてくる。


 ――しゃーん、かっ、どおぉん。

 ――どおぉん。どおん。

 ――しゃーん、かっ、どおぉん。


 かねと笛と、老若男女の歓声と。

 陽光にきらめく賑やかな気配。


 恵みの雨をもたらす龍神イズラと神を招く雨花娘イェールカの物語を疑わない人たち。

 いや、疑わないのではない。人々にはもはや、物語の真偽などどうでもいいのだ。街の威信を賭けて飾り立てられる豪奢な輿こし、贅を尽くした真っ赤な天魚ウナの衣装をまとった神子たち。雨と豊作、恵みを当然のものとして期待し、見たこともない龍神イズラを讃える人たち。


 あの日、イェールカの血潮が乾いた大地に沁みた痕から赤い天魚ウナが涌き出て、人々の飢えを満たした。イェールカの涙は長い糸のように天にのぼって駆け巡り、広い空の奥から雲という雲を縫い寄せ集めてきた。イェールカの最期の息は、乾いた大地の上を駆け回りながら大きく育ち、 風となって巻いた。

 イェールカは雨を降らせたのだ。


 人々はイェールカのたたりを恐れ、恵みが失われることを恐れた。

 そしてイェールカの骨をおさめた宝珠を社に祀り、年に一度の雨乞い祭りでは輿に乗せて街を巡り、最後に若い娘の歌を捧げさせる。

 本当の物語は隠され、美しい物語だけが人前に出される。国一番の歌い手イェールカが命の限りの歌を捧げて龍神イズラの心を動かし雨がもたらされたのだ、と。


 龍神イズラなんて、いないのに。


 あの時、ひでりが続いたのは龍神イズラがすでにこの土地を捨てて去っていたからだ。

 ここは見捨てられた土地。死すべき土地だった。

 だから。



 だからわたしは弔った。


――遅かれ早かれ、皆、滅ぶ。

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