第17話 手のひら返し。

『申し訳ございませんでした!!!』


 模擬戦から数日が経ったある日。

 放課後の教室に、謝罪の三重奏が響き渡った。


 赤髪のアマンダ。

 青髪のディビ。

 緑髪のカリーナ。


 三人は俺とリベルに土下座して、額を床に擦りつけている。


 身体が小刻みに震えている。本気で許しを乞うているようだ。

 模擬戦でリベルにかけられた邪眼が、よっぽど効いたのだろう。


「……だ、そうだ。リベル、どうする?」


 許すのか、許さないのか。


 それを決める権利は被害者のリベルにある。

 今までさんざん自分をいじめてきた三人に、この子はいかなる裁定を下すのだろう。


 クラスメイトたちの注目が集まる中、リベルは告げる。


「町でお胸のサイズを宣伝して回った罪で憲兵さんに捕まって、何日か留置牢に入れられてたって聞きましたけど……?」


「は、はぃぃ! 先ほど副生徒会長が迎えに来てくださって、学院に戻ることができましたぁぁあ!」


「無期限の謹慎が始まる前に、まずリベル……リ、リベル様のところへ謝罪に伺った次第です!」


 アマンダとディビが、リベルに敬語を使っている。


 それはクラスメイトにとって異常事態らしく、


「マジですの……?」


「まあ、邪眼にゃ勝てないわな」


 というヒソヒソ声が聞こえてくる。


「カリーナたち、リベル様の気持ちがよぉ~くわかりました!」


 緑髪のカリーナが鼻水を飛ばしながら弁明する。

 いつものふざけた口調は鳴りを潜め、ただただ涙を流すばかり。


「け、憲兵隊に囲まれて、変態扱いされながら牢屋に叩き込まれて……。邪眼が解けてからも、何度も何度も厳しく尋問されて、何を答えても信じてもらえなくて……。一人の人間として尊重されないって、こんなに辛くて苦しいのかって思って!」


 カリーナの泣き声が膨らんでいく。


 アマンダが切れ切れに声を洩らす。


「け、憲兵に詰められながら、今までリベル様にやってきたこと、一つ一つ思い出して……。そしたら、気が遠くなるぐらい後悔が押し寄せてきたんです!」


 ディビがギリギリと奥歯を噛みしめる。


「アタシらと憲兵は違います……。憲兵は仕事だけど、アタシらは……単なる憂さ晴らしとして、リベル様のこと、いじめてて……。どうせ仕返ししてこないって軽く考えてて。でも、いざ自分が攻撃される側になって、今までどんだけ酷いことしてたのか思い知ったんです! 気づくのが遅すぎました!」


 涙と鼻水にまみれながら、反省の言葉を口にする面々。

 その間も、額はずっと床に擦りつけたままである。


 勝手な言い分だな、と俺は思った。

 謝罪を口にするのは簡単だ。

 反省だけならサルでもできる。

 しかし、今まで何度も攻撃され、貶められ、尊厳を踏みにじられてきたリベルの心と身体はどうだ?


 どんなに謝罪されようと、ひとたび傷ついてしまった心が完全に癒えることなどありはしない。

 身体につけられた傷は、いつか治るかもしれない。

 だが、身体を傷つけられたという記憶が消えることは、決してないのだ。


 相手の身体を傷つけるということは、同時に心も傷つけているということを忘れてはならない。


 さて……。

 この三人は、たった一回の土下座ごときで、今までの暴虐が帳消しになるとでも思っているのだろうか。


 そんな三人に、リベルは言う。


「頭、上げてください」



 しかし――その横顔に、許しの笑みはない。



 恐る恐る顔を上げた三人を見下ろし、


「もう一生……大人になっても、おばあさんになっても、死ぬまで誰もいじめないって誓ってください!」


 ゆっくりと、それでいて力強く、言葉を刻みつける。


「今度皆さんが誰かをいじめたら、わたし……絶対に許しません。どこにいようが必ず見つけ出して、全力全開の邪眼をお見舞いします。そのつもりでいてください!」


 三人を順番に見つめ、その意志の強さを知らしめる。


 次に誰かをいじめれば、人としての尊厳を根こそぎ奪い去る――。

 そういう意味合いのセリフである。


『ひぃぃい!』


 三人は悲鳴を上げ、再び額を床に打ちつけた。

 もはや抵抗の意志は一切感じられない。


「リ、リベル……強ぇぇ」


「バカ! あれはもうリベル“さん”だろ!」


「今のうちに友達になっとこ」


 男子生徒どもがリベルに駆け寄る。


「ね、ねぇリベルちゃん、私は友達だよねっ?」


「リベルちゃん好きー」


「みんなずるいわ! ねねね、今度アタシとお買い物に行かない?」


 女子生徒がリベルに擦り寄る。


 そんな中、邪眼使いの小柄な少女は、


「行きましょう、ゼクスさんっ!」


 それらを完全スルーして、俺に向けて華やかな笑みを浮かべた。


 悩みも憂いも感じられない、憑き物が落ちたような笑顔である。


「ああ、そうだな!」


 土下座している三人を放置し、群がってくるクラスメイトたちを尻目に教室を出ようとすると――。


「リベル・ブルストさん! いい話があるんだ!」


 今度はたくさんの教師たちが道を塞いできた。


「リベルくん、邪眼覚醒おめでとう! 早速だが、君に我らが王立ファティコ魔法学院の新たな広告塔になってもらいたいのだよ!」


「いやぁ~アタクシもね、アナタには前からこっそり期待していましたのよ?」


「今度の学院祭で生徒代表として、来年度の入学希望者に邪眼のことを公演してくれたまえ! いい話だろう? 学院の代表になれるんだぞ?」


 勝手なことを言いながら、鼻息荒く群がってくる。


 しかしリベルはこちらもスルー。


「ゼクスさんゼクスさんっ。わたし、行きたいところがあるんですよっ」


 俺の手をぎゅっと握って、早足に廊下を歩いていく。


「くっ、ダメだったか!」「さすがにノってこないか」と悔しがる教師たちの声を背後に聞きながら、リベルは頬を膨らませていた。


「ここまで露骨な手のひら返し、恥知らずもいいところだな」


「ホントですよ! いじめのことを先生たちに相談しても、どんなに助けを求めても、魔法が使えないキミが悪いとか、いじめられなくなる努力が足りないって逆にお説教してきたのに……!」


 あぁ、なんたることだ……。


 俺は廊下のド真ん中で立ち止まり、リベルにこちらを向かせて――。


「……ゼクスさん? ……ひゃぁんっ!」


 真正面から抱きしめた!


 今の自分にできる精いっぱいの慈愛を込めて、強く、強く。


「もう大丈夫だ。リベルはこれからどんどん強くなる。俺が一緒だ。俺がいる。ともに力を高めていこう。これからずっと……!」


 栗色の髪を撫でながら、耳元でささやく。


 すると、リベルも俺を抱き返してきた。


「あ、あのっ……わ、わたしの方こそよろしくお願いしますっ。わたしの知らないこと……魔法の他にも、い~っぱい教えてくださいね!」


「ああ、なんでも教えるぞ。なにせ俺は、リベルの師匠なんだからな!」


「えへへぇ~……ゼクスさぁ~ん……」


 そのまましばし、互いの体温を感じ続けた。


 リベルの柔らかな身体。

 高鳴る心音。

 俺の腹に押しつけられる、たっぷりたゆたゆの充実食感……。

 そのどれもが愛しく感じられ、俺はしみじみと息を吐いた。


 その吐息がリベルの首筋を撫でた瞬間、彼女はビクッと身を震わせる。


「はぁ、はぁ……はぁぁ~……」


 いつの間にか顔が真っ赤だ。

 胸の膨らみを押しつける勢いが、先ほどよりも大胆になっているような……。


「ゼクスさん……ゼクスさぁん……」


 すっかり声がとろけている。これは、まさか。



「わたし、えっちな気持ちになっちゃいますよぅ……!」



 やはりそうなったか!

 しかし今回に関しては、俺もやりたいことがある。


「どうだろう。邪眼を鍛える傍ら、研究中の色欲魔法を受けてみないか? 小型の魔導結晶を細かく振動させ、それを全身のあんな所やこんな所に押し当てる高等魔法なんだが……」


「はぁ、はぁ……いいですよぉ~。わたしの身体で試してくださぁ~い」


 トロトロになった瞳。

 淫らに弾んだ熱い吐息。


 リベルの快諾に、嬉しさがこみ上げてくる。


 ところで……。

 アマンダ。ディビ。カリーナ。

 三人のいじめっ子は、おそらく退学になるだろう。


 これだけえっちなことに厳しい世の中で、乳のサイズを連呼した罪で憲兵隊に捕まったとなれば、学院の評判はガタ落ちだ。

 そして故郷に逃げ帰っても、おそらく奴らに居場所はない。


 文字どおり、人生終了である。


 だが、まあそれも仕方のないことだ。

 俺のかわいい愛弟子をいじめたのだから、それぐらいの罰を受けるのは当然というものだ。


 そんなことを考えながら、俺はリベルとともに往く。


 そういえば、『ゼクスさんゼクスさんっ。わたし、行きたいところがあるんですよっ』と言っていたが、それはどこのことだったのだろう?

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