第14話 いじめっ子の末路。―決戦編―

 三度目の人生を経験している俺でなくとも、五日というのはあっという間だ。


 たった五日で、果たしてどこまで魔法の実力を高められるのか……。

 それは俺も懸念していたが、しかし。


 しかし、である!


 我が愛弟子リベル・ブルストは、厳しい鍛錬にしっかりとついてきた。

 無論、鍛錬の前には毎回彼女をえっちな気持ちにしなければならなかったが。


『ゼクスさん。後ろから、優しくしっとりハグしてくださいっ』


『お姫様抱っこ……お願いします。わたし、ずっと憧れてたんですっ』


『ゼクスさんのシャツ……着てみたいです』


『今度はゼクスさんのお部屋の匂いも嗅がせてくださいっ!』


 まあ……いろいろとリクエストされた。

 けれども悪い気はしない。

 今まで胸の奥に閉じ込めていた欲求を次々と解放していくリベルの姿は、大層えっちだった。


 この子、大人しそうなのに、こんなコトがしたかったのか……。という、ある種の愉悦を何度も味わえた。


 そうしてリベルを何度もえっちな気持ちにしたおかげで、活路を見出すことができたのだ。

 模擬戦本番の今日、その成果を皆に見せつけてやる……!


 会場となる第二運動場に、俺は意気揚々と足を踏み入れた。

 もちろん横には小柄な愛弟子がいる。


「リベル、調子はどうだ?」


「…………」


 第二運動場は広大だ。

 編入試験と同じ簡易闘技場が四つも組まれており、すでに大勢の生徒たちが集まっている。


「おいリベル、黙り込んで……どうしたんだ?」


「…………」


 今日は学年全員が観客になる。

 まだ開会式も始まっていないのに、生徒たちの盛り上がりは相当なものだ。


「……そうか、そういうことか」


「ううぅ……」


 周囲の生徒らが、いつの間にか俺とリベルをジロジロ見ていたのだ。


「うわっ、あれが噂の変態コンビ?」


「放課後は毎日二人で過ごしてるらしいわよ?」


「えっちだ……」


「えっちね……」


 さすが思春期。

 放課後に男女二人で過ごすことに関しては敏感である。


 俺はリベルの腰に手を添えた。


「気にするな。俺たちは鍛錬に明け暮れていたんだ。たしかに毎回お前をえっちな気持ちにさせていたが、やましいことは何もない。そうだろう?」


「……そ、そうですっ! そうですよね!」


 リベルはハッとしたように背筋を伸ばした。

 その拍子に、背丈に似合わぬ豊満なお胸のお肉が、たゆゆんっと揺れる。


「ゼクスさんに何度も何度もえっちな気持ちにしていただいたからこそ、鍛錬が成立したんですもん! だから全然やましくありません。……えっちでしたけど」


 好奇の視線に縮こまっていた少女は、もういない。


「鍛錬は嘘をつかない。えっちな気持ちも嘘をつかない。五日間の成果を見せてやろう……奴らに!」


「はいっ!」


 俺たちの出番は間もなくだ。


 赤髪のアマンダ。

 青髪のディビ。

 緑髪のカリーナ。


 リベルをいじめる三人組め……一体どうしてくれようか。


「では、えっちな気持ちになりに行こうか」


「お願いします! あっちに長い階段があるので、わたしが先に上りますね。ゼクスさんには、わたしのスカート……し、下から覗いてもらいたいんですっ!」


「――いいだろう」


「ですけど、ぱんつはお見せしません。お尻の始まりの、ぷくっとした部分……尻たぶっていうんでしたよね。ぱんつがギリギリ見えない場所から、わたしの尻たぶ……い~っぱい覗いてくださいっ!」


「わかってきたじゃないか」


 俺たちを変態呼ばわりする奴らの度肝を抜くために、二人でちょっとえっちな下準備へと繰り出した。




『それでは、次の対戦カードを発表します! チーム・タピオカパンケーキVSチーム・色欲魔法ズ、第一フィールドの中央へどうぞ!」


 ついに出番がやってきた。

 第二階梯魔法――メギス・ハウル。拡声魔法を会場に響かせるのは、広報委員を務める女子生徒だ。


「さぁリベル、気合いを入れるんだ!」


「はいっ! というかゼクスさん、色欲魔法ズっていうのは……?」


「俺が登録しておいたチーム名だ。カッコイイだろう?」


「えっ」


「ん?」


「い、いえ、カッコイイです! そこはかとなく味がありますっ」


 おかしな間があったような気もしたが、ともかく決戦である。


「ですけど、いきなりあの人たちのチームと当たっちゃうなんて……」


 しゅん、とリベルが視線を下げる。

 あの人たちというのは、アマンダ、ディビ、カリーナのことだろう。


 奴らと当たるのは当然だ。

 なにせ昨日、俺がミス・アレクシアに命令……いや、お願いしておいたのだから。

 理事長室に押し入って腰を抱き寄せ、おまけに顎をクイッとやったら、すぐに言うことを聞いてくれた。


 リベルの肩をポンと叩く。


「弱気になるな。この五日間で身につけた“アレ”を使えば、奴らと真正面から戦えるんだ。リベルが今まで負わされてきた心と身体のキズの深さ、痛み、苦しみ……全部まとめて、奴らに思い知らせてやろう」


「……はいっ!」


 リベルがキッと顔を上げる。決然としたまなざしだ。

 ――安心した。

 戦う覚悟は、すでに出来ているようだ。


 二人で闘技場の中央へ行くと、先客たちが例のごとく悪態をついてきた。


「ケッ、チームは二人で充分ってか? 余裕ブッこいてんじゃねーぞ!」


「ねぇ、わかってんの? これじゃあ三人で組んでるアタシらが弱いみたいじゃん。リベルってホント空気読めないよね。鈍くさいし、デブだし」


「カリーナちゃん、ちょっとムカついてきちゃったかもー!」


 アマンダ、ディビ、カリーナの三人と対峙する。


 彼女たちは初日と変わらず、リベルに向かって嗜虐の目を、俺に向かってイモムシを見る目を向けてくる。


 観客の生徒がどんどん増えていく。

 彼らは実質、アマンダたちの応援団だ。


「引っ込め変態! アマンダたちの不戦勝だオラァ!」


「模擬戦なんか出てんじゃないわよ! 雑魚リベル!」


「負けたら退学しろー!」


「そうだそうだ! 退学! 退学!」


「変態! 落ちこぼれ!」


 三人がかりで睨まれ、四方八方から汚い野次を飛ばされる。

 観客席には何人か教師もいるが、それらを注意する気配はない。審判の教師も見て見ぬ振りだ。

 つまり、彼らも敵である。

 

 この状況。

 これまでのリベルなら、身を縮めてごめんなさい、ごめんなさいと涙目になっていたことだろう。


 しかし、今は――。


 リベルはぎゅっと拳を握る。

 身を縮めるどころか胸を張り、敵をまっすぐ見つめ返す。


「ゼクスさんに鍛えてもらって、わたし……ちょっとは変われました! もういじめるのはやめてください!」


 たくさんの悪意を押しのけ、三人のいじめっ子に真正面から言葉を叩きつけた。

 その一言に、一体どれほどの勇気が必要だったことか。


 だが。


 そんな言葉が通じる相手なら、そもそもいじめなどしないわけで……。


「うるせぇな! リベルのくせに生意気なんだよ!」


 アマンダが吼える。


「はぁ? なんなの? チョーシ乗りすぎ。……ウザっ」


 ディビが顔を歪める。


「てゆーかカリーナちゃんたちー、いじめとかしてないしー☆」


 カリーナが媚びた口調で周囲にアピールする。


 そんな三人の呆れたパフォーマンスを、客席の有象無象が『ギャハハ!』という不快な笑い声で後押しする。


 そこへ、広報委員の拡声魔法が響いた。


『……さ、さあ、異様な盛り上がりを見せております第一フィールド! おぉっと、審判が右手を挙げました。いよいよ開戦ですねー!』


 その言葉どおり、審判が試合開始を告げようと息を吸い込んだときだ。


「あぁぁー! 審判、靴ヒモほどけた!」


 アマンダが唐突に待ったをかけた。


「うわっ、ウチもだ」


「カリーナちゃんのもほどけちゃったー☆」


 あとの二人も審判に告げ、その場にしゃがんで靴ヒモを直し始めた。


「ほほぅ、これは……」


「セ、セコイです……!」


 観察眼の鋭いリベルは、敵の作戦に気づいたようだ。


「……紅蓮の加護をその身に宿し、我が右腕に灼熱の処刑具を……」


「……水龍に導かれし我が魂、純粋なる水の流れに……」


「……母なる大地に根ざす花々よ、今こそ哮り、その牙をデカ乳に突き立て……」


 なんとアマンダたちは、靴ヒモを結びながら小声で詠唱を開始したのだ。

 試合開始と同時にリベルを瞬殺する算段だろう。


「おい審判。お前の目は節穴か?」


「そうです! ずるっこです!」


 さっそく抗議した俺たちだったが――。


「おい、試合開始前に中央の線を越えちゃいかん! 二人ともイエローカード!」


 なんと審判はアマンダたちの不正をスルーし、あろうことか俺とリベルにイエローカードを突きつけたのだ。


「イエローカード……だと?」


「ゼ、ゼクスさん、あと一枚で失格になっちゃいます。ひどすぎですよぅ……」


 アマンダ。

 ディビ。

 カリーナ。

 審判。

 そして周囲の生徒ども。


 四方八方、敵だらけの状況だ。

 イエローカードをもらった俺たちには、すかさず野次が飛んでくる。


「ギャハハハ! ざまぁ!」


「アマンダー! やっちまえー!」


「変態! 落ちこぼれ!」


「調子に乗るんじゃねーよ!!」


 だが、そんな下らないもので揺らいでしまう俺たちではない。


「リベル……できるな?」


「はいっ……!!」


 リベルが魔力を高め始める。

“アレ”を覚醒させようとする。


 リベルが今まで受けてきた仕打ち。

 浴びせられてきた汚い言葉。

 強いられてきた理不尽。


 ――その胸に渦巻く、怒り、苦しみ、悲しみ。


 あらゆる無念を肌で感じながら、俺は思い描く。


 三人のいじめっ子の、悲惨な末路を――。

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