第10話 トップニュース


 朝日とともに起きて、うすいレースのカーテンをいて、窓を開け放つ。


 目覚まし時計もないのにルナの早起きが続いている理由は、まだここがだという緊張感。それと、この部屋には分厚ぶあついカーテンがないから、お日さまに直接起こしてもらえる。


 着替えを済ませ、ルナはお月さまと同じ色の長い髪をていねいにあつかい、よくブラシを通す。


 いつもは朝食の支度したくが気になって、みができるくらいの指どおりがあれば十分。と、雑なブラッシングをしていたが、今朝は特別。




 慣れた手つきで毛先まで編み終えると、ルナは、ふふっと顔をほころばせて、ツヤツヤのお月さまのモチーフのついた可愛いヘアゴムを手に取った。




「やっぱりかわいいなあ」




 朝日にかざしてながめると、お月さまの中に入っている星屑ほしくずが、七色にきらめく。

 ゴムひもはもちろん、ルナの大好きな、うすむらさき色。



 きのう初めて会った、カーネリア・エイカーがプレゼントしてくれた。



 ルナにとっては、お姉さん弟子にあたる人だ。


 ルナが暴れん坊のことを話したことと、もうひとつ訳があって、ルナのことを妹弟子と認めてくれた。




「わたしの宝物」




 ルナは鏡に向かって、にっこりと三つ編みの先をらした。

 ここへ来てから、ルナに宝物がひとつずつ増えていく。

 左右を編み終えると、ルナは部屋を出て、タタタッと階段を下りた。






 階段を下りてすぐの部屋が、キッチン兼食堂になっている。



 食器棚には大小たくさんのうつわがしまわれていて、火も流し台も、一人暮らしには十分すぎるほど広く、調理器具もそろっている。


 そのわりに、どれもほとんど使われた形跡けいせきがないのが、お菓子作りが好きなルナとしてはもったいなく感じるところ。


 けれど、今は調理台の上のバスケットへ急いだ。

 今朝はちょっと、身支度みじたくに時間を使いすぎちゃった。




「今日のパンは何かな」




 きのうは長いままの食パンだった。

 その前は、表面に切り込みが入った丸パンが山盛り。




 ルナがここで朝食をとるようになって、今日で3日目の朝になる。



 初日はお師匠さまが用意してくれて、ルナは後片付けだけだったけれど、きのうからはルナが作っている。


 なんて、大げさだけれど、ルナのやることといえば、パンを切り分け、トーストし、卵を焼いて、お師匠さまとルナの分のお皿に盛るくらい。


 それから、実はこれがいちばんの大仕事で、おおきな牛乳びんから、こぼさないようコップにミルクをそそぐこと。これも2人分。



 ちなみに昼と夜はルイ・マックールが用意して、3食必ずいっしょに食べる。パンも大きな牛乳瓶も、一日かけてからになる。

 ルイ・マックールは積極的に、育ちざかりのルナに牛乳をらせたいようだ。



 これらの3点はみんなバスケットの中に入っていて、毎朝キッチンに着くと、必ずそのバスケットが調理台の上に置いてある。


 ルナがバスケットに近づくと、パンより先に別のものに目が行った。




「新聞だ」




 噂では、ルイ・マックールは世間を嫌っている。だから世間の様子を知りたくないのか、朝刊も夕刊もとっていない。

 新聞以外のものから情報を得ている風でもないし、そこをルナは変わっているな、と感じていた。


 だって、ルナのお父さんはよく家で新聞を読んでいる。そのうえ、子供ルナだって新聞を読むよう、それとなくすすめていたから。



 ルナがちょうど、2人分のお皿を食卓に並べ終えたところで、お師匠さまがキッチンに現れた。




「おはよう、ルナ。今朝は目玉焼きかい。上手に焼けているね」




 ルイ・マックールはプルンとした黄身に目を細め、それから食事のわきに置かれた朝刊に気が付いた。


 ルナが、いちおう置いておいたのだ。


 ルナのお母さんは、食事中にお父さんが新聞を読むのを怒るけれど、特別急ぎの記事があるのかもしれないと気を利かせた。


 しかし、ルイ・マックールは新聞には朝食が終わるまで手を付けなかった。


 ルナのお父さんは、読む時間がないから、と言って読んでいたけれど、ルイ・マックールは時間があるのかしら? それとも、お行儀がいいから? 


 ともかく、ルイ・マックールは、ルナに朝食の感想とごちそうさまを言ってから、静かに新聞を開いた。




「これは……!」




 ルイ・マックールがめずらしく、くつくつと声を抑えきれずに笑っている。

 朝刊に面白いことでも書いてあったのだろうか。ルナにも、ごらん、と記事を見せてくれた。




『世界ランキング第2位の匿名とくめい魔法使いの正体は、カーネリア・エイカー!!!!』




 でかでかとした見出しの後には、世界ランキング第2位の魔法使いが、今になって名前を公表し、しかもそれが〈世界一の大魔法使いルイ・マックールの最初の弟子〉にして、かつての噂の美少女カーネリア・エイカーであった、とおおげさに書いてある。


 その横には大きな写真と、知らないおじさんの小さな写真。

 ルナは大きな写真のほうを見て、気がついた。




「これは、きのう行った――!」


「大バザールの車道だね。このタクシードライバーのピンチを、乗客のカーネリアが助けた。運転手はインタビューを受けているけれど、ろくに答えられていないから、おそらくカーネリアが口止めに何か使ったんだろう」




 たしかに、記事には当時の詳しい状況についての記述きじゅつは少ない。


 代わりに、取材を受けたタクシードライバーの、話したくてたまらないのに上手く説明できず、もどかしそうにしている様子が詳しく書かれている。


 そして記事の最後は、カーネリア・エイカーが名前を公表したことと、その理由にはこのタクシーの件が関係しているのでは、というめくくられていた。




「『かつての』だなんて……。カーネリアがまた怒るぞ」




 ルイ・マックールにはカーネリア・エイカーの書かれようの方が面白かったらしい。まだ楽しそうに笑っている。それから、少し落ち着けて、丁寧ていねいに朝刊を折りたたんだ。




「名前の公表と今回のタクシーは関係ないだろう。それにしても、あれだけ世間に名が出ることを嫌っていたのに。一体どういう風の吹き回しだろうね」




 じつは、ルナは知っていた。



 カーネリア・エイカーが、なぜ、今になって世間に自分の存在を知らしめたのか。



 けれど、姉弟子の言ったそのままをお師匠さまに伝えるわけにはいかず、ルナは困ってしまった。


 ルナは特に口止めなんかはされていない。ただ、言いづらくて……。と、いうより、ルナの口からはとても言えない。



 普段、はかなげで、いつもどこかさみしそうに遠くを見ているお師匠さまが、カーネリア・エイカーの事となると表情を変える。


 だからこそ、絶対に、言えっこないのだ。



―――――――――――――

【お知らせ】

 このエピソードはNOVEL DAYS修正版があります。

 よろしければ、読み比べてお楽しみください。


(※ストーリー上の変更点はございません)


 こちらのURLから読むことができます。https://novel.daysneo.com/works/episode/eee316c0324607f0f08954baf42f26af.html

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