第17話 昼食
私が彼をお昼に誘った。この事実だけを見ればカップルのそれに思うかもしれない。
だけど私はそういうのではなく、もっと別の感情……そう、母性本能的な意味で捉える事で自分を納得させていた。
その日は暖かな日差しが気持ちいい絶好のお弁当日和だった。
(いや、お弁当日和もなにもないんだけど)
ただ鬼神君と一緒にお昼を食べる。その事が今の私にとってほんの少しだけ特別に思えた。
「かおる、今日のお昼はちょっと1人で食べるから」
教室に到着すると私の席の周りにはいつもの3人組の姿があった。
(てか、なんで私の席の周りにいるの?)
私は務めて平静を装いながら1番良識があるかおるに話を振る。しかし、物事とは上手くいかないのが常である。
「雪音……怪しい」
「べ、別に怪しくないわよ」
ソラである。
いつもいつもいつもいつも、私をからかう忍者少女。ことある事に現れる摩訶不思議な存在。
「だってこの前、私のスマホで……もがぁ」
危なかった……口を塞がないとこの子はある事ない事言いふらす。見た目は口が硬そうな無表情だが、その実ゴシップネタが大好きなゴシップガールなのだよ。
「なるほど……鬼神か」
「鬼神君ね」
(ッ! なんでバレた? こんちくしょぉぉ)
「だってソラから愚痴聞いたし」
「うん、雪音が鬼神君と人のスマホでラブラブコールしてたって」
「フフ……時……既に遅し」
いつの間にか私の束縛から逃れていたソラが、2人の側に仁王立ちになり勝ち誇った顔をしている。
「ぐぬぬぬぬ……策士め」
私はやり場のない思いと悔しさを悪態として口走っていた。
「まぁまぁ、お若いお2人の邪魔はしませんぞッ」
「そうねぇ、せっかくの機会ですしー」
「今日は見逃してやろう」
「ダメだ……この3人組は私を玩具にして楽しんでいる」
それ以上の追求がくるかと思っていたが、3人は何も言ってこなかった。それどころかどこか私を見る目が暖かな光を宿していた。
「ん? どうしたの3人共?」
いつもならマシンガンの如く追求してくるのに、今日は違う。不思議に思って尋ねてみたが返ってくる返事は曖昧なものだった。
ともすれば予鈴がなり響き、そしていつものように少し遅れて彼が教室の後ろの扉から入ってくる。
少し話しかけずらかったが、私はいつもの口調で声をかけた。
「体調、良くなった?」
話しかけられた彼は、しっかり休んだからだろう、血色が良くなり見た目では元気に見える。
「お陰様で良くなったよ。ありがとう桃宮さん」
「……うん」
彼からありがとうと言われるのはこれで何度目かな。
言葉って不思議だよね。言われた内容よりも、言ってくれた人の顔が頭に浮かんでくるのだから……
◆
いつもは退屈に思う授業も、今日という日はどこか特別に感じた。例えるなら、焼きあがりを待つパンの様に気持ちがソワソワしてしまう。
トースターを見つめ、きつね色になっていく様を見るのが私は好きだ。しかし、今色づいてるのは私の頬かもしれない。きっとタイマーの音が近づくに連れて朱色染まっていく。
キーンコーンカーンコーン
どうやらパンが焼けたみたい。狐に化かされたような、さりとて真っ赤な嘘のように、時の流れに身を任せて私の色を染めていく。
その合図と共に私は隣の彼に向き直る。
「お、おお……鬼神君!」
「……?」
おかしい、全然いつも通りに喋れない。男子をお昼に誘うってこんなに勇気がいるものなの? ってかこの前はなんでさらっと言えちゃったの?
「あの……その、お……」
ダメだ一向に言葉が出てこない。世の中のリア充はどうしてサラッと誘えるのか……
見ると彼は席を立つ寸前で固まっていた。そして私の後方へと視線を向けると何かに気付いたようで、慌てて口を開く。
「お昼一緒に行かない?」
私からの提案だったハズなのに、結局彼に誘われる形になってしまった。
「う、うん……」
(まぁ、これも悪くないか)
教室を後にする時には気付かなかったが、どうやらかおる達が、身振り手振りで教えていたそうだ。
………………
…………
……
「綺麗だね」
「うん、お気に入りスポット」
「私のあの場所と同じだ」
「ふふ、そうかもしれないね」
彼がいつも食べている場所へとやってきた。裏庭にカラフルなお花がいっぱい咲いている。
「なんでこんな綺麗な場所に誰もいないんだろうね」
話の導入としてふとした疑問を彼に投げかける。
「う〜ん……花粉症が嫌だから、とか?」
「ふふ……何それッ! あはははははは」
至極真面目に答えたのだろうその回答が私には面白かった。
普段は物静かな彼だから突然のボケにやられてしまった。まぁボケてはないのだろうけど。
「案外合ってるかもね……」
「でしょ?」
私はひとしきり笑った後に、お弁当の包みを開ける。ベンチの隣にいる彼はコンビニで買ったとおぼしきお惣菜パンとコーヒー牛乳だけ。
「まさか、それだけ?」
「えっ? あーうん、まぁね」
元々体が弱いとは言っていたが、まさか食べるのも少食だとは……だからこそ私は1つの結論に辿り着く。
「……多く作ったから、一緒に食べよう?」
「えっと……いいの?」
「……うん」
厳密には私が作った訳ではないけど、お母さんに8割ぐらい手伝ってもらったけどッ!
それでも手作りだと言い張りたい。
「鬼神君はさー、しっかり食べないとダメだよ?」
「あはは、ですよねー」
「また体調崩したらどうするの?」
「ほ、ホントですねー」
私の変なスイッチが入ってしまった。これが母性本能というやつかッ!(ちょっと違う気もする)
「手は動かせるの?」
「うん、今日は調子がいいから。ほらっ」
といって彼は両手をグーパーして見せてくる。その仕草と満面の笑みはちょっと子供っぽいなと思いながら笑って見つめる。
「ちょっと残念……」
「えっ何か言った?」
「ううん、何でもない……」
何でもないと口ではいいつつ、彼の家で食べさせた行為をもう一度したい、と思ってしまった今の私はずるいのかな。
私は彼にお弁当を分けながら、お互いに最近のアレコレを話し合う。主に私の3人に対する愚痴だったのだが、彼はにこやかに楽しそうに笑って聞いてくれた。
「お花見……楽しみだね」
「うん! すっごく楽しみ!」
教室に戻る前に、色とりどりのお花で出来たアーチをくくりながら、私と彼は土曜日に迫った花見に思いを馳せる。
(それまでに、サンドイッチのレシピを覚えよう)
私の決意と共に、暖かな風に揺られた花の香りが心地よく、私と同じ目線の彼と笑い合い花の絨毯を進む。
その風と花びらが2人を包み込む、午後の昼下がり。
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