寄添いガール×サボり魔JK


 昨日、クルミさんと色々ありすぎたせいで、今朝は寝不足だった。

 二人の間には気不味さと眠気が漂って動きが鈍く、お出かけするころにはお昼近くになっていた。


 今はお出かけ準備の仕上げとして、クルミさんからチョーカーを巻かれている。


 大人っぽい薄い唇が、昨日と同じくらい間近に迫る。

 ハートのリングが私の目立たない喉仏あたりに添えられて、キュッと軽く締められたことで一瞬息苦しさが湧いた。

 コクリ。自然、つばを飲む。


 首筋からほんの僅かに脈の動きを感じるのはチョーカーがきつすぎるせいか、それとも自分の鼓動が強すぎるせいなのか、私には分からない。


「これで良いかな? じゃいくかぁ」


 私の格好は前に買ってもらった可愛いジャンパースカート。中に着たニットが首元のチョーカーを覆い隠して、こっそりと違和感がまとわりついた。


 隠されているから、この首輪が巻かれていることに私とクルミさんの他には誰も気付けない。


 クルミさんが先に玄関を出て「おいで」と手招きする。

 昨日のことがあってなんだか手をつなぎにくいし、そのうえ拘束めいた道具まで付けてておかしな雰囲気だけど。


 せめて近くを歩いていれば、この緊張もほぐれるだろうか。



  ***



 クルミさんと手をつなぐのも憚られて、しばらくは後をついて回っていた。

 どうやって雰囲気を変えようかといろいろ考えてみているけど、いいアイデアは全然浮かんでこなくて、おかげで今日どこへ行ったかも覚えてない。

 覚えてる事といったら、さっきカフェで食べたケーキの甘さくらいだ。


 大人っぽい横顔をチラリと盗み見るたび、気軽に手も繋げないもどかしさが胸を悩ませる。ただ歩いてるだけで倍くらい疲れてしまう。前と違ってまるで落ち着けない。



「美咲大丈夫? ちょっと休もうかぁ」


「はい。いろいろ回ってちょっと疲れたかもしれません」


「まだカフェしか行ってないよ?」


 まだカフェしか行ってなかった。覚えてるかどうか以前の問題だ、どれだけ余裕無かったんだろう。


「結局どこ行くか決められなかったしなぁ。美咲がボーッとしちゃってるから」


「ち、違うんです。ケーキの味に集中してたんです!」


「落ち着きないようにも見えるけど? そんなにモヤモヤするなら、カラオケでも行くかぁ!」



 私の様子を見かねてか、クルミさんがそんな提案をよこした。

 カラオケと言ったら……。



「歌ですか……ちょっと自信ないです」


「昨日お家であんな叫んでたのに?」


「わー! あれも違うんです! 忘れてください!」


 意地悪なことを言われて思わず手が出る。

 抗議の声を上げて縋りついてみたけど、ハッと気付いてみると自然に触ることができてて、ちょっと嬉しさも感じてしまった。


「ニシシ、とりあえず決まりねぇ」


「うううー」


 のんきに喜んで大した抵抗もしなかったからか、自動的にカラオケ行きが決定してしまった。

 それと同時にもう縋りつく意味も無いと分かって、名残惜しいけど、ずっとくっついてるのも変だからノロノロと離れる。


 そうしてまた距離が空こうとした瞬間。

 パッと、クルミさんが逃げる子どもを捕まえるみたいな勢いで私の手を握りとった。

 予想外のことにほんの少し固まって、彼女を見上げる。


「迷子にならないようにしなきゃね。あと美咲の手ってさぁ、落ち着くんだよね」


「――どうも」


 そういえば、私にはその武器があった。

 クルミさんが落ち着きを感じるのは、きっと私のカラダが遺骨からできてるからだろう。両親の温もりみたいなのを、この手から感じているのかもしれない。昨日とおんなじように。


 せっかく繋がれた手が離れないよう、キュッと握り返す。クルミさんも息を合わせて、歩きやすい形に組みかえた。


 そうやってしばらく、私たちは手の感触だけでやりとりを交わす。

 さっきまでの気まずさなんて私たちの間じゃ大したことはないんだと、お互い確認するように。



  ***



「美咲、昨日みたいに絶叫すると思ってたのに……歌声めちゃくちゃ可愛かった。音程上手いし、あと可愛かった」


「絶叫なんてしませんよ。クルミさんじゃあるまいし」


 カラオケの部屋を出てからしばらく、クルミさんがずっと褒めてくる。

 失礼な言葉も混じってたけど、可愛いと言われてちょっと照れくささが勝つ。でも自分でもそれなりに歌えた感じがしてすごく楽しかった。二時間もいたのに、まだもの足りなさを感じてしまうくらい。



「歌う前は緊張しましたけど、意外と楽しかったです。クルミさんの歌も、いつもと声色違ってて新鮮でしたし」


「声色のことはね、言われると恥ずかしいやつだから他の人には言っちゃダメだよ……ていうか美咲、いっぱい曲知ってんだね。なんか聞いたこと無いやつもあったし」


「それは、たまたまです」



 これも親の遺骨から生まれた影響か、今よりちょっと前にヒットした曲のほうがまともに歌えた。

 十代にオススメの曲で検索かけるより、四十代にオススメの曲で探したほうがピンと来てしまう小学生ってなんだろうと、我ながら疑問になる。


 子供向けなはずのアニソンは分かんなくて、ラブソングはやたらと感情が入る。

 サビの部分でボーッと聴き入るクルミさんの横顔が、なんだかむず痒かった。



 そんな光景を思い出しながら歩き、駅から離れて人の通りがグッと少なくなったころ。

 何気なく曲がった細い道路で、私たちは馬に出会った。



「ん? クルミさんあれ馬ですか?」


「馬だねぇ」


「馬……うまですか?」


「なぜ何度も聞く。そうだってばぁ」



 何度聞いても、飲み込みきれないんだからしょうがない。

 だって駅からいくらか離れたとはいえ、ここはけっこうな街中だし、競馬場が近くにあるわけじゃないのに馬がいるなんて。

 いや、仮に競馬場が近くにあったからって出くわさないと思うけど……。


 目をゴシゴシとして、あらためて姿を確認する。

 何度見ても馬だった。人が乗っかるための鞍や、手綱もない。しかも持ち主がそばにいるような感じでもないから、もしかして野生なんじゃないかって思えるくらいに野放しな馬がそこにいた。



「ほらほら、美咲おいで。危ないから隠れるよ」


「は、はい」



 しばらく呆然と眺めてしまった私を、クルミさんが手で引っ張りながら道を引き返していく。

 本物だと分かった瞬間になんだか怖くなって、ギューッとクルミさんの手を握り返した。


 物陰に隠れて、遠くから様子を伺う。



「アレ、どっから来たんですか? 何の前触れもなく出ましたよね」


「美咲に言ってないっけ? 私ってさ、動物を引き寄せる性質持ちなんだよねぇ」


「そういえば言ってましたね……でも、急にあんな大物まで引き寄せるなんて思ってませんでしたよ」


「大物かぁ。確かに大人よりデカイもんねぇ。蹴られたら危ないかな」


「死んじゃいます、きっと」



 のほほんと喋ってみたけど、内心はバクバクしていた。

 競馬場や牧場でもないただの路上に突然現れた馬というのは、そこにいるだけで鬼気迫るものがあった。


 最近は車の自動運転が開発されて目覚ましい進展を遂げているらしいけど、それに例えるとしたら。


 小型の車が、自動運転にロボット掃除機くらいのAIしか積んでいないまま道路に出てきてしまったような。

 いつどこに走りだすのか分からない怖さがある。



「あ、動いた! 美咲こっち」


「わ、わ。コッチ来ます、来ますよ!」



 馬はなにを考えたのか、鼻を「ブルル」と鳴らすと同時に、小走りでこちらへと駆けだした。


 クルミさんが私を引き寄せて、私はその腕にしがみつく。もと来た道を戻って、曲がり角に身を潜める。

 もし狙われて、踏み潰されたりしたら絶対タダじゃ済まない。単純な恐怖が頭を占めた。



「美咲……!」


「え? クルミさん……⁉」



 迫る蹄の音に怯えていると、クルミさんが私をギュッと抱きしめて壁際に押し付けた。

 周りが見えなくなって、状況がさっぱり分からなくなる。だけどクルミさんが今、私を守ってくれていることだけはハッキリしていた。


 小走りで地面が蹴られる音と、ブルル、と鳴るいやに荒々しい鼻息が聞こえて、大きな馬体の気配を感じる。

 間近に迫っているのが分かって、強く目をつぶった。


 踏み潰しにくるのか、こないのか。

 クルミさんの腕の中でしばらくただ縮こまる。すると、パカパカという蹄の音は徐々に小さくなって、やがてどこかへ消えていった。



「ふーっ。もういいよ美咲」


「だ、大丈夫だったんですか? もういませんか?」



 すぐにあたりを見渡したけど、もうそこに馬は居なかった。耳で聞いたとおりどこかへと走り去ったみたいだ。

 私もクルミさんも無事だと分かったら、胸からおっきなため息が漏れた。



「もう私たちは大丈夫だけど、まだ終わったわけじゃないよ」


「え?」



 クルミさんの言葉で、またカラダが緊張に縛られる。

 これ以上なにが? と思った矢先、今度は街中のほうから騒がしい声が聞こえた。


 騒ぎの原因は、見ずともすぐに分かった。きっとあの馬だ。アレが今街中を駆け回っている。

 悲鳴は徐々に音量を増して、彼の行く先を知らせるように出どころが移動していく。事態を止める手段なんてすぐに思い浮かばなくて、しばらく頭の中でグルグルと色んな考えが巡った。



「やっぱり、私が来ちゃうと迷惑だったかなぁ……」


「クルミさん?」


「私の性質のせいで、たまーにこういう事になっちゃうんだよねぇ。ゴメンね美咲、せっかくのお出かけだったのに」


「……そんな」



 彼女がもつ、動物を引き寄せるという性質はお出かけに向かない。

 前に、静寝さんがそう言っていたことを思い出した。


 ある意味ではすごい特別な力に見えるのに、きっと彼女にとってはそうと限らないんだろう。

 いや、今のクルミさんの悲しそうな横顔を見ると、むしろ持て余してしまっているように思える。


 さっきまで頼りがいのあったクルミさんの手が、徐々に弱々しく緩んでいく。

 せっかく手を繋いで歩けていたのに、このままじゃお出かけの前みたいにまた離れていってしまう予感がした。



「クルミさん」


「えっ――美咲?」



 手がほどけるよりも前に、今度は私から強く捕まえた。

 だって、せっかく楽しかったのにまた離れてしまうなんて嫌だ。


 ただ歩いていただけでもこの騒ぎ。きっと彼女はよくこういうことに出くわしてて、色んな場面で周りの人に影響を与えてしまっていたんだろう。

 向かった場所に人が多ければ多いほど、どうしても悪い方向に影響が出てしまう。



「こんなの大したことないですよ。それにクルミさんが守ってくれてたから、全然怖くなかったです」


「美咲っ! ――そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、怖かったは怖かったでしょ」



 うん。嘘ついた、普通に怖かった。

 でもそれがなんだって言うんだろう。だって私は、それでもクルミさんと一緒にいたい。

 たとえおかしな性質を持ってたって。両親が彼女を見捨ててしまっていたって、私にとってはその程度のことなんて、大したことない。

 そこは本当だ。



「それでも、馬なんて大したことないです。クルミさんといて楽しいの方が大きいですから。だから謝らなくていいですよ」


「美咲――」


「クルミさんを見限ったりしませんから、怖がらないでください。これでも私はゴーレムなので、しょうがないですけどご主人様に付いててあげます。

 だから、これからもお出かけに連れてってくださいね」


「なんかもう、眩しい」



 大人びた唇がほんの少し緩んで、幼いほうのクルミさんが顔をのぞかせる。

 彼女が、亡くなってしまった二人と本当にやりたかったことを、私だけがこうして叶えてあげることが出来る。

 生まれたてのゴーレムにしては、立派な道標を持っていると思う。

 クルミさんといれば失くすことのない標。ちょっと怖いくらいでは、離す気になれないかな。



「眩しがってるのもいいですけど、クルミさん」


「え、あっはい何?」


「そろそろ保健所にでも電話しましょう」


「馬ね、そうだったわ」



 冷静になったクルミさんが、通報のためスマホをいじりだした。保健所と言ってみたけど、この場合警察の方がいいのかな。

 分からないけれど取り敢えず行動しよう。乗り越えて行かなくちゃならないことは多いんだから、慣れていかないと。


 楽しくて、怖くて、面白い。

 きっと、これからクルミさんと行く先は、大体こんなゴタゴタ道。

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