失望ガール×直情JK


 考えてみればこのカラダは色々と不自然だった。

 なんで一人前の大人じゃなく、十二歳程度のカラダで生まれたのかとか、どうして誰に教わるでもなくそれなりに言葉や知識を持っているのかとか。


 ニンゲンらしいカラダを作れたのは、一部とはいえニンゲンの骨を使ったからだ。

 生まれたての私がこうして言葉を知っていたり、世の中の常識をある程度知っていたりするのも、遺骨の主が生前もっていた知識を一部引き継いだからだ。


 遺骨は、素材として優秀だったに違いない。

 でも完全なニンゲンを作るのには足りなかったんだ。

 量が不十分だったから、カラダは未成熟で、知識も不完全。

 両親をベースとしているのにクルミさんのことを最初知らなかったり、家周辺の地理を知らなかったりしたのはきっとそのためだ。


 そしてクルミさんが「余ってるから」と私にくれたスマートフォン。

 これもきっと、元は両親の持ち物なんだろう。父親か母親、どちらかの端末。


 携帯会社との解約を済ませなかったのはなんでだろう。

 単純に、持ち主がまだ生きていると勘違いしてるからだとも考えられるけど……もしかすると。

 心の奥底では、クルミさんは両親が戻ってくることを期待していて。

 だから端末の契約を残しているんじゃないか。



「クルミさん、私は……」


 クルミさんはどうして、ゴーレムの錬成に遺骨なんて使ったのだろう。


 今のクルミさんの状況から、彼女の思考をなぞってみる。

 骨壷に入っているそれが何なのかをクルミさんは忘れてしまっている。

 なら無意識に錬成素材として使ってしまっただけ。



 だけど、いくら素材として優秀なものに見えたとはいえ、心の底でクルミさんは知っていたはずだ。

 それが両親の遺骨だと、気付いていたはず。

 なのに、それを簡単に手放したりするだろうか。

 必ず成功するとも限らない錬成に、そんな大事なものを賭けるだろうか。


 それは、ちょっと考えにくかった。

 ゴーレム一体作るのにそんなリスクはまず払わない。

 ならクルミさんにはもっと欲しいものがあったんだ。

 彼女が心の底でなにを願い、なにを欲しがったのか。

 答えはすぐに出た。


 クルミさんが本当に錬成したかったのは私というゴーレムなんかじゃない。

 クルミさんが遺骨を使って本当に作りたかったのは。そんなに大事なものを全て注いででも叶えたかった願いは。



 両親を蘇らせることだったんだ。



 自分がなにをしているのか、全く無自覚なままで。

 遺骨なんて大事なものをお風呂に流し込んででも、彼らに会いたかったんだろう。

 たとえほとんど時間を共にしない、クルミさんに冷たい人たちでも。

 親だから会いたい。


 だけど、もしそうだとしたら。

 本当は両親を生き返らせたいがために暴走していたというのなら、クルミさん。



「――じゃあ、私は失敗作なんですか?」



  ***



 クルミさんが帰ってくるまで、考える時間はいっぱいあった。なにかをする時間もいっぱいあったはず。

 けれど私はリビングでひとり、クルミさんの帰りを待ち続けていた。


 一度ひっくり返してしまった収納物は、結局そのままにしてしまった。

 片付ける気力さえ湧いてこない。


 だって、失敗作。私は失敗作だったんだ。

 ゴーレムの誕生なんて、彼女は望んでなかった。



 事実に気付いてしまうと、ここに私の居場所は無いような気がした。

 心はどこかへと逃げ出したがって、足の裏をウズウズと急かしはじめる。

 もし散らかった家を片付けるため動きはじめてたら、私は逃げたい欲に負けてとっくに外へ飛びだし、そして迷子になっていただろう。


 本来なら、頼れそうな大人を探すべきだと思う。静寝さんに会いに行くなりするべきだ。

 それくらいは私も考えた。あの人なら、なにか知恵を貸してくれたかも知れない。

 私が今後どうするべきか、大事な遺骨は取り戻せるのか。

 まだ私は、クルミさんといてもいいのか。

 他にも色々相談することだってできただろうけれど。


 私は静寝さんよりも先に、どうしてもクルミさんと直接話がしたかった。

 失敗作である私を、疎ましく思っていないかどうか聞き出したかった。

 そんなことないよって言われたくて、安心したくて。


 だって私は、他の人を知らない。

 もし生き方を選べるとしたら、私はクルミさんと一緒がいい。

 まだ彼女の、ほんのりと甘い匂いを感じていたい。


 ひとり家の中で待ちつづけるというのは、思いのほか寂しかった。

 もとより家族三人が暮らしていたはずの家屋は、ニンゲンひとりには広すぎる。


 昨日クルミさんと一緒に過ごしたとき、この家は生きている感じがした。

 話し声があったり、私かクルミさんが動き回ったりして、そのたび空気や熱が行き交った。

 すると家の中に命が流れているように感じられた。


 リビングでジッとしている今、部屋を動かすものはなにもない。

 私が動かなければ静寂があたりを包んで、温度だって変化しない。命は流れず、そこはまるで死んだ空間のようになってしまう。

 今日ほとんど訪れていない二階については、もっと死んでいるんだろう。


 使われること無く腐っていくスペースは、目には見えない圧力となって子どものカラダを押しつぶしに来る。

 ひとりで過ごしている間に、広すぎる家は息苦しいものなんだと知った。


 そんな寂しさに考えを巡らせて、気付くと日差しはオレンジ色になっていた。

 そろそろクルミさんが帰ってくる。


 もし、今さら拒絶されたらどうしよう。あなたなんか要らなかったのにって言われたら、どうしよう。


 怖くなって、抱えた膝に頭をグリグリと擦りつけた。

 いまにも爆発しそうな不安を、カラダを丸めることで抑えようと試みる。

 どうしても落ち着かなくて、クルミさんの部屋へと向かう。

 枕を持ってリビングへ帰る。柔らかなそれをギュッと抱きしめた。

 同時に漂うクルミさんの匂い。でも今はその匂いでさえ、私を安心させてくれない。


 そうやって結局はソファの上で膝を抱えて、モヤモヤと向かい合う。

 私の感情を表すように、猫のシッポが足元に巻き付いてきた。


 邪魔に感じて取り払おうとするけど、意思を無視してシッポは動く。

 すごくイライラしてしまうけど、だからって八つ当たりしたら弱いシッポはすぐ傷んでしまうからできない。


 部屋はまだごちゃごちゃと散らかってて、これも謝らなきゃと思う。

 床に転がるのはハゲた市松人形。

 また目があったので、ムッと睨み返してやる。

 ああもう。

 視界に入るもの全部が煩わしくて、ピリピリして、いっそ大声でも出したくなる。

 うん、大声出そう。きっとすこしは楽になる。

 ためらいは微塵もない。大きく口をあけて、叫び声を上げた瞬間――――。


 ガチャリ。

「ただいまー」

「わあああああああああああああああああああああ‼」


 クルミさんが帰ってきた。


「美咲⁉ なにこれ、荒らされてる……⁉

 美咲ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ‼」


 玄関から、私の叫び声よりもさらに大きな声が届いた。

 次いで、ドカドカと廊下を蹴り飛ばす音。

 リビングの扉が壊れんばかりの勢いで開かれ、実際壊れた。

 靴下で足を滑らせたクルミさんが、廊下のむこうへと一度姿を消す。

 蝶番が割れて、ガタンと扉が傾いた。


 クルミさんはすぐに立ち上がって戻ってきた。

 手には傘がしっかりと握られている。

 とがった傘の先端が鈍く光った。

 クルミさんは私の姿を見るや、再び駆けだした。

 足元に落ちていたハゲの市松人形が蹴り飛ばされる。

 宙を舞う呪いの人形は、心なしか泣いてるように見えた。

 勢いを殺さずに、クルミさんが飛びついてくる。

 グェ、と声が漏れて、私はそのままソファへと押し倒された。


「美咲! 大丈夫⁉ どしたの、なんかあった⁉」


 すごい剣幕でクルミさんが問い詰めてくる。何がなんだか分からなくて、カラダが固まってしまう。

 きっと私は今、ビックリした猫みたいに目をまん丸くしてると思う。


 そんな私の様子を一旦おいて、クルミさんは何かを確認するみたいにペタペタと全身を触りはじめた。

 スリスリとお腹をまさぐったかと思えば、私はカラダごとひっくり返されたり、背中側の服をめくられたりとか、ついには下着にまで手を突っ込もうとする。


「誰かきたの? なんかされたの⁉ 大丈夫、大丈夫だよね……?」


「うわぁっ!いえっ、あの。誰もきてないです! 何もされてないですからっ」


 クルミさんの激しいボディチェックに翻弄されて、ただただ質問に答えることしかできない。

 クルミさんの勢いは手にあまるほどのものだった。

 けど、質問に答えたら意外とあっさり止まってくれた。


「無事だよね? なにもされてないよね? うあああ、良かったぁぁぁぁぁぁ」


「ぢょ、ぐるじぃでず……」


 止まったと思ったのも束の間、今度は全力で抱きしめられた。

 生まれたときから苦しさは感じたことはなく、逆に気持ちよさはしっかりと感じる。そういう体質らしかった。なのに、なぜか今は苦しい。

 ただでさえクルミさんより一回り小さい肩幅が、ギュッと、ギューッと圧縮されてさらに小さくなっていく。このままボコッと砕かれて、土塊つちくれに戻されてしまいそうな気がした。


「ぷはっ。なんなんですか帰ってくるなり……私は、クルミさん待ってただけのに」


「なんなんですかじゃないよぉ。だって、帰ったら家は荒らされてるし、美咲は叫んでるしで、もしかしたら……うぅ、美咲が、襲われてるんじゃないかってぇ……」


 心配そうに震える声色が、後半すぐ涙声に変わっていった。

 言われて気付いたけど。たしかにあのタイミングで大声聞いたら、暴漢が家にきたと思ってもおかしくないことに気付く。


「あの、大声はなんとなくです。家を荒らしちゃってるのは、ゴメンナサイ……」


「あーもーいいよぉ。どうでもいい……美咲ぃ、良かったぁ。なんかもう泣きそうなんだけどぉ」


 そう漏らすクルミさんの目元には、言葉どおり溢れ落ちそうなものがあった。


 心の底から、本当に心配してたのだ。

 失敗作であるはずの私のことを。


「私が襲われてると思ったとき、怖くなかったんですか。危ない人がそこに居ると思ってたんなら、助けるよりまず逃げ出したくなったりとか」

「知らないよぉ! もうソッコー傘で刺すつもりだったもん! とにかくヤるしかないと思って」

「ヤるって……怖。クルミさんまで危険な目にあったらどうするんですか」

「だから、そうなる前にヤるんだよ!」


 さらに恐ろしいこと言いだした。

 涙がにじむその目には、パチパチと白熱する怒りのようなものがある。きっとクルミさんは、走ったら本当に止まらない人なんだ。

 廊下を滑り転げるほどの勢いで、傘の先端をしっかり構えて、地面に転がる呪いの人形を蹴り飛ばしたって止まらない。

 そして実際に危ない人がいたとしても。この人の疾走は止まらなかったんだろう。


 どこまでも突っ走って、ブレーキなんて考えず、いつだって全速力。他に視線をそらすことなく、ただ真っ直ぐに、たとえそれが命がけになったって。


 私を助けるために、クルミさんは走った。


「ズルいですよ、それ」


 聞こえないよう、小さく呟く。

 さっきまでずっとずっと不安だったところに、そんな真っ直ぐな気持ちを見せてくるのはズルい。

 これじゃあ何も問いただせなくなる。私は要らない失敗作なのか、どう思っているのか。この不安をまだ拭い去れないのに、つい忘れてしまいそうになる。



「美咲ぃ、もうちょっと抱っこさせて」

「うぅ」


 クルミさんがまた私の肩を抱く。

 でもその抱擁はさっきまでと違って、やんわりとした力加減の、わたしを大事に扱うように穏やかな抱擁だった。

 こんどはちゃんと優しくされているのに、また苦しい。

 生まれたときから痛みを感じないはずのカラダは、さっきからいやに苦しい。


 胸の中にキュウっとする鋭い痛みが生まれて、不安でビクついていた心臓をキリキリと苛む。

 ただでさえ慣れない感覚なのに、クルミさんが離してくれないせいで逃げることもできそうにない。


 分からない。

 いくら大事な両親のことを忘れているとはいえ、なんでこんなに優しくできるのか分からない。

 だってこの人は、私が生まれてしまったばっかりに大事な遺骨を失くしているのに。

 両親の代わりに出来上がってしまった失敗作なんかを、どうしてこんな必死になって大事にしようとするのか、その気持ちが分からない。


 分からないからこそ、どうしても知りたくなってしまう。


「クルミさんは、どうしてそんなに私のこと守ろうとするんですか?」

「当たり前じゃん。だって美咲は生きてるし、大事だから。あと、なんか。っていうか……」


 心臓が大きく跳ねる。

 それはきっと、無意識に出た言葉なんだろう。

 また、ひとりは嫌。

 記憶がねじ曲げられてるはずなのに、そんな言葉が出てくるなんて。


 でも、そのおかげで彼女の気持ちが分かってきた気がする。


 どうしてゴーレムなんて作ろうと思ったんですか?

 私が昨日クルミさんにそう尋ねたとき、この人は「罪滅ぼし」だなんて言ってたけど。


 本当は、それだけじゃ無い。

 きっとクルミさんは、寂しかったんだと思う。



 親に飽きられて、ある時からはおでかけに連れて行ってもらうこともなくなった。

 そしてお家でもほとんどの時間をひとりで過ごし、彼らの帰りをずっと待っていたりする。


 両親が生きている頃からそうだった。

 亡くなってしまった今、クルミさんはもっともっと一人ぼっちだったに違いない。しかも罰せられることのない罪の意識に苛まれ、それを吐き出す先もなかった。許す人もいない。


 今なら分かる。

 さっきまでこの広い家でひとり、不安と戦いながら彼女を待ちつづけていた、今の私だから分かる。

 罪が重くて、つらくて苦しいのに。出来る事といえば永遠に帰る人のいないお留守番。それをここ最近ずっと続けてきたクルミさんが、一体どんな気持ちで過ごしてきたか。



 ただ、寂しかったのだ。

 気付けばごく単純な理由だった。

 そうじゃなきゃ、一個の生命なんてこんな大荷物をあんなにあっさりと、あんなに嬉しそうに迎え入れたりしないじゃないか。

 暴漢を相手に、傘一本で守りに駆けつけたりもしない。

 ただの勘違いだと安心しただけで、今みたいに半泣きになんかならないんじゃないかって、そう思う。



「クルミさん、ちょっと体勢変えましょう」

「ズズッ! ふぅ、なんで?」

「ひざ枕、させてください。昨日のおかえしです」

「私は別に……いや、そうしよっかな」


 クルミさんの気持ちがなんとなく分かって、やりたいことができた。


 彼女になにかしたくなったら、前もって断ること。

 朝の約束だ。私からお願いさえすれば、この人はある程度までは聞いてくれる。



「こっちに顔むけてください。お喋りもしたいです」

「はぁい。んん、ちょっと落ち着いてきたかも。なんかつま先痛ったぁ……」

「人形蹴り飛ばしてましたからね。頭も撫でていいですか?」

「苦しゅうなぁい。よきにはからえ」


 クルミさんは落ち着いて余裕ができたからか、いつもみたいにちょっとふざけた態度をみせる。

 小憎らしいけど、撫ではじめたら大人しくなってくれたからとりあえずいい。さっきみたいに暴走されるよりはずっとマシだ。


 それに話を聞いてくれるのなら、言いたいこともあった。


 自分を責めつづけて、苦しみつづけて、許してもらえなくて、そしてずっと寂しかったクルミさんに、言いたいことがあった。


「クルミさん」

「んー?」


「クルミさんは、自分を責める必要はないんですよ」

「? うん」


「誰もあなたを恨んだりしてません。運転手が気をつけていれば、何も起こらず、誰もが無事でいられたんですから。だから、悪いのはあなたじゃないんです」

「あぁ、その話かぁ……美咲は、優しいねぇ」


 クルミさんは、ただの慰めだと思って聞いているんだろう。

 だけどそうじゃない。

 私がしているのはただ、そう思うからあなたに伝えるだけのこと。

 あなたを呪縛から解放するだけ。

 今の私には、それができる。


「クルミさんはもう十分苦しみましたから、頑張ったから。

 だから、

「ほんと、優しい。美咲にそう言ってもらえるなら甘えちゃおうかな……」


「いっぱい甘えてください。もうクルミさんは楽になっていいんです。

 私が言うんだから間違いありません」


 これは慰めでも嘘でもない。

 彼女が死なせてしまったと思いこんでいる、父と母。

 そのと言うんだから、その言葉には何も間違えているところなんてない。


 今のクルミさんにとっては慰めでしかないかもしれない。

 だけど心の奥はきっと違う。きっとこの言葉はクルミさんの奥底に響いてくれる。響いて欲しいと思って、言ったんだから。


「あれ? なんか、ヤバいかも。ふッ、う――」


 だから、響いてくれたことが嬉しかった。


 向かい合ったクルミさんの瞳が、苦しげに充血をはじめた。

 溢れそうなものを抑えつける間もなく、今度は雫がポロポロと流れてゆく。


「いや、なんでッ、えぇ? ちょっと美咲、恥ずかしいからそれストップ、ズズッ」

「昨日だってクルミさん私の頭をいっぱい撫でたじゃないですか。まだまだ足りません」

「それはぁ、違うじゃん……」


 そのときだって、私は真っ赤になってしまった顔をずっと見られてた。同じく恥ずかしい顔を見られてたんだから、これでおあいこだ。


 クルミさんの瞳がコポコポと溢れる水に溺れていく。

 どうしてそんなに泣いてしまうのか、きっとクルミさん自身にも分からないと思う。

 だけど、いつかは分かる日が来る。

 両親の身に起こったことを、当時の凄惨さを含めて思い出してしまう日がくる。そのとき彼女の心が、私の言葉で少しでも救われてくれたなら……。


「みさ、き。うァァァァ……」

「遠慮しなくていいですよ。私は平気ですから」


 指先で彼女の目を拭う。涙はぬるま湯のように温かい。

 クルミさんは子どもみたいに恥ずかしがり、私のお腹に顔をうずめて隠してしまった。


 そのままくぐもった声で泣きじゃくり、私の腰に強く抱きついてくる。大きな振動がお腹の奥まで響いて、くすぐったさに身をよじる。

 クルミさんのほうがずっと大きいけど、本当に子どもをあやすお母さんになってしまったような、そんな気分になってきた。

 なんだかお腹の中が縮こまってムズムズするけど、しょうがないからもう少しだけ好きにさせてあげる。


 クルミさんは昨日、どうやって私の頭を撫でてくれたっけ。猫耳を撫でてたときのあのやり方を思い出しながら、茶色がかった髪を梳かしてみたり、クルミさんの反応によって心地よいやり方を探ってみたりする。

 クルミさんは涙声をときおり甘えたように高く響かせて、そこが良いとこっそり教えてきた。

 普段の大人っぽさとは違う、新しいクルミさんの表情を見つけることができて、自然と頬が緩む。



 静寝さんが言うには、クルミさんは両親に飽きられたらしい。

 なら飽きられる前、彼女たちはどう接していたんだろう。こうしてひざ枕したりすることもあったのかな。

 もし接する時間があまり無かったんだとしたら、足りなかった分を今からでも取り返してあげたい。


 私ならそれもできる。

 彼らの骨によって作られたこの手と、この足と、このカラダで。

 ナデナデでも、ひざ枕でも。こんな失敗作のカラダで生まれてしまった私だからこそ、取り返せることがたくさんある。

 本物には及ばないかもしれないけど、この土塊ゴーレムがどれだけ役立つのかは分からないけど。それでも私はあなたのために、このカラダを使いたい。



 ――だって私はゴーレムですから。

 ご主人様であるクルミさんに奉仕するのは当然です。


 彼らが与えてくれなかったものを、私が代わりに差し上げます。

 お喋りも、お出かけも、ナデナデも、ひざ枕も、このカラダも。全部あなたにあげますから。


 だから、私は失敗作だったのかもしれないですけど。

 もしワガママを言ってもいいのなら。




 もっと、あなたと一緒にいてもいいですか?

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