案内JK×困惑ガール


 静寝さんは商品である『賢者の石』を数個持ってくると、それをクルミさんの手に握らせた。

 まず最初に教えてくれたのは、私のカラダが崩れるかどうかについてだ。


「結論から言えば、美咲ちゃんが崩壊するようなことはまずないよ。ただし、やることもある。最初に生まれたときと同じように、この『賢者の石』と一緒に毎日お風呂に浸かること。シャワーだけじゃなく湯船に浸からなきゃダメねー」


「あの、その前に。静寝さんそんなにゴーレムのこと詳しかったんですか? てっきりこれから調べるのかと思ってたのですが」

「そりゃそうよー。不思議はワタシの専門だもん。賢者の石だとか、変な商品扱ってたらこういうことよくあるし。だからこんな不思議アイテム扱うお店やってるわけだし。クルミちゃんにはよくワタシの経験とかお話してたもんねー?」

「ん? 全部妄想だと思って聞いてたよ! 美咲が生まれるまでは!」

「なんで信じてもないお話聞いてたんですか……」

「面白かったからぁ! ニシシ」


 うーん……まだクルミさんと出会ってそんなに時間経ってないけど、このゆるさ加減はどうやら疑いようがない。いくら知り合いとはいえ、妄想繰り広げる人の話を何年も聞き続けるって普通はしないと思うんだけど。

 だけど、けっきょく静寝さんの妄想話とやらもどうやら本物だったようだし。そんな付き合いがあったからこそ彼女の助けを借りることができたのだとすれば、私はクルミさんのゆるさに助けられたと考えられるのか……。


「ワタシの話、信じてなかったのねー……うん、それはさておき。必要なのはさっき言ったお風呂と、あと普通の子とおんなじように、食事もしっかりとること。一年も生活を続ければカラダは完璧な人間になって、後は賢者の石が無くても生きれるよー。あとビー玉のときみたいに色々混ぜてみるのも悪くないねー。石が融通効かせてくれるから、カラダを作るのに良い。何か変な特徴ついちゃってもお風呂しなおせばいいから」

「一年ね。なんだ簡単じゃん。さすがシズ姉、お医者さんみたい!」

「納得が早すぎます……どういう理屈でそうなるんですか?」


 一年間お風呂に入り、ご飯を食べる。難しいことなんて特にないのは分かったけど

、でもまだ理由を説明してもらってない。

 第一。仮にそれをサボってしまったら私はどうなる?


 最低限気になるところから聞いてみただけだけど、瞬間、静寝さんの表情が一変した。

 さっきまでのお姉さん的な雰囲気が消えて、なんだかものすごく嬉しそうな、おもちゃをもらった子供みたいな顔になる。嫌な予感がするのはなんでだろう。


「うんうん。美咲ちゃんは興味あるのかー。そうだよね、自分のことだもんね。特別に静寝お姉さんが教えてあげよー。まずゴーレムが崩れる時っていうのは、賢者の石が力を失う場合か、創造主の手で土に帰される場合が大半。美咲ちゃんについては前者が心配かなー。確かに賢者の石はすごい力が宿されているけど、ゴーレムの核として働くときは普通に暮らしてるだけでも石の力は消費されるし、それに万が一、カラダが大きく損傷してしまった場合、賢者の石は美咲ちゃんを修復するためかなりの力を消耗する。そうなるとどうしても石の力は弱まるよねー。だから毎日新しい石でカラダを――」

「静寝さん、あの」


 さっきまでまったりした調子だったのに、唐突に早送りみたいな喋りかたをはじめた。ペースが早くて理解が追いつかない。なのに静寝さんは、こちらが疑問を挟む隙間も見当たらない勢いで言葉をまくし立てる。


「あああ! これ長くなるやーつ! 美咲おいで! 次いくよ!」

「えっえっ。待ってください!」

「じゃあまたねシズ姉! あと石ありがとぉ!」

「――ということは、今の美咲ちゃんはただの土塊が人間のカラダらしく振る舞っているだけと見れるねー。だけど仮にでも人体としての機能を果たしているなら、それは美咲ちゃんのカラダを作るために利用でき――」


 クルミさんはもうお店から出ていってしまったのに、静寝さんは壊れたレコーダーのように説明をつづけた。どうしたんだろう、すごく怖い。

 人間ひとりの声が延々と店内にこだまする様はとても不安を煽るもので、私も慌ててクルミさんの後を追い、出口の扉に手をかける。


「ちょっとまって、美咲ちゃん」

「ひゃいっ!」

 扉を開ける前にカウンターから呼び止められた。なんだかホラーっぽくて肩が跳ねる。また解説がはじまってしまうのかと警戒して、心臓がビクビクした。

 だけど、つづく静寝さんの言葉は落ち着いたものだった。


「これからクルミちゃんと暮らすなら、あなたには教えておかなくちゃいけないことがある。明日あの子は学校に行くはずだから、そしたらまたここにおいで。クルミちゃん抜きで、お話しましょう」

「えっと――はい」

「必ず来てね。クルミちゃんについての大事なお話だから」


 分かりました。と約束して、そのまま扉から出る。

 クルミさんについての話。どんな内容かは分からないけど。最後の静寝さんの様子は、顔も口調も真剣なものだった。


  ***


 クルミさんについての大事なお話をすると、静寝さんは言った。

 目の前のゆるい高校生とはまだ付き合いも短いし、知らないことがあるのは当たり前だけど。

 クルミさんについての、彼女のいないところでしか聞かせてもらえない、秘密。


 この人には、どんな秘密があるんだろう。



 岩古座堂を出てから、クルミさんに軽く街を案内してもらう。

 さっき約束したアイスも食べさせてもらった。最近できたばかりだというアイスクリーム店は内装もオシャレで、味もおいしいと評判らしい。


 店内の空いているテーブルに腰掛けていただくことにした。ミルクの濃いアイスにトッピングももらって、ワッフルコーンのフチからペロっと舐めてみる。クルミさんに聞いたとおり、味は濃厚で、なのにしつこくなくてとってもおいしい。


「そっちの味みせて」

「あああ!」


 こっちが返事する前に、てっぺんあたりを一口かじられた。球体がクルミさんの口の形にヘコまされて、見た目が損なわれる。別に気にしてたわけじゃないけど、どうせなら私がかじりついて形を変えたかったのに。また勝手なことをするクルミさんに

、ちょっとむくれてしまう。


「そんなに怒んないでよぉ。ほら、私のも食べていいから」

「……んがぁ!」

「おお⁉」


 怒ったからでっかい一口をとってやった。冷たさが口の中にいっぱい広がって、頭がキーンとなる。おかげでチョコレートの味がよく分からなかったけど――クルミさんのわりとショックそうな顔がみれたので、アイスを頬張ったまま嘲り笑いしてやる。


「うわぁ、美咲すっげぇ面白い顔してるよ。写しとこ」

「んんん!」


 油断した。声もだせず、手で抵抗するスキもないまま、クルミさんがスマホのシャッターを切る。

 みてみてこれぇ。と言ってクルミさんが見せつけてきたスマホ画面の私は――自分では憎たらしい表情したつもりだったのに、口いっぱいに甘いのを含んだまんまる顔が楽しそうに笑っていた。

 恥ずかしさから熱が上がって、口内の甘い塊を溶かす。コクリと飲みながら、クルミさんのアイスに残る自分の歯型を見つめていると……。

 そこは、彼女がずっと舐めていたところだったと、遅れて気が付いた。


  ***


 子供服専用の全国チェーンに寄って、約束どおりやっすい服をひと通り揃えてもらった。身長に合わせたTシャツなど買って更衣室で着替えてきたけど、さっきと比べてやけに子供っぽい気がしたので、パーカーはそのまま着ていくことにした。 


「あれ。もしかしてその上着気に入っちゃった?」

「……いえ。そんなことないです。アイス食べてカラダが冷えちゃっただけです」

「ふーん。欲しいならあげるけど」

「大丈夫ですから! お家に帰ったらちゃんと返します」


 あげると言われて、なぜかちょっと欲しくなった。使い道なんてないはずなのに。

 このパーカーは襟元をつかんで引き上げると、クルミさんのお家で感じたのと同じ匂いがする。目覚めた直後と違って、今はこの香りが落ち着く――なんか、バレたら気持ち悪がられそう。やっぱり帰ったらすぐ返そう。


「あ。ついでにここ寄ってこう。この洋服屋好きなんだ」

「クルミさんもなにか買うんですか?」

「良いのがあったらねぇ」


 手を引かれるままついて行く。そこは子供服のチェーン店より高い、いくらかオシャレなアイテムを扱う洋服屋さんのようだった。

 派手なものはないけど、子供の目でも生地の質の違いが分かる。

 クルミさんは美人寄りだし、何でも似合いそうだけど。どんな雰囲気のものを選んで、どう変わるのか。ちょっと見てみたくなる。


 クルミさんが選んでいるのを横目に店内をうろついていると、子供用の服が並べられた一角を見つけた。こういうとこにも子供服売ってたのか。


 ……服は買ってもらったばっかりだし、別にもっと欲しいわけじゃない。けどこういうのを今から見てみるのも、悪くないんじゃないだろうか。将来いいものを選ぶために必要だ。

 ちょっと合わせてみるだけならタダだし、他の人もそうしてるし。考えれば考えるほど何も問題ない。


 ということで、ひとつハンガーを取って、私は鏡と向かい合う――。




「ふむ。さっきのもいいですけど、これがカワイイかもしれません……」

「美咲ぃ。お気に入りあった?」

「わあ!」


 急に話しかけられ、つい声をあげる。気がつくと結構時間が経っていた。夢中になってしまったみたいだ……。

 クルミさんはもう買い物を済ませたのかなと思ったけど。手には私のやっすい服が入った紙袋を下げているだけで、特になにも増えてはいない。


「ジャンスカ、良いんじゃないの? カワイイじゃん」

「いえ、ちょっと合わせてみただけです。もう帰りますか?」

「ううん。せっかくだから一式揃えようよ。上に着るのはなにが良いかなぁ」

「えっ、クルミさん?」

「いいからさぁ。こっちおいで」


 こちらの問いかけをよそに、クルミさんが最初の服に合いそうなものを選びはじめた。もしかして、最初から誘導されていたのかもしれない。

 ということはずっと見られていたのかも。そう気付いて、また申し訳無さとか、恥ずかしさが湧いてくる。


「そんな困んないでよ。これくらいは自分からワガママ言っても良いんだよ美咲。ニシシ」

 クルミさんがまた屈託のない顔で笑う。

 腕にかけた紙袋は、よく考えると持ちつづけるには重たそうな量だ。それなのに私のことをずっと待っていたのか。

 このひと、ゆるそうに見えて意外と気を使ってくれてたんだ。

 さっきのアイスだって彼女が最初に言い出したことだったし、実際は私に食べさせてくれようとしたのだろう。なんだか、静寝さんほどではないけどちゃんとお姉さんっぽい。

 服を選ぶ眼差しも真剣だし、どんな組み合わせにしてくれるのか、任せてみたくなる。


「うーん、もう冬物置いてあるのかぁ。寒くなるし温かいのも必要だよね。そしたらアウターと、あとパンツあったほうが良いか。せっかくなら靴も合わせるのも悪くないなぁ。ていうか一軒じゃ足りなくない? いっそ三セットくらい揃えとこう。あ、この猫のキグルミなに⁉ カワイイよ! ねぇ美咲これ着て買おうよ!」

「いやいいです! そんなにはいいですから! ていうかなんで唐突にキグルミなんて置いてるんですかここ!」


 前言撤回。お姉さんていうほどしっかりしてない。任せてたら服もたくさん買ってしまいそうだ。財布とかどうなってるんだろう? 余計かもしれないけど、そっちに気を使ってる様子がないからすごく不安だ。


 キュッと、クルミさんの裾を掴む。

 放っておいたらなにするか予想できないから、私がちゃんと捕まえておかなくちゃ。



  ***


「ふう、ただいまぁ! ちょっときゅーけー」

 街の案内も終わり、家についたころにはさすがのクルミさんも疲れた様子だった。

 私もあとにつづき、リビングのソファに身を預けてひとつため息をつく。


 結局服は、私が気に入ってたスカートに合わせて一つ揃えてくれた。結構な金額だったはずだけど、爆買いさせるのは回避できたのでむしろホッとする。


 借りてた上着を脱ぐと、安心するあの香りがなくなって名残惜しくなる。

 何だかんだで、甘えすぎてしまったかな。明日はクルミさん学校らしいし、彼女の居ないお家に慣れなきゃいけない。

 一度岩古座堂に行きはするけど、だいたいはこのリビングに居るだろう。部屋を見渡す。子供ひとりにとって広すぎるこの空間は、明日の時間をいっそう寂しくさせるだろう。

 想像していると、クルミさんが不意に私の肩を抱いた――安心するあの匂いが鼻に届く。


「? クルミさんどうかしました?」

「うん、ちょっとね。ねぇ美咲、さっきシズ姉が言ってたよね。ゴーレムは、創造主が土に帰そうとして崩れる場合があるって」

 その話は、今言われて思い出した。そうか。ということはクルミさんがその気になれば、私は土塊に帰るってことだ。

 気付いてしまうと、私はやっぱり彼女のゴーレムなんだと改めて意識する。


「えーっと。そんなことも言ってた気がします」

「私はさ、美咲。絶対土に帰したりなんかしないからね」


 肩に回された両腕に力がこもる。そんなこと、私のほうはうろ覚えだったし、言われるまで気にもしてなかったのに。このひとは道中、私を不安がらせているんじゃないかとずっと心配していたのだ。


 彼女の気遣いに、なんだか喉が切なく痛む。深呼吸すると彼女の香りが肺を満たして、心臓が喜び加速した。胸元にはクルミさんの手が添えられていて、鼓動がばれてしまいそうでとても気になる。逃げるように身を縮めると、クルミさんは子供のカラダを自身へと引き寄せた。


「絶対、美咲を帰したりしない。ずっと私の妹でいなくちゃダメだからね」

「……」


 私にはまだ、それに返事をすることはできなかったけど。でも、このゴーレムのカラダが人間になって妹になれたらと想像すると、一年後が待ち遠しく感じてしまうくらいには、クルミさんの手は心地いい。


 岩古座堂で静寝さんは、クルミさんについて語ると言ってた。このひとがどんな秘密を持っているのか、私にはまだ想像できないけど。

 だけど、彼女が私のことを大事に思ってくれていることだけは秘密でもなんでもなく、本物だと信じてもいいかな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る