祝いましょう、そして、また会いましょう(※カニバリズム注意)

祝いましょう、そして、また会いましょう(前)


 祭宴一日目から三日目までは、主に内臓料理が供される。

 これは新鮮さが大事であると共に、肩や背中などの肉本体は死後硬直を起こしているので、それが解けて熟成するのを待たねばならないからだ。

 冬至の祭りでは解体と調理を同時進行するので、スタイルはまったく異なると言う(「その時にはまた来てくださいね、イオ」とカズスムクは言ってくれた)。


 中心となって働くのは当主のカズスムクで、奉納を担ったハーシュサク、クトワンザスはその補助。親戚一同で【肉】となった贄を美味しく仕上げていく。

【肉】以外の料理は派遣されてきた聖厨職人イェルテミとマルソイン家の使用人、臨時雇いの面々の担当だ。加えて、保存食調理も。


 ザデュイラルには年間を通して様々な祝祭日があるが、毎回贄を殺して食べるわけにもいかない。そこで保存が利くよう加工した【肉】を振る舞う、自然な帰結だ。

 ただし、食べられないことは贄にとって不幸なので、どんなに長くとも一年以内に食べ切るよう定められているし、あまり量は作られない。


 会場を整えるのは女性陣の役割である。

 基本は家長の伴侶が女主人として采配を振るうが、カズスムクは未婚なので、婚約者のソムスキッラがやる気満々であった。実に頼もしい。

 そちらの様子も気になったが、僕はやはり調理過程を見学するという使命がある。祭宴の初日は、頭と内臓から食べるそうだ。


「臓物は何であれ、煮ても焼いても美味なものです」


 コックコート姿のカズスムクは、小腸、大腸、直腸、食道や気管などなどをタレに漬けこんでいった。どろりと濁った飴色の液体に、刻まれた香味野菜や香草の粒がうかがえる。甘くまろやかで、複雑な風味を想像させる良い匂い。


「このタレって何で作ってるんですか?」

「マルソイン家秘伝のレシピを、そうやすやすと教えられませんね。もしも知られてしまったら、あなたの舌を切り落とさないと」

「えっ、舌を切ったら秘密を教えてもらえるんですか!? やったあ!」

「好奇心以外の知性を忘れてお生まれになりましたか?」


 軽い雑談はさておき、内臓だ。人間の体内に収まって、糞便が詰まっていた管だ。これを口にする時は、相当な覚悟がいる。


「何を微妙な顔をなさっているのです、イオ。念入りに洗浄したのはもちろん、生前から胃腸を綺麗に整え、最後は絶食して消化菅は空にしてあります。〝本物のザデュイラル料理〟をご馳走いたしますよ」


 ザデュイラル料理の特徴は、たっぷりの香味野菜(風邪対策)・たっぷりの香辛料と香草類(胃腸保護)・そして寒冷地らしい塩コショウの多さである。

 要するに味が濃いのだが、この二ヶ月でだいぶ慣れてきた。

 というわけで、カズスムクの人肉料理がいかほどか拝見しよう。


「アジガロの肝臓を使って、レバーパテを作っていきます」


 まず包丁で余分な脂肪を取り除き、水にさらして血抜きする。

 水気を拭いたら杏仁乳クロイムにしばらく漬けて、臭みを取る(ガラテヤなら牛乳を使うのだが、彼らは獣の乳脂肪を消化できない)。


 数時間後、ローリエと共にさっと低温で湯通ししたら、フライパンにアーモンドバターとニンニクを。香りが立ったらタイム、みじん切りにした玉ねぎやセロリなど香味野菜、そして肝臓。赤ぶどう酒を加えて、アルコールを飛ばしつつしっかり火を通したら、冷ましてよく刻み裏ごししてすべらかに。


 これに香辛料を変えたり、ヤーイニ〔Jâingひしお〕というペースト状の食品類を混ぜたりして数種類のバリエーションが用意される。「オープンサンドにぜひ」だそうな。


 人体から取れる様々なパーツが、ありとあらゆる手段で調理されていく。


 皮膚。ピーナッツのヤーイニと顔の皮の和え物〝コリダット〟〔Qriddat味つけた〕、刻んだ耳の軟骨野菜炒め〝ヤージー・イザージイ〟〔Jasýe isaesgi耳皮の炒めつけ〕。


 人皮のスナック〝キリラジ〟〔Kilirasgおつまみ〕は、今日は乾燥の処理だけして、明日カリカリにローストされる。

 肺。食べやすく切って蒸し煮に、炒めものに、トマトのシチューに。

 肝臓はパテの他に、たまねぎとじゃがいものソテー、セージ炒めなど。


 鼻はたんぱく質の塊で、今回はツユク〔Ztyk〕という煮こごり料理にする。一晩置かないと固まらないので、これは明日の前菜だ。

 脂身の大部分はカトナ〔Katna〕という塩漬けにし、専用の「脂壺カトンツワ〔Katnzva〕」で保存される。初日に出るのは、冬至祭礼の時に作られた分だ。


 肝臓と心臓をひき肉・パン粉と混ぜて、腹膜に包んだオーブン焼きの肉団子〝トガフ〟〔Toĝaf〕は「滋養ばつぐん」とヴェッタムギーリ談。

 腎臓は脂肪や皮、白い尿線を取って丁寧に臭みを消し、匂いの強い野菜と生薬を加えた栄養満点のスープ〝ハツルサ〟〔Hrézrza万能薬〕に。


 新鮮な血液にスパイス、パン粉、玉ねぎ、背脂を混ぜ、小腸に詰めてさっと茹でた、なめらかなブラックプディング〝ニドゥボー〟〔Nidubǫ黒い筒〕。

 新鮮なサラダとハーブを添えた、骨髄のローストや横隔膜のステーキ。

 豊かな風味に特徴づけられた、眼球の赤ぶどう酒煮こみ。


 胃は三日目に、焼きもの、炒めもの、そして詰めもの焼きに使う。

 これは下処理の都合で、まず粗塩でよくもんだ後、すすぎ、また塩もみし、それから塩と酢水に二日以上漬けこまないと、深部の粘液を出し切れないからである。

 同じく舌も下処理に時間がかかる代物で、まず一度沸騰して冷ました塩水に二日から五日は漬けこみ、それから皮を剥いだりするそうだ。


 肉をこそげ取った骨はオーブンでこんがりローストし、野菜とマッシュルームをしんなりさせてから、六時間たっぷり煮こんでフォンを作る。

 カッマルキリエはこの作業に命もかけんばかりで、「決して沸騰させてはいけない」とくり返し己に言い聞かせていた。熱い湯と沸騰した湯には天地ほどの差があると。「わずかな違いが湯を動かし、一瞬ですべてが変わってしまう!」そうな。


 カズスムクたちは真剣に作業に打ちこんでいた。無駄口を叩かず、食材の様子に眼を光らせ、指の先まで集中力をみなぎらせて。


 正直、僕はこれまで料理の腕前がステータスになるというザデュイラルの風潮を軽く見ていた。けれど、調理の様子を見れば分かる。

「料理が上手い」とは、単に包丁さばきが凄いとか、味つけの勘がいいとか、そんな意味じゃない。死者と向かい合って、対話するように調理し、心を傾ける能力のことだ。料理とは、まさに神聖な行い、生と死を取り持つ根元的な営みなのだ。


 カズスムクがタミーラクの運命を再確認させられながらも、この仕事をやり遂げようとする理由が分かった。どんなに辛い仕事でも、贄の命をおろそかにしないという、食材への敬意。そして誇りであり、信仰であり、自身が帰属する文化への愛だ。


 彼はどこまで行っても、食人鬼ではあるかもしれない。

 だが、そこから逃げようとはしていないのだ。〝己の本分を全うして生きる〟という、真摯な覚悟――紛れもなく、カズスムクはザデュイラルの「貴族」だった。

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