はなむけの肉、黒太陽の眼(後)

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一二六七年六号月二十一日 蛇曜日イヨデルヤク

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 八年前の物語は、僕がカズスムクから聞いた話を、他の人間の証言や当時の新聞など、様々な事実関係を確かめた上で再構成した物である。

 信じがたい話だが、タミーラクへの友情のために、カズスムクが自ら眼球を摘出して食べさせた、という事のあらまし自体は真実だと保証しよう。


「……あなたは半島一の頑固者だ」


 僕はなんとか絶句から立ち直った。

 ザデュイラルの「普通」はガラテヤのそれとは違う。角の生え変わりを祝って友を食べ、自分や友人が贄になって死ぬのうとも、それすら甘受して社会に適合する。

 カズスムクはそれに抵抗し、左目を失った。


「改めて謝罪いたします、伯爵。僕はあなたや、ザドゥヤの人々を人間とは思えないと手ひどく非難しました。その文化や伝統、考え方のすべてを受け容れることは、とても難しい。けれど、理解できる面もあるし、僕が取った態度は間違っていました。大変な無礼をいたしました」

「あなたの謝罪を慎んでお請けしますよ、イオ」


 カズスムクは柔らかく微笑んで、握手を求めてくれた。謝罪を受け容れた、という意味だ。数時間の間に、彼に関する印象が目まぐるしく変わったものである。


「しかし、よくまたトルバシド伯と会わせてもらえましたね」

「父は、私の醜い心を知ってなお、味方してくれましたから」


 タミーラクがコガトラーサ家の贄として出されなければ、一族から他の者が身代わりに召し上げられる。タミーラク自身は「身代わりを出すなんて、絶対にイヤだね」と言ったが、カズスムクの意見は違ったのだろう。

 彼はそれを醜い心と自覚し、ずっと押しこめてきた。


「生前、父は必死で大トルバシド卿を説得してくれたんです。そして、自分の眼を賭けた伝統式リケイーシニグル決闘を挑まれて、かつての師に勝利を収めました」

「未来の宮廷料理長を相手に? お父上は英雄だ」


 カズスムクは嬉しそうにはにかんだ。

 一方、僕はザミアラガンがなぜ、あからさまなまでに彼を嫌うのか、ようやく合点がいった。彼は末弟の友人が自制を失って襲いかかり、タミーラクの眼か何かを食べてしまうのではないかと危惧していたのだろう。


 この話を聞いた後では、カズスムクにはそんな必要などないのだと僕には思えた。けれど、身内としてはそうも言っていられないのだろう。

 ザデュイラルの歴史にも、何度かそういう事件が記録されているのだ。前にも述べたが、皇帝の贄を損なった者は、残虐な工夫をたっぷり使って処刑された(僕は一応調べたが、詳細については割愛とさせて欲しい。ここに書くのも嫌だ)。


食べ残しブロシテム〟の話も、てっきりタミーラクに対するプレッシャーだと思っていたが、カズスムクに対する牽制も含んでいたに違いない。


「さて、イオ。なぜあなたに祭宴に出ていただきたいのか、ご理解いただけましたか? 人間が人間のまま、人間を食べる。その気持ちを持てるなら、あなたは誰よりも参加する資格がある。アジガロのことも、よく想ってやってください」

「十二分に理解しました。でも、こんな話、聞かせて良かったんですか?」

「私にだって、他人に気持ちを吐き出したい日があるのです」


 例えば僕がザデュイラルを訪れるのがあと十年、いや二十年ぐらい遅ければ、あんな風にコガトラーサ父子に動揺しなかっただろう。僕は人としての倫理を好奇心に売り渡し、興味深くあれこれ聞き出そうとしたに違いない。


 そしてそんな僕だったなら、カズスムクはこの事実を打ち明けたりはしなかった。知識を求めるあまり、取りこぼしてしまうものがある。なんとも皮肉なことだ。


「それに、あなたは飢えた猿より貪欲で、時に蹴り殺したいほど無礼で、【肉】の代わりにいつも知識を追い求めていますが、ただの醜聞ゴシップ好きではない」

「あなたに直接表現で罵られるのも光栄だなあ」


 褒めるかけなすか、どちらかにして欲しいものだが。


「光栄に思っていただけるなら、イオ。今夜は夕食もご一緒にいかがですか?」


 僕は笑い出しそうになった。「いやいや、そんなご冗談を」なんて言おうと考え、彼の顔をまじまじ見つめる内に、それが本気だと分かってやめた。

 ザデュイラルに来てから、僕は茶話会以外で誰かと食事を共にすることがなかった。食事はいつも部屋に運ばれてきて、嫌われているのかなと考えた日もあったが、それが彼らの食習慣と関わると理解してからは、すっかり気にしなくなったのだ。


 祭宴のように大勢で食べる場合は別として、彼らにとって「他人と食卓を囲む」意味は大変重い。ガラテヤだって、男女二人きりのディナーなんて、デートやプロポーズの定番シチュエーションだろう。

 ハーシュサクも以前、こんなことを言っていた。


――「食卓を共にするってのは、〝家族〟の比喩になるぐらい親密な行為なんだよ。オレは仕事柄、気軽に食事に誘われて何度か困ったし、プロポーズと勘違いしてややこしいことになった商売仲間も知っている。ありがちな誤解だな」


 典型的な文化摩擦の一種である。

 だから、カズスムクの招待には本当にびっくりした。けれど、理解できなくもないし、彼にそこまで認められたというのは素直に嬉しい。


「伯爵さえよろしければ、お受けします」

「カズスムクと呼んでいただいても結構ですよ、イオ。なんならカズーとでも」

「では喜んで、カズー」


 僕らは笑い合って、改めて握手し、額を合わせた。

 もう二度と、僕は彼を化け物だと思うことはないだろう。

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