太陽と月の聖婚(後)

 さて、僕らがそんな話をしていると、新郎新婦が入ったものとは別の扉が開いて、貴族に付いてきた従者一同や助祭らが一斉になだれ込んできた。

 彼らは瞬く間にテーブルに花を飾り、茶器を並べ、いつでもどの種類でも熱いお茶が出せるよう場を整えるが、なぜか茶菓子だけはどこにも見当たらない。

 僕は面食らいながらカズスムクに訊ねた。


「閣下、披露宴ですか?」

「いえ、それは皇城で行う明日の祭宴パクサがあたりますね」


 新郎新婦が死んだ状態で行う披露宴か。


「昨日も説明したように、これは貴族同士の〝挨拶回りハルシニ〟〔Calsning〕ですよ」

「ああ!」


 いずこの国も、上流階級というものは「ナメられたら死ぬ」世界だ。会う人間会う人間に、いつも無下にできないだけの格を見せつける必要がある。

 ガラテヤであれば、それは社交界での付き合い方に集約されるだろう。ではザデュイラルではどうか? 料理の腕前を誇示することだ。


 腕の良い料理人は何かあった時、死者を弔い、ユワに敬意を払うことができる。調理技術が誠実さや敬虔さと同じく、大変な美徳とされているのだ。


 というわけで、己の技量を分かりやすく示すため、彼らは人と出会った時にお手製の菓子やソースやパンを贈り物にする。もちろん相手も手料理を渡したいので、交換会状態になる――これが〝ハルシニ〟だ。


 一口で食べられる量に収めているとはいえ、配る数も受け取る数も大量になるので、料理の持ち運びは従者の仕事。食べ物を残したり、捨てたりすることはザデュイラルでは大悪なので、日持ちが良いのも大事だ。足の早い手料理を用意して歓迎されるのは、みんなが食べたがるような料理名人か、超がつく大物貴族だけである。


――昨夜、カズスムクからこの習慣を聞かされた時、僕は血の気が引いた。

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六号月二十日 花曜日ディケリトルヤク

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「あの、伯爵。もしかして僕、初めてお会いした時に何か手料理を持ってくるべきだったのでは……?」

「そうですね」


 カズスムクはあっさり認めた。彼は僕が何か手料理を出してきた時のために、ちゃんと返礼の菓子を作っていたのだが、結局それは使用人一同に下げ渡されたそうな。


「まあ、結果としてはあなたの肉をもらったので、手ぶらではないでしょう」

「そうですけど、あれって手料理でいいんですかねえ」


 ちなみに足しげく通ってくるタミーラクの場合、毎回ではなく一週間に一回程度の頻度で手料理を渡しているそうだ。


「念のためご説明しましたが、あなたは料理をされないのでしょう? 叔母上叔父上にはあらかじめ、断りの手紙をしたためたのでご心配なく」

「……手ぶらで大丈夫ですかね」


 僕は腹痛を覚えながら、カズスムクの苦笑いを見た。


「自分で作ったものでなくては無意味ですからね。そもそもあなたは異邦人です、他の方々だって、あなたの料理に興味は示さないのではないでしょうか」


「あなたの料理に興味を示さない(誰もあなたの料理は食べたくない)」という言い回しは、ザデュイラルではかなり直接的で痛烈な罵倒表現である。


「それはそのう、の意味と受け取っていいので?」

「お好きなように」


 やはり典礼正餐語の講義以来、彼の僕に対する扱いはだいぶ雑になった。

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六号月二十一日 蛇曜日イヨデルヤク

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 レディ・フリソッカは体調不良を訴え、ヴェッタムギーリ一家に付き添われて先に帰ることとなった。ハーシュサクやクトワンザスはそれぞれ休憩したり、別行動に入ったりでカズスムクと一旦別れる。


「イオはどうされますか?」

「閣下さえよろしければ、僕も挨拶回りに同行させてください」

「好きにしたらいいわ。噂のガラテヤ人が気になる人だっているでしょうしね」


 というわけで、僕は未来のアンデルバリ伯爵夫妻について回ることにした。

 堂内の大きな人だかりは三つに分かれている。うち二つは、コーオテー役の家族と、ムーカル役の家族。そして残り一つは、大トルバシド卿ハジッシピユイ。

 タミーラクの父親、現職の宮廷料理長ユアレントゥル〔 Ljuarentvr〕である。


「ハジッシピユイ」はいかにも奇妙な響きに聞こえるが、古シター語に基づく伝統的な名前だ。Hrézzi は元来ハルドシフ〔Hrérdzich聖なる家の主〕という名前の愛称形で、皇帝ウアッツトピユイ〔Uaztstpyg輝く志の兜〕が皇太子のために -pyg を合成して、新しく作った名前である。-pyg は陽光を受けて輝く角兜、またはその輝きを意味しており、ザドゥヤの男性名に輝き、または兜の意で頻出する。


 古くから使われ続けているため変形もあり、-fyg もその一つだ。そう、カズスムクが父親からミドルネームとして引き継いだシェニフユイ〔Shenifyg勝者の角〕がこれである。


 また、ユアレントゥルとは〝祝福の花冠を戴くもの〟の意だ。

 古代アース帝国では、しばしば栄誉ある勝者にマジョラムの花冠を授けてその功績を讃えた。中でも、四年に一度開催されたという大料理大会の優勝者が有名だろう。

 当然、メインは人肉料理だった。


「どうぞ娘をよろしく、よろしくお頼みいたします。宮廷料理長どの」


 コーオテー役ルヴィルヒア嬢の父・フォートムリョール公爵〔eth Chrjaxu bes Fơtmrejor〕は、涙声で大トルバシド卿の手を握りしめた。


 ハジッシピユイは目元を仮面で覆った赤毛の大男で、五十代半ば。赤紫を基調としたフエミャと上衣に、盲人の杖を持っている。彼は若いころ、煮えたぎった油を浴びせかけられて視力のほとんどを失った。理由は後述する。

 盲目に等しい彼が宮廷料理長に登りつめたことは不思議に思えるが、何度か述べたように、これは魔族の角による補助が大きい。


 剣術、馬術、弓術、なんであれ魔族は武芸の基礎を固めると、今度は視力を封じて同じ動きを習得し直す。こうして角の感覚が磨かれると、彼らの動きはそれまでとは次元の違うものになり、戦場では人族を相手に絶大な有利を取った。

(※編註……食人種インカノックスの角は彼らに高い空間把握をもたらしている)


 ゆえに、たとえ全盲であっても魔族と殴り合う時は気をつけねばならない。角の感覚を極めた者がどれほどのものか、ハジッシピユイの逸話が証明している。

 その昔、彼を「色の見分けもつかないやつが、料理なんて」と嘲笑った男がいた。ハジッシピユイは相手を徹底的に叩きのめした後、決闘を申し込んで勝利。更に敗者の左腕を持ち帰って、当時は婚約者だった奥方に振る舞ったそうだ。


 ザデュイラルには、決闘の作法が二種類ある。一つはアウクや拳銃で勝負し、敗者は殺害されて食われる古典式ニゼットシニグル〔Nissatsngĝl〕。もう一つは、互いに肉体の一部を懸けて料理勝負を行う伝統式リケイーシニグル〔Rikagsngĝl〕。


 古典とか伝統という名で察せられるように、これはすでに廃れ気味の作法だ。どちらにせよ、決闘の敗者は身代わりの人間か、身の代金を差し出すのが主流である。

 だが、ハジッシピユイは許さなかった。決闘文化は国によって大きく異なるが、彼の戦歴はザデュイラルでも過激派に類する、と断っておく。


 彼は料理の腕とは無関係に古典式決闘で一人食べ、二人目の時は相手の父親が身の代金を払ったので、片手片腕片目を奪って放免。

 伝統式決闘では合計五人を不具にした。正式な決闘をさっ引いて暴力事件を挙げるともっと犠牲者が多いのだが、そこは割愛しておく。


 このように、ハジッシピユイは腕力と料理であらゆる侮辱をぶっ潰し、周囲に己を認めさせてきたのだ。まあそれも十数年前の話で、今は丸くなった? らしい。


「大トルバシド卿ほどの匠の手にかかることを、我ら夫妻はともに嬉しく……」


 夏至祭礼の贄はムーカルとコーオテーの他に〝サガーツトサイハット〟〔Zaghazth〕の三人が用意され、合計五人の若者が死ぬ。


 そしてこの数は殺害から調理まで、一連の奉納ガグリフに皇帝一人ではとても手が足りない。そこで宮廷料理団の出番だ。毎年、ムーカルとコーオテーの二名は皇帝と宮廷料理長が交代で奉納し、他三名は宮廷料理人、たまに料理長が受け持つ。

 昨年のコーオテーは皇帝が直々に奉納したので、今年はハジッシピユイが彼女を担当するのだ。


「お嬢さまのユワをあずかること光栄に存じます、公爵フリアザ閣下。彼女の血と肉は、必ずや安らぎと共に最高の美味に仕立ててご覧にいれましょう。生涯ただ一度の愛娘の味、その舌に焼きつけられますように」


 フリアザフリャザ〔Chrjaxu〕は「軍勢の父(または王)」を意味する古シター語で、古来ザデュイラル海軍の総司令官を起源とする称号である。

 聞いていて胸が悪くなるような慰めは、当の父君には感銘をもたらしたらしく、感極まって泣き崩れた。僕はめまいがしそうだ。

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