第55話 悪戯と贈り物

「さていよいよだけど……いけるのかな?」

「いけますって、自信ないんですか?」

「大丈夫だって。実際、たまに向こうでやってるときには街の人に怪しまれたことないから」

「なら心配ないでしょ。僕の顔でニヤつきながら髪いじってないで、早くチャイム押してください」

「はいはい、じゃあ……」


 母さんと父さんが住む、僕の実家。その玄関前に並んで立つのは僕とセシルさん。

 そして、そのチャイムを押そうとしている僕……を見ているのが僕だ。


 要するに僕たち二人は今お互いの精神を入れ替えているわけだ。

 こういったことをするのはこれが最初というわけではない。家の中でも、買い物に出かけるときでも、お互い了承の上で触れ合うだけの一瞬で完了するので、割とちょくちょく気分転換にやったりしている。

 ただ入れ替わるだけでなくセシルさんが僕と自分の身体の両方を動かしたり、またその逆で僕が両方を動かしたり、そんなことも度々だ。


 セシルさんの身体に入ると、自分の姿が客観的に見れてまた新鮮な気持ちになる。

 ちょっと高い視点で見る景色も普段とは違う印象を抱かせるし、何より……この胸に感じるズシリとした感触。やっぱりこれがいい。

 セシルさん、いいもの持ってるよなあ……


「…………来ないね?」

「そういえば、うちのチャイム少し音が小さいんでした。もう一回やってみてください」


 一回チャイムを押し、十数秒ほど経ったがドアが開く気配はない。聞こえていないのかもしれない。

 もう一回試してみて、来ないようなら直接こちらから行ってみようか……


「もう一度……」

「はい今行きますよ~」

「えっ……」

「どちらさ……あっ、何だお前か~そういえば今日までだったな」


 再びチャイムを押そうとしたまさにその時、ドアを開けて出てきたのは父さんだった。

 おそらくは一度は聞き逃しかけたが、かすかに聞こえたので念のため見に来たといったところだろう。

 

『ほら、セシルさん。自然にしてください』

『わかってるって……』


 ちょっと突然のことに心の準備が追いつかず、戸惑いを見せるセシルさんに念話で落ち着きを促す。

 とりあえず今の会話が聞かれたわけでもなさそうなので、バレてはいないはずだ。


「や、やだな~父さん。忘れちゃってたの? 前に言ってたじゃん」

「ああ、そうだった。うっかりしてたよ。で……どうだ、こっちでの生活は楽しめたか?」

「たっぷり楽しんだよ。美味しいものもいっぱい食べたし、たくさん本なんかも買い込んだし」

「そうか……」


 うんうん、上手い具合にできているぞ。今のところは完璧。


「セシルさんも中に入ってください」

「あっ、はい。ありがとうございます。えっと……お父さん」


 よしバレてない。父さんは結構こういうところ鈍いからな。このまましゃべり続けたとしても誤魔化せそうだ。

 あとは母さんだが……



「あっ、あなたたち」

「おはよう母さん。今日帰るから顔を見せに来たよ」

「おはようございます、お母さん」


 父さんに連れられて、僕たちは家の中に入る。そして廊下を曲がったところで母さんに出くわした。

 あまり長く話すとボロが出そうだ。さっさとやり過ごすか……


「届いた家電はあなたの部屋に置いてもらってあるからね」

「わかったよ、行ってくるね」

「ん……あれ?」


 母さんの言葉を受けて、以前家電量販店で購入した品物を僕の部屋へと二人で取りに行こうとしたとき、一度は背を向けた母さんがこちらへと向き直った。

 まずいな……早くも感づかれたか?


「ちょっと……待ってくれる?」

「え……何? 母さん?」

「レン……私の手を握ってみて」

「こ、こう?」


 母さんの言うとおりにその手を握る、僕の身体へと入ったセシルさん。

 ここまで特にこれといって怪しいところはなかったように感じたが……


「んん……ふふっ、わかっちゃった」

「どういうことだ? 母さん?」

「お父さん、わからなかったの? ねえ、セシルさん?」

「……はい、鋭いですね。お母さん」


 やっぱり……案外速攻で見つかってしまったな。


「えっ? だからこっちはレン……もしかして」

「そういうことだよ、父さん。こっちがセシルさん、僕たちが入れ替わってるってこと」


 もう母さんにはバレてしまったので、いまだ目を白黒させて状況をイマイチ把握できてない父さん答え合わせをする。

 まあ完全に信じ切っていたようだし、突然そう言われても戸惑うのも当然かもね。


「へ、へえ~なるほど……」

「結構早くバレちゃったね」

「そうですね。最後までいけるんじゃないかとも思ってたけど、母さんどの辺でわかった?」

「そうね~なんか微妙に仕草が前と違ってた……少し女の子っぽくなってた感じなのが違和感? あとしゃべり方が普段よりちょっと早口のような、そんな感じもしたわね」

「……全然ダメじゃないですか」

「いけてると思ったんだけどな~」


 とはいえ僕自身でも、正直なところあまり違和感を感じてはいなかった。それくらいセシルさんの演技は上手くいっていたわけだ。

 母さんこれなら振り込め詐欺とか絶対大丈夫だろうな……


「俺は全然気づかなかった……」

「多分父さんだけだったら、隠し通せたね」



「はい、これで戻ったよ」


 セシルさんとお互いに拳を突き合わせ、僕たちはお互いに元の身体へと戻った。

 それにしても母さん鋭いな。しかし、それ以上にこういうのは仮に違和感を覚えても、よほどの確信がない限り言い出せないものだ。僕たちならばこれくらいのことは可能だと考えが至ったとしても、実際に言い出すとなるとそうはいかないはず。

 そういうところも含め……お見事、僕たちの完敗だ。


「レンちゃんの部屋ってどっちだっけ?」

「こっちです。一緒に行きますよ」

「私たちも手伝う?」

「大丈夫、僕たちだけで」


 物をしまうと言っても、あらかじめ用意した袋に詰めるだけでいい。重いものを持つのだって僕たちの技術なら簡単だ。

 下手に手伝ってもらってギックリ腰なんかになったら困るし、このままでいてもらうのがいいだろう。




「これで全部しまったね」

「残してるものは……ないですね」


 収納作業は十五分ほどで完了した。辺りを見渡しても特に忘れ物はない。元の綺麗な僕の部屋だ。


「もう終わったの? さすが、私たちの手はやっぱり必要なかったわね」

「だから言ったでしょ」

「お茶いれたから、こっちにきて少し休みなさいな」


 これでこちらですることは全て完了だ。だが乗る予定の電車にはまだ時間はある。

 せっかくだし、家族での最後の時間ゆっくりしていくか……渡すものもあるし。


「ちょっと待ってくれる?」

「え? どうかした?」

「母さん……これ」

「これ……もしかして私に?」

「心配かけちゃったからね、これくらいは」


 荷物から取り出して渡したのは、僕が母さんのために買ってきたネックレス。

 シルバーの素材を中心としたもので、セシルさんにアドバイスしてもらって選んだ一応それなりのブランドもの。気に入ってくれたらいいけれど……


「あんまりプレゼントとかしたことなかったし……」

「本当に……ありがとう。大切に扱うね」


 声を震わせながら顔を背け、涙をぬぐう母さん。どうやら喜んでもらえたようだ。


「それ一応おまじないをかけてあるから。元気で過ごせますようにってね」

「へえ~本物の魔法使いの作ったアイテムね」

「ふふっ、そうなるかも。まあ頑張ったとはいえこっちでできるのは限度があるから、簡単なやつだけど……今度来るときにはもっと本格的なの用意するよ。あの包丁なんかね」


 僕がネックレスにかけてあるのは精神の安定を促す魔術。ややうさんくさいパワーストーンなどとは違った本当に効果のあるものだ。

 ストレスは万病の元。あんなこともありこれまで母さんは人一倍、気苦労を負ってきただろう。これからは何も心配することなく、自分の人生を楽しんでほしい、そんな思いを込めたプレゼントだ。


「……」

「そんな見てないで父さん。ちゃんとあるからさ」

「おっ、さっすがレン」

「はいこれ。無くさないでよ」


 もちろん父さんにもプレゼントはある。同様の効果を持ったネクタイピンだ。何がいいかと悩んだけど、やはり普段使いのできるものがいいかと思い、これにした。

 両方とも贈り物としては無難なものではあるけれど、気持ちと何より僕の七年間の成果を込めてある。絶対に金では買えない価値ある物だと自負している。


「ありがとうな。大事にするからよ」


 そういって父さんは受け取った後……かすかに震える背中を僕に向けた。

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