第37話 事故の因縁
「────……」
「え……ちょ!? 何やってんですか?」
セシルさんは懐から杖を出し魔力を纏わせて、男性の背中へその先端を軽く触れさせた。そしてその男性は、その場で膝からゆっくりと崩れ落ち、そのまま意識を失い首を下に向けて、地面に座り込んだ。
一瞬その動作の美しさに見とれてしまったけど、ちょっとこれはさすがに……
「これでちゃんと聞き出せるでしょ。周りに今人いないし大丈夫大丈夫。私たちだけの秘密にするんだし」
「いや、あんまりよくないですよ、こういうことは」
「レンちゃんは……とっても気になるんだよね、この人のこと」
「……でもここまでしなくても」
確かにこの人は直観的に僕にとって関わりのある何者かということは感じていた。止めようとはしたが、セシルさんの言うようにじっくりと話を聞いてみたいというのも噓偽りのない本心だ。
「迷ったら大抵のことはやってみた方がいいよ。その方がきっと後悔しないから」
「はあ……」
「もし何もなかったら、私たちもお互いにこの事を忘れよう。それでよし、でしょ?」
それも一理ある……きっとここで何もしなければ僕は後で悔やんだかもしれない。
「じゃあ、さっさとやろう。え~と、あなたはこのお墓の家と何か血縁の関係がありますか?」
座り込む彼に向けてセシルさんは問いかける。今この男性にかけてあるのはただ眠らせるだけのものではない。それだったらわざわざ道具を出さずとも事足りる。
これは意識のないまま、こちらの質問に全て答えてしまうという恐ろしい魔術。もしもこれが人類に普及したのならば悪用され放題なのは間違いない。というか文明が崩壊しかねない。
先ほど言ったこのことを忘れるというのも、比喩的表現ではなく本当に記憶から消すとお互いに承知の上だ。僕たちも使うのは今回が初めてなほどだが、逆に言えばわざわざこれを使ってここまでして聞き出そうとするなんて、セシルさんもこの人に何かを感じたのだろう。
「いえ……何もありません」
それが男性の答えだった。つまり彼は僕たちの血縁者ではないということだ。
ならば、なおさら気になる。彼がここに来たそのきっかけが。
「では、その他にどのような関係があるのですか?」
「私は……七年前、トラックに乗っていて居眠り運転での事故を起こし一人の高校生の命を奪いました。その子がこの墓で眠っています……」
「え────」
紡がれたまさかの言葉に僕たち二人は思わず言葉を詰まらせ、顔を見合わせた。そしてゆっくりと彼の方へと目を向け、改めてその存在を凝視する。この魔術にかけられたものは嘘をつけない。そもそも普通に喋ってもこんな嘘をつく必要なんてない。
つまり間違いなくこの人が七年前のあの日、僕を……
「大丈夫……?」
「はい、続けてもらいましょう」
一瞬心臓がドキリとして背筋に悪寒が走った。暖かい日差しが指している真昼間なのに、まるで氷水をかけられたようなそんな感覚。自分でもこの瞬間、平静を欠いていることはわかっていた。
しかしその落ち着きを取り戻すことより、僕は彼の口からの次の言葉を待ち望んでいた。
「それから裁判があり、執行猶予はつきました。ご遺族には何度も謝罪に向かい……このお墓にも定期的に来ています」
「……」
「決して許させるなんて思っていませんが……生涯をかけて自分のしたことは償いたいです……」
その男性は自らの意思のないまま一筋の涙を流し、震える声でそういった。やはりこの状態で誤魔化しなどできないのだから、今の言葉も紛れもない正直な彼の気持ちだ。
その言葉を拳を強く握り締めながら聞き終えた僕は、セシルさんに目線を送り、軽く頷いた。その意図を理解し、セシルさんは再び杖を出して、彼の背中を軽く触れた。
「……あっ」
すぐに男性は目覚め、座り込んだまま辺りを見回す。今喋っていたことは当然記憶にはない。
この出来事も時間にして一分弱といったところだろう。しかし僕にとってはその何倍にも感じる濃密な時間だった。
「大丈夫ですか、立ち眩みですかね」
「すいません……」
違和感を感じないようセシルさんは適当なフォローを入れつつ、彼の手を取り立ち上がってもらった。こんなご時世だからか、一瞬ほんの数分前にあったばかりの若い女性の手を掴むことにやや躊躇したことが手の動きと表情から見て取れた。
しかしそこに悪い意味はないとすぐに彼も察し、その手を取って立ち上がった。
「ありがとうございました。私はこれで……」
「あの! ちょっと……いいですか」
「はい?」
今度こそ踵を返す男性に対し、僕は一度深呼吸をして、少しだけ勇気を出して話しかけた。自分を轢き殺した人間に対して話しかける、そんな有り得ざる光景をセシルさんが固唾をのんで見ているのが背中越しでもわかった。
「なんでしょうか? あなたどこかで私に会ったこと……」
「えっと……」
向き直る彼を見つめながら思いを巡らす。
あの瞬間の痛みが、恐怖が、無念が鮮明に蘇る。
そのまま一秒、二秒と時間が過ぎ、ごくりと唾を飲み込んだ後……先に口を開いたのは僕だった。
「いや、やっぱりいいです。……これからも頑張ってください」
「あ、え? はぁ……」
「それじゃ、さようなら」
ここではどんな言葉をぶつけるべきだったのか、その正解はいつまでたっても分からないかもしれない。もしこの人に会えたら何を言うか、そんなことを考えていた眠れぬ夜もあった気がする。
だけど本来なら憎むべき相手であるかもしれないはずの彼の優しそうな瞳を一瞬見つめた後、色々と浮かんでいた言葉も何だかどこかへ行ってしまった。
そして、自然と出た言葉は……これからも罪を背負いながら生きていく彼への励ましの言葉だった。
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