第31話 母との語らい
「ん~いい風だね」
持ってきた杖を手に取り、僕は母さんと父さんを連れて家の前まで出てきた。外は夜風がひんやりと気持ちよく、月が煌々と照っている。
これからすることは家のなかでもできないことはないが……せっかくの機会だしね。
「それで何をするのレンちゃん。手伝うようなことある?」
「それには及びませんよ。まずは……母さん、ちょっと手を出して」
「これでいい?」
少し冷え性の母さんの冷たい感触を感じながら、手を繋ぐ。続けて杖で互いの足下をつついた。
これも過程の一つだ。普段はこんなことせずいきなりで十分だが、母さんも一緒に体験してもらうんだから、一応は慎重になる必要がある。見た感じもそれっぽくなるし。
「ああ……なるほどね」
「わかっちゃいましたか、セシルさん。結構魔力使っちゃいますけどいいでしょ?」
「もちろん、多めに持ってきたし構わないよ」
「何々、どういうことなの?」
どうやら察したらしいセシルさんにウインクをして、何をされるのか困惑している母さんの手をより強く握る。
父さんもこれから何が起きるのか興味津々のようだ。母さんが終わったら、やってあげようかな。
「後は……ちょっと足借りるよ」
「借りるって……えっ!?」
「感覚はちゃんとあるよね。そのまま力抜いてて」
「……」
母さんの身体機能の一部、具体的には足の機能をちょっと拝借させてもらった。今、母さんの足は感覚を残したまま、僕の意のままに操れる状態だ。やっぱりこちらの人は魔術に対する耐性が全くないので、実にスムーズに行えた。多分、触れずとも可能だっただろう。
当の母さんは自分の意志とは無関係に、自分の身体が動くという不思議な感覚に目を白黒させている。そんな姿はさっきの父さんと同じで見ていて少し面白いけど……これが目的じゃないから程々にしないと。
「始めるよ。よっと……うん、成功!」
「凄い……浮いてる……」
そのまま僕と母さんの右足を同時に上げる。そしてその足は地に着くことはなく、足下から微かな光の波紋を放ちながら浮いていた。
「最初の一歩だけ感覚を合わせるために身体を動かせてもらったから、もう普通に足を動かせるよ」
「あっ、本当」
「じゃ、このまま上ってくよ。こっちに合わせてね」
「合わせて一緒にね」
「少し変な感じがすると思うけど、地面と硬さは変わらないから安心して」
これは簡単に言ってしまえばさっきのワインを浮かして見せたものと原理は同じもの。空中にて下から支える魔力で足場を生成している。魔力の消費はやや多く、何より複雑な操作はいるが、杖の補助があればそれも僕たちにとっては容易なこと。
しかしそれでもこちらで生きるもの、誰もがあこがれたことがあるであろう空中を歩くという体験であるのは間違いない。
空を踏みしめるという決して前例のないであろう体験を母さんは、心からの笑みを浮かべて楽しみながら僕と共に歩を進めた。
「わっ、高~い!」
「これくらいで六、七階くらいの高さかな。一応周りには見られないようにしてあるから」
そうして階段を上るように、より高く高く登っていき、既に家を遥かに超えた高さまで来た。下では父さんやセシルさんが何やら話ながら、手を振っているのが見える。
会ってから数時間だというのに、早くも打ち解けているようで何よりだ。
「ところでレン……あなた怖くないの? 昔は結構高いところ怖がってたような……」
「えっとねえ、今はもう大丈夫。こういうことをやってるうちに慣れちゃった。ここに来る前にビルの上とか行ってきたし」
「さすがねえ。本当に魔法使いなのね……」
そういいながら母さんは羨望の感情を込めた眼差しを僕に向ける。そうやって評価してくれるのはうれしいことではあるが………
「とはいっても魔術師って要は魔法の学者、研究者ってところだから。そんなに大したもんじゃないよ。きっと母さんが思ってるようなのとは違うと思う」
「そうなの?」
「僕たちだっていつもは普通の服装で普通に町で生活してるし、よくある三角帽子だのは被ったりはしないし、ああ……研究のときにローブ着たりはするか」
「じゃあ、さっきの写真はその時の」
そういえばそうかあ……さっき見たんだっけ。
「そうそう。だから僕たちもいろいろ研究していたりするんだ。あの世界の魔法、いろんな世界の魔法、並行世界のこと、空間のことや時間のことまで……わかっていくことが楽しいからね。僕も一応魔術師のはしくれだし、セシルさんに手伝ってもらって、本書いたりしてるんだよ」
「あなたがねえ……ちょっと想像できないかも」
「そうだよね~」
僕は少し笑いながら、母さんの方に顔を向けた。そんな気持ちもよくわかる。
母さんが僕をどう思っているかはわかっているつもりだし、こちらにいた頃を思えば今のような生活なんて想像だにしていないかった。
「あと向こうも平和ではあるけど、さすがにこっちに比べたら少しは物騒なこともあるかも。でも……それも含めて向こうの日常かな」
「それは……なんとなく私でもわかるわ。でもセシルさんがいるなら心配はいらないんでしょ?」
「あの人は凄いよ。それにいつも良くしてくれて……一緒にいて楽しくて……」
「いい人だね~あんなに美人さんだし」
「ドジなところもあるけどね」
手を繋ぎ宙を歩きながら、そんな母さんとの会話を楽しむ。男の身体で生きていた頃も、成長してからはあまり二人きりで話すなんてことは少なかったから、なんだか子供に戻った気もしなくはない。
しかし、こうして触れ合っているとそういった意図がなくとも、なんとなく母さんの心情を感じ取れる。
このあたりかな……
「母さん、怖くなってきたんじゃない?」
「んんっ……わかっちゃう? 面白いんだけど、ちょっと落ち着かなくて……」
「無理もないよね、慣れてないと……今度来るときは空飛ぶホウキでも作ってこようか」
「そんなこともできるの?」
「今やってるこれみたいに、まだそういう術式が完璧ってわけじゃないから、ちょっと燃費は悪いとかはあるけど……僕たち二人でなら一応のものは。まあちゃんとしたものができるのも、そんなに遠くはないとは思うよ」
「へえ~」
「そもそもホウキじゃなきゃダメではないけど、母さんはその方がいいでしょ」
「そうね。その日を楽しみにしてるわ、魔女様」
「魔女様……ふふっ、それじゃ降りよっか。手をちゃんと握ってね」
「えっ、降りるってどういうこ……わわわっ!」
杖で足元を触れた瞬間、魔力で作った足場が消えて僕たちの身体は重力に従い、自由落下を始める。もちろんこれはわざとだ。
「えいっ」
「うわっ……」
ちょうど家の屋根のあたりで、落下速度を緩める。そしてそのまま僕はふわっとした感じで足元に大きな波紋状の光を演出しながら、つま先から優雅に着地した。
母さんはそれどころじゃなかったのが、ちょっと惜しかったけど……
「も~ビックリさせないでよ」
「ごめんごめん、でも楽しかったでしょ」
「もちろん、すごく楽しかった!」
しかしこの一連の流れは正解だったようだ。母さんは自分の身をもって魔術を体験できたことで、まるで一つのアトラクションの後のように興奮していた。
そして僕自身、少しだったがとても有意義な時間を過ごせたような、得も言われぬ充実感を胸に感じていた。
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