ひとりよがりの華燭典





「人生最高の祭典といえばやっぱり結婚式なんだよね」


 ひなあられをぽりぽりと咀嚼そしゃくしながらそうこぼすと、こたつの向かい側から頓狂とんきょうな声が上がる。


「なんだって?」


 純粋に、不思議そうに聞き返された。


 彼は常々、あたしの話には脈楽がないと指摘してくるのだけど、それが逆に彼の探究心をくすぐるのだということに最近、気がついた。

 意図してるわけでは決してないけど、思いついたことを心のままにそのまま放り投げると、ウルトラCのダイビングキャッチしてでも拾ってくれるのだ。

 これってもしかして職業病かな? 現役理科教師の彼はとにかく知的好奇心が強くて、気になったことはきちんと問いただして理解しないと落ち着かない癖があるみたい。


 あたしは大真面目にひなあられのパッケージを示した。

「女の幸せって結婚式なんじゃないかなって。ほら、おひな様も二人並んでなんか楽しそう」

「おひなさま……」


 彼と二人してこたつを囲んでいるけど、今日はスイッチは切ってある。3月の3日、今年のひな祭りはぽかぽか陽気でもう夕方近いというのに室内は明るくて充分にあたたかかった。


「こないだね、東京のいとこが都心のおしゃれなホテルで結婚式挙げたんだって。知ってる? 2月の結婚式って少し安くなるんだよ。オフシーズンっていうやつ」

「へえ、結婚式にもシーズンがあるのか。それは知らなかったな」

「ね〜、年中やってるのにね。寒いからかな? とにかくなんか、そうらしい」

 いとこのお姉ちゃんはまだ二十歳はたちを少し過ぎたばかり。

 若い二人の門出をリーズナブルに済ませるために、あえてこの時期を選んだって、おばちゃんたちが話していた。

「好きな人と恋をして、結ばれて、結婚して、みーんなに祝福されて迎える祭典でしょ、結婚式って。女の子にとったら人生で主役になれる数少ないチャンス!」

「結ばれることと結婚することはほぼ同義で、その言い回しだと重複表現になるのでは……」

「結婚は人生の墓場だとかいうおじさんもいるけどさ、とにかく、結婚式! 人生でただその一日だけは、最高の一日なんじゃない?」

「はあ……」

 むむ、彼の興味が薄れてきているらしい。その証拠に手元のひなあられの袋の文字を目で追い始めている。これは手持ちぶさたな時の彼の癖。ヒマな時、目についた文字列はとにかくかたっぱしから読みこんじゃうのだ。


「結婚式と言えば、乙女の憧れのドレス! それにパーティ! 豪華なフルコースの料理にケーキ! お花にバルーンにキャンドルに……とにかくなんか、かわいいものばっかり!」

「ああ、うん。そうらしいな」

「あれ、センセイは行ったことないの? 結婚式」

「いや。まあそりゃあ、兄や友人の結婚式に参列したことならあるけど」

「どうだった? ねえどうだった? すごくなかった?」

「いやまあ……ああ幸せそうだなあって」

「ほら! ほらほら!」

 やっぱそうでしょ~? って、センセイの目を下から覗き込んで甘えてみる。

 センセイは眼鏡の奥の瞳をすいと横に流して、む、と口を閉じた。――やばい、これはセンセイが話を逸らそうとしているときの癖だ。


 あたしは反対側に首を傾けて、流れてった視線をついとすくい上げてみる。

「ね、やっぱりそうなのよ! たとえそこまでの人生がピンチの連続だったとしても、その先の人生に辛く苦しい運命が待ち受けていたとしても、結婚式当日のその日だけは、たくさんの祝福に包まれて最高のしあわせ気分を味わえるんだって!」

「そんな山あり谷ありの人生、映画くらいでしか聞かないぞ」

「だからさ、あたしとしてはその一日は完璧に最高なお祭りにしたいのよね。一生の記念に残るような」

「はあ……」

「まず、お色直しは五回はしたいの。ほら、あたしの趣味はコスプレでしょ? 貧乏レイヤーとしては、本物の豪華な衣装をわんさか着放題の夢のような舞台なわけでしょ? 純白のウェディングドレスはもちろん、白無垢も着たいし、セクシーなカクテルドレスも着たいし、他にもゲームの妖精女王のコスとか、ここぞとばかりに着たい衣装を厳選して用意するの!」

「五回……披露宴は平均して2~3時間くらいのものだろう。お色直しのたびに数十分かかるとして、花嫁がそんなにも席を外していたら花婿は一人でずっと高砂を守らなくてはいけなくなるのでは……」

「え、いやよ、せっかくの結婚式なのに、新郎新婦が離ればなれになるんなんて! 新郎も一緒にお色直しについてきて!」

「それではもはや高砂はほとんどの時間、無人になるな……」

「あ、そういえばスウェーデンとかじゃ、新郎新婦が離ればなれになったとたんに異性のお客さんからキス攻撃を受けるらしいよ」

「なんだそのおぞましい修羅場は。祝ってるのか呪ってるのか」

「そんでお色直しから帰ってくるときも趣向を凝らしたいよね。あれとか、ほら、ゴンドラ!」

「ゴンドラ……大人二人が乗れる耐荷重を計算してさらにそれを吊り下げるための柱と天井の強度たるやいかほどに……」

「で、登場シーンはスモークとかレーザービームとかで派手に演出するの」

「アイドルグループのライブかな」

「あとはカヌーとか象に乗って戻ってきたりとか」

「待て。屋外だったのか。ますますゴンドラは非現実的構想……」

「あとね、ケーキはクロカンブッシュがいいな。知ってる? プチシューを積み重ねてチョココーティングとかで固めてタワーにするの」

「いや……初耳だ」

「プチシューのなかには当たり外れを仕込みたいよね。ドラジェ入りが当たりでプレゼントがもらえるの。デスソース入りが外れ」

「ウェディングケーキなのにロシアンルーレット……」

「でもそれだとケーキカットができなくなるからドイツとかみたいにノコギリで丸太切りをして初めての共同作業にしよう!」

「大工さんかな」

「デザートビュッフェは外せないよね~フルコース料理だけだと堅苦しいから、最後のスイーツタイムでみんなでゆっくり和みたい」

「だけど花嫁は最後の衣装チェンジで不在だろうな」

「あ、そうそう衣装と言えばね、よくブーケトスってあるけど、あたしは逆にガータートスのほうをやりたいんだ! ありきたり感脱却できるし、なんかセクシーでかっこよくない?」

「ガータートスとは」

「知らない? 新郎が新婦のドレスの裾に手を入れて、ガーターベルトを外してお客さんに向かって投げるの。それをゲットした未婚の男性客は次に結婚できるんだって」

「なんという破廉恥はれんち行為……」

「違う違う、セクシーなんだってば! 片方のガーターベルトはそうやって投げちゃうけど、もう片方は取っておいて、新郎新婦に赤ちゃんが生まれたらヘアバンドにして使うんだって」

「ガーターベルトの概念とは」

「とにかくさ、そうやってみーんなに祝福されて、最高にしあわせで楽しいお祭り騒ぎになるわけよ。ね? 素敵じゃない? 楽しそうじゃない?」

「ああ……」


 あたしの長い長~い夢語りが一段落した時、センセイは、ふっと淡雪みたいに微笑んだ。


「このかには、似合いそうだな」

『には』の部分に特にアクセントはなかったけど、センセイの言いたいことはわかってる。

 僕『には』似合わないって言うんでしょ。


 ほかほかした日溜まりの匂いがほんのりと残る部屋のなか、窓からはそろそろ暮れていく陽光の色が射し込み始めていた。遠くの方からカラスがお山に帰っていく鳴き声が聞こえる。


「――じゃあ、こういうのはどう?」

「うん?」

「教師と生徒の恋愛は許されない世知辛いこの世のなかに背を向けて、愛の逃避行を決行するの。それで、地球の裏側のその果ての果てまで行って、二人っきりで結婚式を挙げる。だーれも知らないところで。逆に楽園みたいに」


 お祭り騒ぎは好きだけど、みんなに祝福されるのは憧れだけど、でもそんなことはどうでもいい。

 大事なのは、隣を歩く人が誰なのか、だから。


 隣に並び立つ人さえ選び間違わなければ、それはきっと、どんな形でも最高の祭典になるはずだから。


 ――だからどうか、これで手を打ってほしい。


 ねだるように、むしろなかば祈るように、あたしはセンセイを見つめた。

「ね、それなら――いいでしょう?」


 センセイは答えるかわりに、眼鏡の奥の瞳をすいと横に流し、む、と口を閉じた。




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