12月25日、だるま少女。

芝楽 小町

プロローグ

1話 12月25日と、私という者。

 今日は12月25日だ。世間ではクリスマスだなんて呼ばれているらしいが、今年で20になった私にクリスマスなんてものは何の関係もない。もちろんサンタからのプレゼントも無い。


  ……いや、クリスマスと言えば、もちろん男女関係云々の話はあるだろうが、「彼女いない歴=年齢」である私にとってはやはり、どうでもよい話だ。


 私は中学に上がってからというもの、一回もサンタからプレゼントを受け取った覚えがない。

 

 それは幼き頃からサンタを信望してきた私にとって、単なる裏切り行為でしかなかった。


小学6年生のクリスマスまでは、決まって枕元にラッピングされた箱が転がっていたものだ。


 ……それがなんだ。親にサラッと暴露ばくろされた時の私の衝撃といったら、その時の私の表情、到底見るにえないだろう。



「サンタさん? お前まだそんなの信じてたのか……ウケる(笑)」



 クリスマス明けに、「お父さんから◯◯買ってもらった!!」とかなんとか自慢していた友人を、「ああ、コイツは私と違って不真面目だから、サンタに来てもらえなかったんだなぁ」なんて見下しつつ、得体の知れない優越感ゆうえつかんひたっていたあの頃の私は何処どこに。



 中学校三年間、あの瞬間まで『サンタさん』にささげてきた余分な片想いは何処に。期待してたのに。



  ーー結局何が言いたいのか。



 つまりサンタなんて都合の良い架空かくう生物であり、それに伴う『クリスマスプレゼント』なんて単語も、企業の陰謀いんぼうが構築した幻想に他ならないということだ。


 イエス=キリストを祝わずして、一体なぜ大半が無宗教である日本人がクリスマスをり行うのか。


 であるから、私は断固として企業の策略さくりゃくなんぞには引っかからぬよう、極めて細心の注意を払い、今日という日を迎えたのである。



 ーーしかしながら、人間関係についてはどうしようもない事実が付きまとう。


 男女のイチャコラした関係も、クリスマスという幻想にあおられた結果に他ならぬ、と言うわけにはいかないのだ。


 こんな事をのたまう彼女いない歴=年齢の男は、おそらく私くらいなものであろう。この点において、私はしっかりと現実を見据みすえた、立派な紳士であるということだ。



 さあ、そこの君。れたまへ。



  ……閑話休題かんわきゅうだい



 あるべきタイミングで、双方どちらかの告白の結果付き合うことになったのが、彼らカップルである。


 彼らは勿論もちろん、それまでの時間を共に分かち合ったからこその彼らであって、決してクリスマスの奇跡が作り上げた関係ではないのである。決して、だ。


 この点にいて我々は認めなければならない。



 彼らの努力だ、と。



 であるならば、お前は努力してこなかったのか。と言われれば断固だんこ反論する他ない。


 去年までの私は、はたから見れば1人虚むなしく過ごしている『クリぼっち』のかなしい野郎であった。


 しかしながら今年、私は自らの努力によって、世間から付けられたあの忌まわしい称号をほおむり去ることに成功したのだ。



 ……そう。『クリぼっち』から、新たに『3クリぼっち』の称号を手に入れたのだ。



 今日はクリスマス。1人の同回生と、1人の先輩と共に、クリスマスの夜を過ごすのだ。3人で飲み飲み語らうのだ。これを努力の結晶けっしょうと呼ばずして何と呼ぶのか。呼ばないか。



 結局ぼっちじゃねえか。



  ……いや、決して寂しくなどない。3人集まれば文殊もんじゅの知恵と言うだろう? ……そう、私は最早もはや敵無し。無敵。



私は、進化した。褒めて。




   〜   〜   〜




 12月25日、朝。7時に目が覚めた私は、髪の毛をぐしゃぐしゃにしたままシャワーを浴びに浴室へ。


 シャワーから上がり、キッチンの戸を開けると、嗅ぎ慣れた芳醇ほうじゅんな香りがブワッとあふれてきた。


 インスタントコーヒーのびんを大量に収納してあるのだ。


 コーヒーをれ、砂糖とミルクをこれでもかと投入する。カコカコとスプーンでかき混ぜ、まだ水面がぐるぐると回っているうちに、ゴキュゴキュと一気に飲み干す。


 ちと飛び散ったコーヒーが、卓上たくじょうのスマホケースについたが、今更汚いスマホケースがさらに汚くなったとて気にはしない。


 これらの行程こうていを経て、初めて私の1日が始まる。


 例年通りであれば、これから近くの古本屋へ足を運び、適当な漫画や小説を数十冊見繕みつくろってから家に帰り、一日中麦茶を飲みつつダラダラ読んでいるところであるが、今年はそうはいかない。


 なんせ、私は進化したのだ。


 夜、コタツに入ってゴロゴロしながら、交通事故で1名死亡したなどというニュースを、



「クリスマスなのに悲惨ひさんだなあ。私みたいに一人孤高ここうに過ごせば良かったものを」



 などという不謹慎ふきんしんな呟きでもって、自分の状況もたいへん悲惨である事をひた隠しながら過ごしていた、去年の12月25日とは違うのだ。


 私は大学二回生である。文系の私は理系の親からバカにされ、理系の知り合いからは努力をしないクズの烙印らくいんを押された。


 では日本にはクズの烙印を押された者はいったい何人存在するというのだろうか。全国の文系達の恨みは根深ねぶかいのだ。高校時代の理系組よ。今に全国の文系達に押し潰されるだろう。待っていろヨ?


  ……大学で実に文系らしい文系人間をしている私だが、入学してから、同じ文系同士、仲良くなった友達が割と多くいる。


 ……いるはずなのだが、どういうわけか今回の飲み会では1人しか集まらなかった。  



 なぜだ。貴様ら裏切ったな。



 山口、見たぞ。昨日カワユイ女の子を連れていたお前を。許さない、絶対。



 あちこち話が飛んでしまってろくに話が進まないが、許せ。私は奴らが憎いのだ。







 ーーにもかくにも、私はそういう存在である。






 今日はとある新宿の飲み屋へ行くことになっているが、正直夜まで暇だ。


 というわけで、私は約束の時間まで新宿の古本屋やらゲーセンやらで暇を潰そうと、朝から家の最寄り駅へ向かった。


 休日の朝から電車に乗ることは滅多めったになかったので、少し新鮮であった。何故だか心臓の動きが速くなり、血液が頭によくまわるような気がする。


 きっと朝のインスタントコーヒーがそうさせているのだろう。


 その時はそう考えていた。


  ……が、違ったのだ。実はこの時、私の身体は人生最大の災難さいなんが自身に訪れる事を予感してビクビクしていたのである。


 今思い返してみれば、あのが災難そのものであったのだろう。


 しかし、今日は同時に、私の人生史上もっとも充実した一日でもあったに相違ない。今は心からそう思うのである。

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