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 ジュンは部屋に戻る次いでにゲームを置いている407号室へ向かった。廊下は朱色の絨毯が端までびっしりと敷かれていて、壁は螺旋の模様が描かれている。


 行く途中、408号室が開いていることに気が付いた。408号室は神田の部屋だ。ジュンは恐る恐る扉を開けた。奥の方には四角く光っている何かがあるが、ジュンははっきりとはわからない。

 

 神田から「部屋に勝手に入るな」と言われたことを思い出したが、怒られることよりも好奇心が勝り、そのまま部屋の方へ進んだ。ベッドが一つ、上にはズボンや大きめのタオルが無造作に置かれている。壁側にはテーブルが置かれ、大きい椅子もある。テーブルの上にはジュンが見たことのない機械がある。


 奥の方でガタガタと音がした。何かが動いている。ジュンは足を止めて、音の鳴った方へゆっくりと顔を動かし、音がまた鳴るのを待った。また、ガタッと音がする。部屋の中にはもう一つ扉がある。


 ジュンはその扉の方へ忍び足で向かった。ガタッ、ガタッと連続に鳴っている。

 ドアノブを動かし、自分の体の方へ動かすとそこには仰向けに寝ている男女二人がいた。


______________________________________

「どうして、メネスカーを修理なんてするんだ?」

 店主の直接の質問を、神田は店主が用意した椅子に座り言い返す言葉を考えた。

「どうしても何も、彼らも生きているじゃないですか」

「でも、今はメネスカーとかのアンドロイドが故障した場合は国に届け出を出して即急に処分をしないといけない。それを守らないと刑罰。やるメリットがない」

 神田は用意された水を片手に持ち、口に含んだ。無味無臭だった。話す言葉は思い浮かばない。


「別に良いさ。辛いことは無理に言わないほうが良い」

「いや、別に構いません。・・・僕はもともとキッド・ストアの人間で、メネスカーにはとても希望を抱いていたというか。曖昧な考えと言うか少しでも変わると思っていました」

「キッド・ストアにいたのか。これまた珍しい」

「政権交代があって、そこから一気にメネスカーの存在は厄介者の扱いになって、私はその時に思ったんです。修理や機能に関するデータを盗んでしまおう。自分の頭の中には嫌でも手順は覚えている。今はネットを通じて修理してほしい人を募っています」

「インターネットを使って修理を呼びかけているのか」

 店主は驚いた顔を見せた。神田は頭を掻き、「昔は当たり前なはずでしたけどね」と鼻で笑うように言い返した。


「俺もインターネットを使って買い物とかしたさ。それも当たり前だった。テレビやラジオ、新聞もあったけど、徐々にネットが全てを持っていこうとした。そんなときにだ。肺炎だよ。それで一気に変わった。ネット上ではデマは広がるし、皆落ち着きがなかった。しかも政府が恐れて情報傍受しているなんていう噂もあって一気に使わなくなった。何を信じれば良いのかわからなかったから」

「一気に利用者は減ったのは覚えています。始めたときなんか反応なんてめったに無かった。弱者と呼ばれる人たちがネットに残っていることを願っていたようにも思います。それでも、今はコミュニティを形成するにはインターネットが一番です。誰もわざわざ現実の荒廃したこの町で人とのつながりを持ちたいとは思えない。実際、私もそうですから」


 店主は鼻から大量の息を吐いた。腕を組んで、テーブルを見ながら話し始めた。

「皮肉だよな。インターネットを使う人間は激減している中で、アンドロイドを修理する最後の頼みの綱は過去に人々が嫌なほど群れていた寂れた仮想空間にあるなんて。笑っちゃうな・・・」

 店主の目線は下を向いたままだった。

「修理をする上で、亡くなった家族の記憶を移行してほしいというものが今までで多かったですね」

「わかる気もするな」

「人間の記憶を移行できるのがメネスカーの最大の特徴ですから。故障で情報を抜きとって、新しいメネスカーに移行してほしいというのが殆どですよ。ただ・・・」

「ただ?どうした」

「メモリーカードを抜いて送ってもらうのですが、人間の記憶を移行して一番安定するのが第3世代です。ただ、奪い合いの状態でして。だからこれはとても価値がある。新品で、一度もデータが書き込まれていない」

 店主はメモリーカードの方を向いた。腕は組んだままだ。

「買うか?」

 店主は半笑いで言ったが、「生憎、現金は2万しかない。現金を大量に持っていると不正を働いていると勘違いされて逮捕されるから。こんどまた現金を持って買いに来ます。」

「おう。そのときにはまた1万5000で売ってやるよ」


 帰りのバスは珍しく定刻通りだった。

 乗り込んでも誰もいなかった。椅子に座り少し経つと叫び声やシュプレヒコールが遠くの方から聞こえる。帰りの道中で左派と右派の衝突があったのか、「迂回ルートを回ります」と乗客一人だけの車内に律儀に運転手がアナウンスをした。その影響か時間は大幅に伸び、1時間以上も乗る羽目になった。周りに誰もいなかったことがせめての救いだ。


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 ジュンの顔を見たときに、本当にこれはジュンなのだろうかと悩んだ。

 ジュンは「お父さん」とニッコリと自分とは似ていない綺麗な歯並び、手を広げてこっちに走ってくる。


 アツコは、「私達の子よ」と嬉しそうにこっちを見て言うが、「そうなのか」と疑問を投げかけるように言い返した。


 お父さん、お父さん。僕の記憶は何処に行くの?

 それは・・・知らない。

 お父さん。お父さん。僕は僕なの?

 それも・・・知らない。

 はっきりとはわからないことばかりなのさ。

 この世の中は。

 だから誰だって悩み、不正解のルートへ進んでしまうこともあるのさ。

 じゃあ、僕はどうして生まれたの。

 ねぇ、あなたどうしてあなたは嘘をつくの。

 そんなの・・・知るか。


「お客さん、終点ですよ」

 バスの運転手は自分の肩を何度か叩いていたようで、揺れで目覚めた。神田の家からそこまで遠くはないバス停だった。

「すみません。今、降ります」

「うなされていましたよ。気分の方は」

「全然。問題。ないですよ」

 立ち上がった瞬間に今見ている世界が現実であることははっきりと認識できていたが、今もどこか嘘であってほしいと考えながらステップを降りた。


 新型肺炎の流行で都市部は荒廃し、居住スペースも限られた。神田はメネスカーの修理の拠点は都市部でないと融通が利かないと考えている。だから何度もアツコから「郊外に行きましょうよ」と言われても、「部品とかの問題はどうするのさ」と反論するばかりだ。


 今の拠点は5年前に放棄されたラブホテルだ。5階建てで都市部に出るのにも丁度いい立地で、3人で拠点を決めるときに「ここにしよう」神田は一発で決めた。


 周りには住宅街の姿が汚くも残っていたが、近くのギャングに放火され2、3軒と拠点のラブホテルだけを残しみんな灰になった。役所が定める将来的な立入禁止区域に設定された。それでも残っているのは面倒な拠点探しをしたくないのと居心地がいいからだ。


 ラブホテルに着くと目に刺さるようなピンク色の扉が神田を迎える。取手の部分には鎖を何重にも巻いて少しでも外部からの侵入を防ごうとしている。


 破壊されていないか目で確認をして、裏手に回り小さな窓からホテルの中に入る。1階は電気を消しているので、通るたびに誰かいないか怯える。2階に上がる階段のところには銀色の扉とインターホン、暗証番号を打つテンキーがある。そこのボタンを1110と適当に決めた暗証番号で鍵を解除した。


 4階に到着し、扉を閉めると奥の部屋からアツコが出てきた。

「あなたちょっと」

 焦った顔を見せたアツコに嫌な予感がした神田は少し駆け足でアツコの元へ向かった。入った部屋はジュンの部屋だった。ジュンはベッドの上で眠っていた。寝ているのではなく落ちているのが正しいのかもしれない。


「どうしたんだ」

「あなたの部屋に入ったみたいなの。クローゼットに入ったみたいで」

「干渉したか」

 神田はジュンの胸に手を充てた。

「動いているみたいだけど。アンテナがやられたかもしれない。見てみるか」

 神田は自分の部屋に向かい、機材を探した。ケーブルと機材を持ちジュンの部屋に戻る。アツコはまだ心配そうな顔をしている。


「治るわよね」

 アツコが震えた声をしながら神田に話しかけた。

 神田はこめかみの部分を爪で強く掻き「それはどうだろう」と自信のなさが神田自身でもわかった。

 

 首元を触るとカチッと音がする。音がなったところは蓋になっていて、起動ボタンと機材と接続するコネクタ部分が出てくる。今日、元電気街で購入したケーブルを差し込み、機材を起動させ接続させた。


「やっぱり、第一世代と第3世代はだめだ。干渉しているようだ」

「ごめんなさい。私が見ていなかったから」

「俺も悪い。部屋に鍵を掛けていなかった。これで3回目なのに・・・」

 機材から重低音の起動音がなった。画面は真っ黒の状態で、動作のコマンド入力画面になっている。キーボードを持ち、現在の動作を確認した。読み込み中と表示される。


「第一世代は強い電波を出すので他世代との電波干渉を起こして新型が壊れる事がある。パッチを作成していたけど、間に合わなかった」

「それってアップデートできないの」

「出来ない。一度ジュンの記憶を別媒体に移さないとだめだけど、ここにあるのはどれも互換性がない第2世代ばかりだ」


 画面上では異常なしの表示。ジュンを再起動させるコマンドを入力し、待つことにした。

「大丈夫?」

「ソフト内でエラーを起こしたみたいだ。再起動させれば治る」

「良かった・・・」


 アツコはやっと安心した表情を見せた。

 画面にはプログレスバーがパーセンテージの表記とともにゆっくりと進む。止まらないか神田は目を逸らすことなく見続けた。100パーセントの表記とプログレスバーがいっぱいになるとジュンが目覚めた。


「あれ、どうしたの」

 細い声を出しながら少し顔を神田とアツコの方に向けた。

「少し頭を打ったみたいだ。大丈夫ゆっくり寝ればいい」

 神田はジュンの頭を撫でた。

「でも、僕、怖い夢を見た気がする」

「怖い夢?」

「知らない人が僕の方に何か言ってくる夢」

「頭を打って少し嫌なことを思い出したに違いない。明日になれば忘れる」

「そうかなぁ?」


 神田の目を見ながらまだ納得をしないジュンにアツコは、

「今日は騒いだりしちゃだめよ。後でハンバーグ持ってきてあげるから」

「やったぁ。楽しみだなぁ」

 神田とアツコはそのまま部屋を出た。

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