リ・ボン

安達ユウヘイ

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 *本文中に「新型肺炎」と出てきますが、こちらは2019年の9月に書き上げたものであり、現在の新型コロナウイルスに起因するものではありませんのでご了承ください。


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 今から約10年前、世界的に流行した新型肺炎。

 感染者は10億人。死者は1億人以上と呼ばれ、世界は一瞬にして荒廃した。


 当時アメリカのカイル大統領は、

「医学が進歩しているこの時代で世界的流行をもたらす感染症が出てくるとは思ってもいなかった」と発言をし、議会では凶弾に立たされたり、WHO・世界保健機関は「調査中」というレポートを出したままで数ヶ月が過ぎたりと手際の悪さが目立ったのも印象深い。


 もちろん、この国も新型肺炎の影響を受けた。

 鉄道は集団感染の恐れがあるため、営業の制限。航空は国内線では全て休止、国際線は国から指定されたカテゴリーの人以外は搭乗出来ないようにし、出国・入国時には綿密な検査・調査も行われた。

 

 都市部からは感染の恐れがあるとして退去が進みゴーストタウン化。所謂田舎を求める人が闇ブローカーの詐欺に引っかかるなどの悪循環が生まれ、経済・治安は破綻していた。

 ワクチンの開発や積極的な接種によって終息に向かったが、当時の先進国を中心に経済や政治の破綻が酷く、新型肺炎の残した爪痕は大きいものだった。


 そんな中で、世界的救世主とも言われる「キッド社」が新型アンドロイドを発売した際は世界の注目を集めた。

 キッド社が所有するホールに、記者が集まる。肺炎の流行でマスクをするのが文化となったことが映像を見てもわかる。全員、CEOであるプレム・ファティマを待っていた。


 キッド社はプレムが起業したIT企業。

 流行前はインターネットを利用したCtoCサービスを運営していたが、新型肺炎の感染者を判別する機械を開発・発表したところから営業利益を伸ばした。

 インターネット利用者の激減によって、デジタル製品の開発に注力。その後キッド社は体調管理に特化した新型のウェアラブル端末「フィンデン」の発売で急速なシェアを獲得、一気に世界的な企業へ進化した。救世主と呼ばれる所以はウェアラブル端末の普及で体調に異変が生じた際の予防が広まったからと言われている。

 

 プレムが登壇すると招待された記者や関係者が盛大な拍手を送る。ライトアップされたプレムはスーツ姿でマスクをしていない。


「今日はここキッド社にお集まりいただき、ありがとうございます。イベントの開催を今日にした理由は、WHOやアメリカが新型肺炎流行で緊急事態声明を発令してから10年が経ったからです。私達の開発したフィンデンを始め、判別機の普及により、多くの人々の生命が救われ、ワクチンの接種によって終息を迎えました。


 ただ、今の世界は経済、政治、治安、全てが破綻していると言っても過言ではありません。アメリカはニューヨーク、ロサンゼルス、ダラスはゴーストタウン化。イギリス・ロンドンは低所得層と高所得層との対立によって毎日、デモ行動や破壊活動が行われています。


 私達キッド社はこの事態を終わらせるべく、新たな生命を発表します。

 アンドロイドの『メネスカー』です」


 ステージ上では白い人の形をした「物体」が現れた。筆者はその時、口を開けて、あれはなにかを必死に考えていた。


「皆さん、ご安心ください。今ここにいるのはマネキンです。ただのジョーク。現在普及しているアンドロイドは『不気味な谷』が最大の問題です。

 みなさんご存知でしょうが、人間に寄せれば寄せるほど我々は彼らのことを気味悪がりコミュニティから追い出したくなる。勉強をすると言われても一向に人間らしい会話をしない、動きもロボットそのもの。

 賢いけど、賢くない。このマネキンのように物体と認知する。我々が望んでいるのはこの世界を一緒に変えてくれるアンドロイド、一緒に構築し直すアンドロイドです」


 アンドロイドの普及は今始まった話ではなく、たくさんの企業が無責任に乱発し、撤退した歴史を持つ。どれも、普及はしないし、人間とのパートナーとはなり得なかった。


「これまでの彼らには多くの問題がありました。バッテリー交換が必要だ、ただ開発した会社は撤退をしている。故障した、新型を買いたい。記憶を移したい、互換性が無い。

 我々、キッド社はこれら全てを解決しました。それが彼ら『メネスカー』です」


 ステージの袖に手を差し出したプレムの顔にはこれからのプロジェクトが成功することを確信している、そんな気がした。

 

 ステージに現れたのは二人の男女。自分よりも若く見え、20歳前後に見えた。このときはスタッフが現れたと思っていたが違った。


「皆さん、この二人がメネスカーです。人間ではないのか?そう思われるのも無理ありません。

 登場するまでの間、動きは人間そのものです。ロボットらしいところなど一切ない。不気味の谷を解決する、根本的なところ。

 それは骨格です。今までのアンドロイドはただのロボットとして製造されてきました。そのため、体の基礎となる骨格は単なる繋ぎ合わせ、動きはぎこちなく人間に近いとは思えない」


 プレムのプレゼンを聞きながら、二人を見ていたが人間だと言われても信じてしまうほど違和感が無かった。男の方はとても力がありそうで、女性の方は知性的でもある。二人共特徴を持っている。それも作られたものではなく、自然に生み出された特徴に思える。


「次のポイントは皮膚です。皮膚は人工皮膚を使っていますが、メネスカー専門で開発を進めました。これで外見では簡単に判断は出来ません。

 そして最後のポイントは人工知能の再構築です。今までの人工知能は指令を受けて行動というパターンが多かった中で、メネスカーは自己活動が可能です。会話も成り立ちます。経験はありませんか?

 会話をしていても、所々違和感がある。読み方もイントネーションも違うし、単語ずつで話しているだけ。しかし、このメネスカーに搭載される知能は過去に類を見ないほどの進化を遂げています。そして最後、メネスカーはアンドロイドではありますが、同じ物は何一つ無い。これから生まれてくるメネスカーを含め、全て違う。ニンゲンと同じです」


 言葉のボキャブラリーが無いと思われてもしょうがないが、このとき筆者は「世界を変えるかもしれない」と強く思った。

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