第14話 冥界の門

 ステージ裏の楽屋のような部屋へ案内された魁達は、少し待たされた後部屋に通される。

 中にはヤギの頭を被ったマホメドがいた。

「やはり、君だったか。本来、証を一つ買ったくらいでは謁見などしないのだが、変異種を倒した事があると聞いてもしやと思ってね」

 あの時の変異種は知り合いなのか? との問いには特に誰も答えない。

 優美とサクラはヤギ頭の不気味な姿に怯えるように後ろに隠れた。

「私も敵とは言え、多くの変異種を殺めました。友人も変異種になり、戦い、そして彼も犠牲になりました。しかし燐花さんは私の友人の知り合いです。危険な目に遭わせたくはないのです」

 ほほう、そういう事なら――とマホメドは付き人に合図をする。

 付き人はすぐにキャンディーを持った小さな女の子を連れてきた。

「燐花さん!」

 良かった、と安堵する魁を冷ややかに見据え、

「なに? 何か用?」

 とキャンディーを舐める。

「誠司さんが心配していますよ。一緒に帰りましょう」

「はあ? 何言ってんの? アイツわたしの保護者じゃないし。わたしの保護者この人」

 とマホメドを指す。

「察しの通り私の目的はビジネスだ。さっきのはただのパフォーマンス。茶番だ。燐花は私の教えた通りに動いただけだ」

 変異種と超常的な現象を見せ、人々に不安と希望を植え付けた上で金を巻き上げる。

 実際にはシェルターなど存在しないし、証を買った所で救われる事はない。

 だが詐欺ではない、証が既定の数に達しなければ救われない事は説明してあると言う。

 マスクであるヤギ顔からはその表情は読めないが、声からは嘲笑が感じられた。

「ま、ヘタに神だとか悪魔だとかいう奴よりはサッパリしてるな。気に入らない事に違いはないが」

「その通り。養女である燐花を金儲けに利用した所で、他人にとやかく言われる筋合いはない」

 文句があるなら警察に行けばいい、としれっと言うマホメドに、真一がおずおずと質問する。

「その……燐花さんが消えたのは……、マジックなんですか? あんな大勢の目の前で」

 あの後、何人もが燐花の消えた場所に何か仕掛けがないかと調べていた。

 だが誰もその痕跡を見つけられないようだった。

「なかなかに賢しい坊主だな。あれこそ世界の終焉に向けての力だよ」

 ビジネスはインチキだが、終焉が来るのは本当だと言う。

「変異種は本来存在してはならないものだ。そこには歪みがある。歪みを起こす事が出来る。大地に脈づく巨大な円にその歪みを重ねる事で、超常的な力を持ったシェルターを作るのだ」

 その為に変異種をさらっている。

 要するに変異種を人柱に儀式を行うという事だ。

 本当そんな事ができるのか、とも思うが、この連中ならただ生贄にする為だけに儀式を取りおこなっても不思議ではない。

「これは人類の未来の為だ。君も変異種と戦った事があるというのなら。変異種を捕獲するのに使えるだろう。どうだね? 人類の未来に貢献してみないか? そうすれば証を差し上げよう」

「お断りします。そんな事に変異種を利用するなど……。燐花さんも、晴美さんも連れて帰ります」

「交渉決裂かね」

 魁と蟇目は実力行使でもと言わんばかりに前に出るが、部屋にいる付き人は部屋の隅に下がる。

 てっきり変異種に護衛をさせていると思っていた魁達は少し訝しんで動きを止める。

「察しの通り彼は変異種だよ。だが私の護衛ではない。私が彼らを守っている」

「その……お盆に乗っている物が秘密ですか?」

 セミナーの時にも持っていた、メロンパンのような物を真一は指す。

「その通り。これこそが超常的な力の源。この世でもっとも偉大な頭脳を持った者の『脳』だ」

「まさか……。アインシュタインの脳!?」

 マホメドはそれには答えず続ける。

「これを奪えば何とかなる、と考えているのなら愚かな事だ。なぜあっさり部屋に通したか。なぜあっさり秘密を教えたのか。それを考えれば分かるはずだ」

 その瞬間、魁達の視界がぐにゃりと曲がる。

 ぐらりと目がくらんだようにふらついたが、視界が戻った時には全員外に立っていた。

 皆キョロキョロと見まわし、セミナー会場前の広場いる事を理解する。

「戻りましょう。今ならまだ間に合うかも」

 無駄ですよ、と真一が冷静に言う。

「彼なら言うでしょう。『なぜ、生かして帰したのか』を考えれば分かると」

 魁は立ち尽くす。

 追われても捕まらないから、そのまま帰しても脅威にはならないからという事だ。

 実際、マホメドの技に対抗する方法は無い。

 次も無事で済むかどうかは分からない。

 魁は唇をかんだ。

「まさかお前。このまま諦めるつもりじゃないよな」

 蟇目が怒りを押し殺したように言う。コケにされたのが、かなり腹に据えかねた様子だ。

「そうですよ。実際にさらわれた人たちがいるんです。シノブシはそういう時に動き出すもんでしょう?」

 シノブシというのは、普段正体を隠し有事には技を振るう「忍び武士」から真一と優美が名付けたものだ。

「今度も僕達で塞ぎましょう!」

 今度も? という顔をする一堂に、

「ハーデス・ゲート。要するに『冥界の門』の事ですよ」

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