第6話 策に溺れる若輩者

 バラの花は束にした数で意味が変わるらしい。


「重っ」

「君は情緒も何もないんだね」

「いや、だって、これ、重」


 数えきれないくらいの本数が束ねられたピンク色のバラが贈られて、わたしは感動するより先にその重量に根を上げてしまった。

 それなりのホテルのセミスイート。今日はわたしの誕生日だった。プレゼントはバラの花束がいいです、なんて言ったらおかしそうに笑われてしまったし、実際受け取ってみるとこんなにも重たい。


「こんなにたくさん束ねるなんて聞いてないです!」

「百八本あるよ」

「……煩悩の数ですね」

「いや、違うね」

「じゃあ何の数です?」


 わたしは正しいと思ってそう言ったのにあっさり否定され、きょとんとして聞き返す。


「まず、バラの花束は束ねた数で意味合いが変わる」

「はあ、そうなんですか」

「一本は、一目惚れ。三本は、告白。七本は、密かな愛。十一本は、最愛。九十九本は、永遠の愛」

「お詳しいんですね……それで、百八本は?」

「あとで自分で調べられたらご褒美をあげよう」

「えー!?」


 お預けなのか。あとで、部長が寝たあとスマホでこっそり調べよう。

 ところで、バラの花束言葉の前に、まず、と前置きしたということは、百八にはほかにも意味があるはずだ。


「ほかに、百八本であることに何か意味があるんですか?」

「ああ、これはまったくの偶然なんだけど」

「はい」

「君と泊まったラブホテルの部屋番号」

「……あ……そうなんです、か……」


 全然、部屋番号など意識もしていなかった。大人の余裕って恐ろしいな。

 それから、と部長が少し気まずそうに視線を逸らした。


「?」

「今更蒸し返すのも何だが、あの夜」

「はあ」

「僕と君は、何もしてない」

「…………はあ?」


 いったい何をのたまっているのか意味が分からない。だって、部長は妊娠のことを気にしていたじゃないか……。


「君、寝るときは全裸派なんだろうだね」

「……はあ、ご明察です……」

「僕もそうなんだけど、たぶんあんな状況になってしまっていたのはそのせいだね」


 ちょっと待ってくれ、いったい何を言っているんだ。だって、記憶にはないが朝起きたらふたりで全裸でホテルのベッドに寝ていて何もいたしていないなんて、そんなことがあるのだろうか、いやない。


「僕は泥酔しても記憶を失くすたちじゃない」

「……」

「起きた時点で、未遂だったことは僕にはもう分かってた」

「……ちょっと待ってください」


 思わず、話の途中で待ったをかける。ちょっと待ってくれ、あの朝にそのことがすでに分かっていたなら。


「じゃあなんで、責任取るとか妊娠のこととか言ってきたんですか!?」

「慌てている君があまりにも可愛かったもので」


 わたしの怒鳴り声にけろりとそんなことを返した部長は、にこりと微笑んだ。


「いやはや、娘くらいの年齢の子なんて食指が動くはずないと思っていたけど、人って分からないものだな」


 もう何の言葉も出てこない。つまりわたしは、騙されて部長のてのひらで転がされて踊らされた上でしっかり、まんまと彼の策略に溺れてしまったわけである。


「部長はとっても意地悪ですね!」

「……僕が意地悪に見えるならそれは君のせいだ」

「責任転嫁はやめてください!」


 悔しくなって怒鳴り散らすと、部長はそれを軽くキスで黙らせてしまった。いきなり唇に押し当てられた温度に、もっともっと悔しくなる。小さく、意地悪、と呟くと、部長は穏やかに笑い、静かにわたしの手を取ってベッドに誘導する。


「さて。百八本のバラも渡したことだし」

「……」

「きちんと、君との夜をやり直そう」

「……」


 優しく腰に手を回されてしまえば、わたしがどんなに憎まれ口を叩いたって部長の胸をぶったって、何の抵抗にもならないのだった。

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