第23話 探索(吉行 ユリ・浅海 卓志)

 私とタクちゃんは二人で探索することになった。他の探索メンバーは一人で行動しているみたいだし、やっぱりデスゲーム参加者は肝の据わり方が違う。私だったら、こんなところ絶対一人じゃ探索したくない。第一、私方向音痴だし。


 タクちゃんが鋭い石を拾って、それを使って木になにか掘っている。


「なにしているのタクちゃん」


「木に目印を付けている。探索済みであることを知らせるために付けているんだ。それと万一森で迷った時のために、印を辿れば拠点に戻れるようになるからな」


「なるほど。タクちゃんでもやっぱり目印なきゃ迷っちゃう感じなの?」


「万一と言っただろ。俺がそんな間抜けに見えるか?」


「ごめん」


 ちょっと怒らせちゃったみたい。


「でも、タクちゃんが私と普通に話してくれて良かったよ」


 私が何気なしに言った言葉。それを聞いたタクちゃんの体がピタリと止まった。


「タクちゃんってさ、中学三年の受験期の頃から私を避けてたでしょ?」


「ん? ああ。そうだったな。俺は受験のためにユリと遊ぶ時間が取れなかったんだ」


「でも、受験が終わった後なら話しかけてくれても良かったのに。入試が終わった後も私のこと避けてなかった?」


 ポキっと枝が折れる音がした。タクちゃんが目の前の木の枝を折ったのだ。


「い、いや。避けてたつもりはなかったんだ。すまない」


 タクちゃんの様子がどこかおかしいな。なんかこの話題に触れて欲しくないみたい。それは比較的空気の読めない私でも感じ取ることができた。


 高校に行ってからもタクちゃんは連絡をくれなかった。それどころか私が連絡をしても既読すらつかない状況だった。エリート高校に入学したタクちゃんのことだから、勉強が忙しいのかなってずっと思ってたけど。タクちゃんが凄い大学に入ったのも風の噂で聞いた話だし、どうして私にはなにも言ってくれなかったんだろう。


「ユリ……すまない」


「え?」


「俺はユリをデスゲームやその禍根に巻き込みたくなかった。俺もこの界隈では多くの人間の死に関わってきた。俺を恨んでいる人間なんて両手の指じゃ数えきれないくらいいるだろう」


 タクちゃんは歩きながら、淡々と語ってくれた。私をデスゲームに巻き込みたくなかった。その言葉が聞けて私は嬉しかった。私はタクちゃんに嫌われているわけではなかったんだ。


 私は、中学を卒業してからずっとタクちゃんに会えなくて、寂しい思いをしてきた。昔から仲のいい幼馴染だったのに、それが突然なんの別れの挨拶もないまま、ずっと会えなくて……タクちゃんは同窓会にも来なかったし、もう二度と会えないんじゃないかと思ってた。


 こんな形だけれど、私はタクちゃんと再会できて良かったと思う。デスゲームという舞台でなければもっと良かったんだけどね。


「俺が最初にやったデスゲーム。それは、高校の入試を受けた帰りだった。俺は謎の組織に拉致されて……うっ」


 その時だった。タクちゃんが目を見開いて、口を押えてしゃがみこんだ。


「タクちゃん! 大丈夫?」


 私は慌ててタクちゃんに駆け寄った。タクちゃんの顔色が明らかに良くない。私、タクちゃんのこんな表情見たことない。タクちゃんはいつも冷静で、頼りになって、頭が良くて、そんな存在なのにこんなに狼狽うろたえている表情を見せるなんて。


 私は初めてみるタクちゃんの表情になにをしていいのかわからなかった。長年一緒にいたのに私には見せたことがなかった顔。幼馴染だからタクちゃんのことをわかっているつもりだったけれど、私はなにもわかってなかった。そのことを思い知らされた一瞬だった。


「あ、ああ。すまない。ユリ。やはり、俺はあのデスゲームのことをまだ……」


 こんなに思い詰めた表情のタクちゃんは見たことがない。きっと最初のデスゲーム。それがタクちゃんにある種のトラウマを植え付けているんだ。


 無理もない。デスゲームといえば死人が出る物だ。純粋な中学生がその現場に居合わせたら、一生モノのトラウマになるに決まっている。大学生の私だって、宮下さんの首が吹き飛んだ瞬間や死神が銃で自殺した時の様子はトラウマになりそうなくらい衝撃的だった。


 実際にまだ死人が出てない状況でさえこれなんだ。死人が出たと思うと、きっともっと辛い目にあうだろう。


「ユリ。目の前になにかある」


 先程までの死にそうな表情だったタクちゃんとは打って変わっていつものタクちゃんの表情に戻った。木陰の向こうにうっすらとなにか銀色のなにかが見えた。


「なんだろうアレ」


「ユリ。俺が様子を見てくる。大丈夫そうなら合図を送る」


「うん。わかった」


 タクちゃんは木の隙間を縫うようにして進んだ。そして、しばらくした後に


「ユリ。大丈夫だ。来てみろ」


 そう声が聞こえたので、私もタクちゃんの後を追った。


 私が見た光景は飛行機らしきものの残骸だった。機体がところどころ損傷していて、焦げた後も残っている。ここに墜落して炎上でもしたのだろうか。


「残念ながら機体が損傷して飛べそうもないな。もしも、これが完全な状態で残っていたら、俺がこの飛行機に変身して空を自由に飛べたんだけどな」


 タクちゃんは飛行機をコンコンと叩いた。


「タクちゃん。この飛行機なにか手がかりがあるかもしれない。私の能力でこの飛行機の記憶を覗いてみてもいい?」


「ん? ああ。触った感じ特に危険なものではないな。ユリが触っても多分大丈夫だろう」


 私は飛行機に触れた。この飛行機がいつ、どのように墜落したものなのか。それによってなにか手がかりがあるのか。それが知りたかった。


 飛行機に触れる。すると、私の頭の中に飛行機の記憶が流れ込んできた。



 ここは操縦席? 操縦士たちが見える。へー飛行機のコックピットってこうなっているんだ。


「機長! 操縦が効きません」


「チッ。ダメだ。無線もやられている。管制にも連絡が取れない」


(この機体に操縦している人たちが慌ててる。仕方ないよ。だって僕はもう動かないだもの。この森は特殊な電磁波が出ていてその影響で精密機器を狂わせる。僕が悪いんじゃない)


 この声は飛行機の声? 特殊な電磁波ってなんだろう。私たちのタブレット端末は問題なく使えていたから、あんまり関係ないかも。


「く……ダメだ。このままでは墜落するぞ」


「乗客たちがパニックになってます。機長! どうしますか」


「やむを得ん。緊急用のパラシュートを使って脱出する他ない」


 お、乗客のいるフロアの映像に移った。乗客一人一人の顔が見える。


 ん? 見たことある顔写真の子がいる。あの子は確か”木梨 通輝”高所恐怖症の子だったっけ?


 そうか。この事件が切っ掛けで高所恐怖症になっちゃったんだ。可哀相に。


「機長! 乗客の避難が間に合いません」


 大きな揺れが起きた。次の瞬間、私は能力をすぐに解除した。



「あ……はあー……はあー……」


 見てはいけないものを見てしまった。どうしよう。心臓のバクバクが止まらない。


「ユリ! どうした!」


「タクちゃん……私、見ちゃった……人が……人がいっぱい死ぬところを……多分、生き残ったのはたった一人だと思う。木梨 通輝って子。その子がこの飛行機に乗ってた。それ以外は多分この飛行機の中で死んでいる」


 私はありのまま起こったことを話した。怖い。彼らは本当の人間ではない。NPCだ。でも、偽物の人間とはいえ、私は人が死ぬところを見てしまった。とてもリアルに精巧につくられた人間がぐちゃぐちゃになって死ぬ様を。


「そうか。すまない。嫌な記憶を見せてしまって。その木梨ってやつはまだこの飛行機にいるかもしれない。否、十中八九いないだろうな。でも、なにか手がかりがあるかもしれない。俺が中の様子を見て来る」


「え? タクちゃん。危ないよ。それに、中にいっぱい人が死んでるんだよ」


「危険でも行くしかない。死体も見慣れてるしな……」


 そう言うタクちゃんの顔はどこか寂し気だった。今まで幼馴染の私にすら弱みを見せてこなかったタクちゃんの弱いところが今見えた気がする。


「気を付けてね……」


 私にはそれしか言う言葉は見つからなかった。

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