第28節 -今を生きる者の選択-

 朝食後、準備を整えた一行は再び島の中心部へと向かっていた。イベリスの言う ”あるもの” を受け取りに行くために。昨日の調査と同じように四人はバランススクーターに乗り、物資運搬用のドローンを一機ほど随伴させての行動だ。先日の調査により道筋は完璧に記録が取られている為より早く現地へ到達できるだろう。

 道中で星の城がある城塞跡が見えてくる。投石機による石の雨に打たれて城の上部は崩れかかっている。千年前、この城も中にいたであろう人も共に焼かれ、王家の人間やそこで仕えていた人々が亡くなった。記憶の奔流で見た景色を玲那斗は思い出し、同じ歴史は繰り返さないというイベリスへの誓いを改めて胸に刻む。

 城塞跡の近くから森へ抜ける道を通り、一行は真っすぐと目的地へと向かう。あの時、広場には中央の石碑以外には何も無かったが、今日は違うのだろうか。しかし彼女の言葉を信じて行く事が今は何よりも問題解決への近道であることは確かだ。行って確かめなければならない。そこに何があったとしても受け止めなければならない。そして一行はいよいよ島中央部の広場に到着した。


 全員がバランススクーターを降り、広場の中へゆっくりと再度足を踏み入れる。

「いよいよですね。雰囲気は昨日と変わりなく、とても静かでやはりこの場所は異世界のように感じます。」フロリアンが第一声を上げる。

「ここからは玲那斗、お前さんが先頭を歩いた方が良い。俺達はその後ろを付いて行こう。」ブライアンの指示により玲那斗が先頭を歩きだす。四人は、まずは中央の石碑まで歩いた。

「向こうの空地へ行く前にもう一度石碑を確かめます。」玲那斗は石碑に書かれた文章は彼女の意思によって書かれているのではないかと思ったのだ。

 それは特にイベリスから何か言われたわけではない。王であるレナトの直感なのか、自身の直感かは定かではないが、彼女が何か伝えたい事を残すならここに記すはずだと確信していた。


 石碑の前まで来た時、玲那斗は自身の予感が的中していた事を悟る。

「ルーカス、この石碑の文字をもう一度ヘルメスでスキャンしてくれないか。」

「もちろん構わないが、昨日解析した文書はデータベースに保存されているから同じものを読み取っても…」玲那斗の頼みに対して、ルーカスがそこまで言葉を言いかけた時、フロリアンが異変に気付いた様子で言った。

「いえ、この石碑の文字は昨日と変わっています。おそらく全く違う内容です。」

「何だって?分かった。すぐに解析をしてみよう。」フロリアンの指摘を受けてルーカスはすぐに解析に取り掛かった。手元の端末を石碑にかざしスキャンを開始する。


― データスキャン プロヴィデンスよりライブラリ参照

― 該当言語を検索中…

― 言語の特定を完了しました

― 精査 … 翻訳を開始します


 昨日と同じようにヘルメスから無機質な音声が響く。


― データ補正 翻訳完了 ファイルを表示します


 石碑の前にホログラムで翻訳された文章が浮かび上がる。


“ 誓いをもってここに立つ者達は 私が信じた光である ”

“ 千年を照らし見た者達よ 心に留め置くが良い ”

“ 貴方がたの道は 全て可能性である ”

“ その道行きを間違えてはならない ”

“ 私はただ願う その先に多くの幸福が溢れん事を ”


「こんなことがあるのか。昨日とは何もかもが違う。これがあの少女が伝えたかったことなのか。」ブライアンが声を上げる。

「昨日、夢の中で彼女にこの地を再び災禍で穢すことが無いよう、多くの人々が笑って過ごせる場所にしてほしいとお願いされました。きっとこれが彼女から託されたメッセージです。後は我々今を生きる者の手にこの地の未来を委ねるという意思の表れかもしれません。」玲那斗が自身の意見を交えてブライアンに説明する。続けて自らの言葉を確かめるように話を続けた。

「そう、これはきっと俺一人ではなく、今を生きる人々全てに対する願いが込められている。彼女は地獄を見た。昨日夢の中で俺もそれを見た。赤黒く燃える炎が全てを消し去っていく。あの景色は誰が何と言おうと地獄そのものだ。彼女は自らの命が尽きるその瞬間までそこにいて、最後に見たものはその景色に他ならない。そもそも彼女には最初から一切の咎は無い。ただ生まれて、生きて、愛した人と添い遂げたいと願った一人の少女。そんな最期を迎えたならば本来なら人を呪い、世界を呪ってもおかしくはない。けれど彼女は誰も憎まなかった。恨むこともなくただ祈った。」


 続けてそう言うと空地の方角へ歩き始めた。三人もこれに付いて行く。

 静かな時が流れる。静寂。自分たちの歩いている音すら聞こえないほどの静けさ。世界から切り離された空間にいるようだ。耳鳴りを感じるような静けさがそこにはあった。

 風の音も、草木のさざめきも、波の音も遥か遠く。ここには何も無い。まるで時間そのものが停止しているようにすら感じられた。そして玲那斗たちは広場の奥にある空地へと足を踏み入れた。奥に石造りの台座が見える。昨日もあったのだろうか。気づかなかっただけなのかはわからないが、その台座の上に光り輝くものが見える。


「イベリスは自身が美しいと思った世界を信じた。あの日、新しく君主になるはずだった人間が島を出た後からずっと、彼女は次期王妃としてこの島を一人きりで千年もの間守り続けた。自身の祈りが届くその日まで、この地が誰の手にも渡ることがないように。同じ歴史が繰り返されて誰に穢されることもないように。ただ一人きりで。人と時代を待ち続けた。」

 台座に近付くとそこには淡く輝く青白い光に包まれた石があった。玲那斗が持つ石と対の紋章が描かれた石だ。リナリア公国の国章。間違いなくイベリスが身に着けていた石そのものだった。

「その少女は玲那斗を自身の恋人の生まれ変わりだと言ったそうだな。お前さんにその自覚はあるのか?彼女が背負ってきたものはとても重いぞ。目の前にある石を手に取るという事は、彼女の想いと共にその責任の重さも引き受けるという事だ。」ブライアンが玲那斗に問う。

「正直、今でも私と彼女の言う彼が同一だという実感は湧きません。彼女は確かに私と彼が同じだと言いましたが、私はただ生まれたその時から自分自身として生きてきました。私自身として生きてきた記憶は紛れもなく私の記憶ですし、私は今でも私のままです。ただ、昨日見た夢の中で彼の記憶の奔流が私の中に流れてきて、それは過去を生きた人間が見た真実の記憶だと確信できるものがありました。彼が伝えたかった言葉が沸き上がってきて、それを彼女に伝えた。具体的に言葉で言い表すことは難しいのですが、彼の記憶や想いを感じ取ることが出来る以上、私は確実に彼の血を継いでいる人間と言うことなのでしょう。だからこそ、この体がそれを覚えていて、彼女の存在を誰よりも感じる事が出来た。彼女の求める答えが私の中にあった以上、私はそれを受け止めたいと思います。それがどれほど重たいものであっても。」


 そう言い切ると玲那斗は台座に置かれた石を手に取った。その時、あの花の甘い香りが周囲に漂った気がした。止まった時間が動き始めるように穏やかな風が吹き抜ける。草木が揺れる。自然が囁くように音を立て始める。太陽の光が眩しく感じ一瞬目が眩んだ。新しく時を刻み始めるように、空間を包み込んでいた静寂のベールは剥がれ、辺り一面に広がる景色一変させた。


 遠くで海鳥の鳴き声が聞こえる。イベリスがこの島を守り抜くために作り出した幻の箱庭は消え去り、リナリア島は今この瞬間、千年に及ぶ呪縛から解き放たれ、ゆっくりと鼓動をし始めたのだ。

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