2-4 運命の朝

 オレには知りたいことがある。

 ある日、オレはエクセリオに訊ねた。

「なぁ、お前、どうしていつも笑っているんだ?」

 あの日。エクセリオがはじめて村に来たあの日。彼は両親の遺骨を抱えてやってきた。

 両親を殺され、悲しくないはずがないのに、それでも笑っていたエクセリオ。無邪気に無垢に、天真爛漫に笑っていたエクセリオ。その言葉にオレは確かに傷つけられたが、悲しいことがあったというのにこの笑顔は、この無邪気さは、なんだ。オレはそれが不可解でならない。

 するとエクセリオはその顔を一瞬だけ曇らせた後、無理に笑っているような笑顔を作った。

「父さんも母さんも、ずっとずっと笑顔でいなさいって僕に言ったんだ」

 自分が死ぬ間際も、ずっと、とエクセリオは呟いた。

「だから僕は笑顔でいるんだよ。無垢で無邪気で、素直でいるんだよ。でも本当は僕、すごく悲しい。悲しくて悲しくて胸が張り裂けそう。でも、父さんが母さんが、『笑顔でいなさい』って僕に言ったんだ。だから僕は笑うよ、悲しくても、辛くても、ずっと。そうしないと、壊れちゃうから」

 オレは、エクセリオの抱えた闇を知った。

 エクセリオが両親の死を忘れて笑っているだって? とんでもない。両親の死という出来事は幼いエクセリオの心に非常に大きな傷を残し、エクセリオは笑うということでしか、自分を守ることができなくなっていたのだ。笑顔の、意味。エクセリオの笑顔の、意味。それにはそんな狂気じみた闇が隠されていたなんて。

 迂闊だった、とオレは思った。こんなこと、聞くんじゃなかった。

 親友なのか敵なのか、いまだよくわからないエクセリオ。それでも、知らない方が良いこともある。

 笑うエクセリオ。しかし真実を知ったあと、オレにはその姿が非常に痛ましいものであるように感じた。見ていられなくなって顔をそむけたオレを、不思議そうなエクセリオの声が追いかける。

「どうしたの、メルジア。僕は平気だよ! 笑顔でいれば、悲しいこともつらいことも、忘れられるんだから!」

 天真爛漫に、この世の悲しみを知らないかのように笑う、エクセリオ。

 それを見ているのが、オレは悲しかった。


  ◇


 それから数年、時が経った。身体の弱いエクセリオは相変わらず病気ばかりしたが、彼の操る幻影の力は、どんな時でも衰えを見せなかった。寧ろ日ごとに強くなっていく気さえした。

 そして、ついに「運命の日」が訪れた。

オレがエクセリオに初めて出会って三年後。エクセリオの十歳の誕生日がやって来た。


 十歳。それは人の身に余る力を持つ者が「神憑き」であるかを判定する歳だ。十歳になる前に力が消えていればその子は「過去の神童」で終わる。それは一時期持てはやされるものの、いずれは消える名声だ、栄光だ。そういった子がそのまま大人になった場合、一種の昔話として語られる程度の現象。それ自体も珍しいことには珍しいが、「神憑き」の比ではない。

 「神憑き」は才能が長く維持される代わりに歩む道は修羅の道。どう足掻いても「神憑き」の子は二十歳まで生きられない。二十歳になる前に病か事故か、はたまた殺されるか。何らかの原因で必ず死んでしまう。そうなるように天が采配しているかのように、絶対に死ぬのだ。

 エクセリオの才能はどう見ても人の身に余る力。だから彼は「過去の神童」か「神憑き」のどちらかになるのだが、果たして。

 彼が十歳を迎えた夜、皆の前で、その才能が残っているかが測られた。


「エクセリオ・アシェラリム」

 族長さまの声が、アシェラルの儀式場にしんしんと響く。

 これまでの歴史を紐解いてみるに、アシェラルに「神憑き」が誕生した試しはない。

 エクセリオがその日に生まれたことはわかってはいるが、具体的にどの時間に生まれたかまでは不明である。そのため「神憑き」判定の儀式はその日をまたいだ深夜、行われた。

「力を、見せよ」

 もしもエクセリオが「神憑き」ならば、見せられる力も何もあったものではないだろう。そして今この場所で嘘をつく理由もない。

 エクセリオは頷いて、いつもやるようにして両手を広げた。その幼い顔が緊張で固まる。

「行くよ……」

 オレも緊張した。願わくは、彼が「神憑き」ではあらんことをと。


 しかし、

 虫の予感は、

 本物だった。


「……僕って」

 呆然とした顔で呟いた、金色の少年。

 彼が軽く腕を振ったとき、現れたのは変わらぬ幻影。

 エクセリオが選んだ幻は、自分自身。彼の目の前には彼そっくりな幻影が立っていた。

「……動いて。僕に触って」

 震える声で命じれば、その幻影はエクセリオに触れた。


 


 すり抜けずに。しっかりとした質感を持って!

「判定! エクセリオ・アシェラリムは『神憑き』である!」

 族長さまの声が遠く聞こえた。オレはそれから続く言葉を聞き取ることが出来なかった。

 嘘だろう、あり得ない。オレの頭は現実を受け入れることを拒否するが、どこかで「やっぱりな」と思っている自分がいた。あいつの才能、溢れんばかりのその才能! やっぱりな、あいつは「神憑き」だったんだ!

 これで全てが決まった。エクセリオはオレより優れたアシェラルだ。で、このアルペの村は実力主義だ。オレは間もなく落とされるだろう。――堕とされる、だろう。

 心の中に絶望が広がっていくのを感じたがどうしようもない。親しく付き合ってくれ、オレを「救世主メサイア」と呼ばずに素直に「メルジア」と呼んでくれたエクセリオ。それは確かに嬉しかったが、この瞬間、何かが決定的に変わった気がする。何かが決定的に壊れた気がする。

 一つ。エクセリオは十中八九、オレの居場所を奪っていくだろう。

 そして一つ。オレが「親友になるかもしれない」と僅かに期待した彼は必ず早死にする。

――なあ、エクセリオよ、錯綜の幻花よ。

 お前が「神憑き」でさえなかったら、全て丸く収まったのに、な。

 くも運命は残酷で、オレたち神ならぬ身は、それに翻弄されるしかないのか。

 なぁ、そうなのか? そうなるしかないのか? なぁ!

……誰か教えてくれよ。


  ◇

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