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 サーヤ達を無事見送り、後は王都へ帰還するだけ。


 リュミナリアとの国境までは馬で半日ほどかかることを考えると、今が昼過ぎだから、戻るのは夜が更ける頃になるでしょうね。



 ……さて、と。帰ったら領地に引きこもる算段を急いでつけなきゃ。


 自分が婚約者の座から降りたければ、代わりを見繕って引き合わせるまでが責任ってものだもの。まぁ、元々甘いルックスに惑わされた令嬢が数多いことは確かだし、王太子の地位持ちっていう添加剤もついたおかげで相手探しには苦労せずに済みそうね。それこそ湯水のように部屋の机の上に湧いているだろう絵姿の中からだって見つけられるわ。


 それに、よ? 今回、予期せぬ形で婚約者の鞍替えが行われたけれど、第二王子である彼にも婚約者はいるはずよね? 名前は聞いたことないけど、王族である以上数多く開かれている王室主宰の舞踏会やらの行事ごとにエスコートする女性は必須だもの。その女性に本来あるべきキドラクの婚約者という地位をお返しする方が正道ってものだと思うのよ。


 ……あぁ、もう。出遅れた感が半端ないんだけど。そもそもあのまま第一王子とあの娘が何も行動を起こさなければ私から身を引くという形で彼らを結び付けたのに。余計なことをしでかしてくれた上に、私の心友にまで手を出したって言うじゃない。魔術師とはいえ、女性の寝所に夜中忍び込ませて寝込みを襲わせるなんて、ほとほと愛想がつきたわ。

 

 話を聞いた時の事を思い出すだけでイライラしてくるから困ったものね。



 ここまで乗ってきた馬にもう一度乗るべく踵を返した。



「それじゃあ、まずはオルディア領からかな?」

「は?」



 まるで雲のように流れるまま、思いつくままに口にしたような一言に、私は足を止めて振り返った。



「視察、だよ」



 ニコニコと笑みを浮かべてさも当たり前だと言わんばかりに告げてくる。


 いやいや。これから帰ろうという時に何を言いだすのかこの男は。



 騎士団の人達を見ると、全く動じた様子もない。

 きっと彼らにとってヤツの突然の思いつきからの行動は日常茶飯事なんだろう。確かに戦場では臨機応変さが求められ、突発的な行動でも勝機があるのであれば褒められこそすれ、罵られることはない。その後多少はお小言を食らうかもしれないけれど。


 しかし、今は戦地でも戦中でもない。そのような時に勝手ばかりされるのは困ることだらけなんだけど。


 人間のよくできた非常に良い方達ばかりなことに、同じく振り回される者として頭が下がる。元々人が良い者達が騎士団入りして有能な人物になったのか、騎士団入りした有能な人物が人間性を良くせざるをえなかったのか。それは神のみぞ知るということにしておきたいところね。だって、もし後者なら人材が勿体ないもの。是非ともうちの領地で雇いたいわ。


 ともあれ、視察という仕事の邪魔をするつもりはない。軍部よりだった彼は政治の話には比較的関わらないようにしていたから、これからその地位を盤石なものにするためには大いに努力してもらわないと。



「じゃあ、私は先に王都に戻るから」



 さすがに一人で帰還すると周りの貴族達からの目など厄介なものがある。


 王太子の婚約者、ひいては王太子妃、果ては王妃の地位なら熨斗のしつけて差し上げると言いたいけれど、私自身が見くびられては父である宰相やこれから父に代わって領地を治めることになる弟までもが他家にあなどられてしまう。


 それは断じて避けなければいけない。


 騎士団から数名護衛を借り受けようと、顔馴染みの騎士を探した。


 ふと感じた視線を辿たどると、キドラクがまるで狐につままれたような顔でこちらを見ている。



「え? なんでそんな顔してるのよ。……なんで貴方と視察に行かなきゃいけないの?しかもまずはって、一体どれだけ回るつもりなのよ。ただでさえ帰りは夜中になるっていうのに」

「行きたくないの? オルディア領主の領地経営の手腕が直接生で見れるんだよ?」



 私の口から思いがけないことを聞いたとばかりに眉まで上げる始末だ。


 確かに、それは随分と魅力的。

 自領をより豊かにするためには、もっと色んな所領の政策を学んだ方がいい。それも実際に見て感じ取れるというのは経験的にも大きい。


 でも、それを実行するにはヤツと行動を共にする時間が少なくともあと一日は増える。


 行くべきか、行かざるべきか。



「……見たい、かも、だけど」

「はい、決まり。心配しなくても領主の館に泊まればいいし、父上達にも許可は取ってる」



 心配はそこじゃないし、なにより国王陛下達に許可を取ってる?



「……最初から完全な事後承諾を目論んでたってわけね」

「酷いな。君のその好奇心旺盛で探求心の強い性格を知ってるがゆえ、とでも言って欲しいね」



 これだから幼馴染みという関係性は面倒だ。


 キドラクは私が言外に承諾したのを当然のことのように受け、してやったりと笑みを深めた。




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