14(解決編)

 彼女のその一言で、完全に確信した。彼女は全てを知っている。

「大佛君、これは私の勘なんだけれど、山崎先生は時間を聞かれてこう答えたんじゃないかしら。『六時十分前よ』って」

「ああ、まさにその通りだ」

 柳沼を確実に狙うなら、六時前に仕掛けをセットするのが最適だ。なぜなら六時になれば、ほぼ確実に柳沼が扉を開ける。つまりそれは、他の人を巻き込む危険性が最も低い時間帯ということになる。

 鈴木さんにスマホを没収されたことで時間が分からなくなったこともあって、計画は延期すべきではないかと考えた。だからこそ、山崎先生の言葉は天の采配に聞こえたんだ。

「……もう言うまでもないだろうけれど、礼法室にいた私たちにも、山崎先生は『六時十分前よ』って言ったわ。そしてそれは五時五十分のことだった。でも多目的ホールで山崎先生が言ったのは……」

「六時十分前……つまり六時八分とか、九分とか、それくらいだったってことだよな」

 思えばあの時、山崎先生が何かに気付いたように笑っていたのは、別の時間を同じ言葉で表現していたことに気づいたせいだったのだろう。

「ええ、その通り。おまけに不幸なことに、中庭の時計も五時五十分で止まっていた。そのせいであなたは自分の勘違いに気付けなかった」

 本当になぜよりによって、五時五十分で時計が止まっていたのだろう。止まるにしても、それ以外の時間ならこんなことにはならなかったと言うのに……

「だが、クラスメイトの誰もが同じ勘違いをするものなのか? 別に皆が皆、時計を持っていなかったわけではないだろう?」

 秋捨警部の疑問は当然だろう。だが、その点については、僕も奸計を働かせてもらった。

「そういえば秋捨警部はご存じないですよね、スマホ狩りについては。私は礼法室を出てから多目的ホールに立ち寄った時に聞いたんですけれど……」

 そう前置きした上で、かいつまんでスマホ狩りについて話す。

「なるほど、だがそれでも、中には時計を持っていたやつもいるはずじゃ……」

「ええ、だから彼は率先して言ったんですよ、『そうだよな、皆』って。どれくらい計算づくだったかは分からないですけれどね」

「ん? それに一体どういう意味が?」

 不思議そうな顔をする秋捨警部のためにここは自分で答える。

「簡単なことですよ。自分のアリバイを皆のアリバイと一緒のものにしてしまったんです。そうすれば、僕のアリバイを否定することは、自分たちのアリバイを否定することになってしまう。柳沼っていう犯人役がいる状況で、しかも嘘をつくのではなく、黙っているだけでいいって言うんなら、皆さほどの抵抗も無く、無言のうちに協力してくれますよ」

 そういった意味では、秋捨警部が柳沼を犯人だと考えてくれていたのは非常に都合が良かった。

「むう……さほど時間がない中で、そこまで考えていたとは……」

 舌を巻く現役警部の姿が見られただけで、良しとすべきかもしれない。

「さて、残るは動機くらいかしら。まあ大体見当はつくけれど……あえて言う必要はないかしら」

「そのお気遣い、感謝させていただくよ」

「ただ一つだけ言わせてもらうなら、誰かを幸せにしたいと思ったなら、暴力に訴えるべきではないわね。もしかしたら、それしか手段がないときもあるかもしれない。けれど今はそのときではなかった。それに少なくとも、どんなときであっても、暴力は最善の手段ではないはずよ」

 そう語る彼女の顔が陰ったように見えた。彼女もそれを痛感するような何かを、以前に経験したことがあるのかもしれない。そして僕自身も……

「ああ、言われるまでもないさ。今日、これ以上ない形で痛感させられたからね……」

 守りたいと思った人を傷つけてしまったんだ、これ以上の教訓はないさ。

「お気遣いついでに一つ頼まれてくれるかな」

「何? ものによるけれど」

「泉に伝言を頼みたいんだ」

「泉って……泉宗司君のこと?」

「ああ、借りてたゲーム、暫く返せそうにないって」

「……分かったわ、伝えておく」

 その時、場違いな電子音が部屋に響いた。音は秋捨警部のポケットから聞こえてくる。

 慌てて電話をとった秋捨警部は、二、三言葉を交わすと、すぐに電話を切った。

「山崎碧さん、無事に意識を取り戻したそうだ。命に別状は無いらしい」

「そうですか、良かった……」

 高山さんのそんなかすかな呟きを耳に入れながら、僕はただ静かに涙した。

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