第36話 多田野忍は、ただの忍者

 多田野忍者が忍者になる唯一の方法。あいくる椎名がメイド教本を片手に言った。


「簡単だよーっ。勇者くんの奴隷になれば良いんだよ!」

「そうかっ、そんなに簡単なのか! おい、真坂野! 早く俺を奴隷にしろよ」

「なっ、何なのこのひと。自分から奴隷になりたいだなんて、変わってるわ……。」

「この部屋を通るのは、変わった方ばかりですよ!」

「俺、嫌だよーっ! 多田野、諦めて他当たってくれ!」


 だって多田野を奴隷にするってことは、多田野を抱き寄せなきゃならないんだから。

 そんなの、俺は嫌だ。けど、多田野は諦めてはくれなかった。


「真坂野、一生のお願いだ! この俺を奴隷にしてくれ」


 多田野はそう言うと、勢いよく土下座した。多田野のやつ、マジなんだ。

 でも、俺もマジで抱き寄せたくない。だから固辞して顔を上げるように促した。


「何ですか? 勇者様ったらお高くとまって!」

「そうよ。ルチアの言う通りよ! 奴隷にするのくらいどってことないじゃない!」

「勇者くん。私からもお願いするよーぅ!」


 女子はいつも、多田野の味方だ。俺を庇ってくれる女子なんて、誰もいない。

 俺は孤立してしまった。どうしよう。諦めた方がいいのか? それとも……。


「じゃあ、儀式のあと、3人とハグさせてくれる?」

「いいよ!」

「そんなの、頼まれればいつだってするわ!」

「そうよ、その通りよ!」


 そうなんだ。3人にとってハグって、大したことじゃないんだな。

 このときの俺は、そう思った。


 俺は、気を取り直して、抱き寄せた。多田野をね。多田野が俺を抱き寄せる。

 ちょっとキモいけど、ここは我慢、我慢。

 あとで3人を抱くことを思えばへっちゃらさ!

 これ以上の細かいことは、あえてここでは示さない。

 俺の言った3つの戒律は

『俺の方に用があるとき以外は、姿を消し全力で忍べ!』

『世のため人のため、俺のために生きてはたらき忍べ!』

『俺の女に手を出さないで忍べ!』。


 多田野はその全てに『ニン!』と答えた。

 役割が忍者になるにはこう返事をするのが決まりらしい。


 そして、多田野に2枚めのQRコード付きチケットが発券された。

 あいくる椎名がチートペンでそれに落書きをした。

 今度はちゃんと真黒になった。相当高い能力が期待できる。


「QRコードのドットは縦が26で横が21。私と同じみたいね!」

「それを全部塗り潰したってことは、もしかして……。」

「うん。多田野くん、忍者として最強だと思うよ」


 あいくる椎名が言うように、多田野の忍者としての能力は目を見張るものがあった。


「土木、隠密、剣術、敏捷、弓術! なかなか戦闘向きの能力項目だね」

「そうね。伝達も仲間が増えれば便利になるわよ!」

「あれれーっ! 炊事と交渉は、椎名と一緒だよーっ!」


 みんなそう言うと、どこからともなくニンニンという声がした。

 もうすでに姿は見えないけど。


「多田野、リアクションやめろよ、キモいから……。」


 忍者の多田野にとって、主人である俺の命令は絶対。

 そのせいか、しばらくはニンニンという天の声は聞こえなくなった。


 あいくる椎名と多田野。

 2人ともせっかく異世界に来たのに、俺の奴隷になった。


 けど、俺が一方的に縛りつけたというわけじゃない。

 むしろ2人とも望んでそうなっただけ。

 だから俺も、勇者として精一杯異世界生活を満喫しようと思う。


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