第8話 まさかの勇者は打ち間違い

 期限まであと4分。ATMの前に行くと、また誰かが使用中。仕方なく待つことにした。手持ち無沙汰だったから、例の雑誌を読んだ。そうしたら、特集①でさっきのペンみたいなのの説明が書いてあった。それによると、まず、それはペンで間違いない。そして、落書き専用。で、QRコードに自由に正確に書き加えられる。鉛筆やペンボールペンだと誤作動を起こす原因になってしまうんだけど、これを使えば必ず上手くいくってさ。まさかっ! でも、凄い! とはならんよ。どう考えても普通のペンじゃんか……。


 まさか俺、騙されたんじゃないの? そう思わずにはいられなかった。俺は一気にしらけてしまい、暇つぶしにと賢さんが渡してくれた財布を見た。そして今度こそ本当に驚いた。


「こんなにたくさん! すげー」


 俺が1度に手にした額としては、過去最高だった。全部で10万1000 円も入っていたんだもの。でもこれ、まずいよな。もし今度また賢さんに会うことがあったら、ちゃんと返そう。俺はそう心に誓った。


 ATMは、いよいよ俺の番になった。ふと時計に目をやると、支払い期限の1分前。もう余裕がない。俺は急いでATMを操作した。


「なになに? 備考欄に氏名・希望愛称・希望職業を入力してくださいだって」


 俺は、指示の通り『真坂野勇』と打ち込んだ。だけど、画面に表示されたのは、『真坂野勇者』だった。


(あれ? おかしいな)


 打ち直すことにしたそのときに俺のクセが出てしまった。良いとか悪いとかってんじゃないけど、スマホとかをいじるときのクセなんだ。それは、元々表示されている誤入力された文字列をそのままに、まず正しい文字列を入力すること。そのあとでわざわざ戻って、誤入力された文字列を消すというもの。このクセ、手間だから辞めたらって友達に揶揄われることもしばしば。特にあいつ、多田野の奴は人をバカにするようにツッコんでくる。むっ、あいつのことを思い出してしまい、嫌な気分だ! そのせいか、時間がなくって焦っているせいか、2度目の入力の際、俺は名字のかな変換に失敗してしまった。まぁ、よくあることなんだけどね。そんなこんなで今、備考欄はこうなっている。


『真坂野勇者まさかの勇者』


『者』が表示されているのは、断じて俺のミスじゃない。機械の誤作動によるもの。たしかに俺には、名前の最後に『者』を付けたいという願望はある。それを読むだけで叶えてくれるチート雑誌があったら、喉から手が出るほど欲しい。けどそれに失敗してしまい、代わりに俺が手にしたのは、『QRコードに落書きできるペン』。ひょっとすると、俺の願望が機械にのりうつってこうなったのか? それは分からない。けど、どうにも時間がない。ふと、時計を見ると期限まで残り10秒を切っている。もう備考欄の修正をする時間もない。俺は、急いで送信ボタンを押した。数秒後、無事に送信されたことが表示された。


(ふぅーっ。間に合ったぁー)


 気が付けば俺は汗だくになっていた。相当に気が張っていたんだろうな。

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