第36話:魔獣討伐のはずが

 さて、俺たちが向かった先はゼルジュラーダから東に進んだ先にある森だった。

 魔獣は魔族よりも数は多いが、動物よりは少ない。それでも比較的見つけやすいのだとリリアーナは言っていた。

 しかし、森に入ってから一時間近くが経過したのだが、見つけられたのはかわいらしい動物のみで魔獣は一匹も見つからない。

 リリアーナもこんなはずじゃないと時折呟いており、何度も首を傾げていた。


「なあ、リリアーナ。こういうことってよくあるのか?」

「あまりないと思うわ。少なくても、私は初めてかも」

「そうか……何か変なことが起きているとは考えられないかな?」


 普段と違うことが起きているということは、何か良からぬことの前兆と見ることもできるだろう。


「どうかしら……森の雰囲気はいつもと変わらないのよね」

「森の雰囲気?」

「えぇ。エルフは森の民とも呼ばれているんだけど、森の変化には敏感なのよ」

「そっか。それなら、リリアーナが言うなら間違いないか」


 となると何か別の理由で魔獣が姿を消しているということ。


「単純に別のパーティが先に森へ入っていて、魔獣を討伐済みってことは?」

「可能性はあるけど、それなら戦闘をした跡が残っていてもいいんだけどなぁ」


 周囲に視線を送るが、そのような後は見当たらない。

 もし戦闘があったとしたら、動物が真っ先に逃げているかもしれないな。


「うーん、他に何が原因として考えられるんだ?」


 そんなことを考えながらしばらく森を探索していたのだが、結局二時間近く探して一匹も見つからず、その後北の森にも足を運んだのだがそこでも見つからなかった。


「……収穫なしって、ありえないわ」


 ものすごく落ち込みながらリリアーナさんを先頭に森の中を歩いている。

 今はゼルジュラーダへの帰路なのだが、そこで俺は気になるものを見つけた。


「ん? リリアーナ、あれってなんだろう」

「何かあったの?」


 俺は茂みの奥に転がっている白い物体を手に取って鑑定を掛けてみた。


「……これ、魔獣の骨みたいですね」

「ちょっと私にも見せてくれる?」

「はい、どうぞ」

「これ……うん、確かにゲルドックの骨ね」

「ゲルドック?」

「ゼルジュラーダで犬を見たでしょ。あれに似た魔獣なんだけど、その大きさが倍以上あって、大きい個体になると人と同じくらいに大きくなるものもいるわ」


 人と同じ大きさの犬って、ひと噛みで腕や足が食いちぎられそうで怖いんだけど。


「あれ? でも、そんな凶暴な魔獣の骨が転がっているってことは……」

「そうね。ゲルドックよりも強い魔獣が現れたのかもしれないわ。そして、森に生息していた魔獣はそいつに喰われたのかも」


 ……それって、ヤバくないか?

 人間と同じくらいの大きさになる魔獣を喰らう魔獣。そいつって、どれだけ大きい個体なんだよ!


「まさか、魔族とか?」

「可能性はゼロではないけど……一度、ギルドに報告しておいた方がいいかもね」


 そうして俺たちはゲルドックの骨は証拠品として持ち帰り、ゼルジュラーダに戻ってきた。


 ※※※※


 戻ってきてから思い出したのだが、錬金術師のお店に行っていなかった。

 日も隠れようとしている遅い時間だ。空いているお店があるのかと心配になったのだが、リリアーナは錬金術師のことを覚えてくれていたようだ。


「あぁ、それなら安心してちょうだい。紹介する予定の錬金術師のお店は夜の営業しかしてないから」

「そうなのか?」


 夜しか営業していないというのは、売上げ的にどうなんだろう。


「腕はいいんだけど、一見さんお断りしている人なのよ。だから、日中はお店を閉めていて、夜になって人通りが少なくなった時に開けているの。優秀な錬金術師だから一回の金額が高くてね。だからお店も成り立ってるって感じだけど」

「それって、アースレイロッグを売ったお金で足りますかね?」

「あぁ、それは安心して。それが全額なくなるようなことにはならないから」


 ホッと一息ついた後、俺たちはひとまず冒険者ギルドへ向かい森の様子について報告をした。

 対応してくれたのはマリンさんだったのだが、リリアーナの報告に表情を歪めていた。


「何かあったの?」

「えっと、他の冒険者からも似たような報告が上がっているんです。リリアーナさんたちからは東と北の森でしたが、南と西にある森も同じみたいなんですよ」

「周囲の森で同じことが起きているのね?」

「は、はい」


 顎に手を当てて考え込んでいるリリアーナだったが、俺がいることを思い出したのか少し申し訳なさそうな表情を浮かべた後に声を掛けてきた。


「ご、ごめんね。ちょっと考え込んじゃった」

「いや、俺は構わないけど……大丈夫なのか?」

「どうだろう。多分、情報収集のための依頼がギルドから出てくると思うから、そこで情報を集めて、初めて判断が下されるんじゃないかな」

「そうか……何もなければいいけどな」

「そうね。……とりあえず、ご飯にしましょうか。その後に錬金術師のところに行きましょう」


 最後は笑顔を浮かべたリリアーナと一緒にギルドを後にしたのだが、俺にはその笑顔が無理やり作られたもののように見えて仕方がなかった。

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