悪魔公爵鷲頭獅子丸の場合

岡智 みみか

第1章 第1話

父さんの放った矢に導かれるままに、俺はそこへ向かっていた。


撃たれた矢は、どこまでも虚空を駆け抜ける。


それを追いかけて、ここまでやってきた。


魔界のゲートを抜け、人間界へ突入する。


暮れかけた太陽が、大きく西に傾いていた。


修行中の身だ。


ある程度の不便は仕方がない。


眼下にどこまでも広がる人間の街に、俺はいささかうんざりしはじめていた。


こいつらの欲望のエネルギーは、計り知れない。


人間は信用のならない、恐ろしい生き物だと、悪魔たちですらそう罵る。


俺はこの人間界で、どこまで連れて行かれようとしているのか


そろそろ飛ぶのにも、飽きた。


そう思ったとたん、ついにその矢は失速し、吸い込まれるように一軒の家に消えた。


これが俺の、初めてのターゲットということか。


面倒くさいが、これを片付けないことには、家にもまともに帰れない。


「やぁ、どうも。こんにちは」


俺は二階の窓をすりぬけ、そこに侵入した。


小さな古びた一軒家だ。


同じような形の家が、ぴっちり並んでいる一角。


六畳一間程度の、狭い部屋に置かれた勉強机に、そいつは座ったまま、動けずにいた。


「驚いてくれてありがとう。悪いが俺も、さっさと用事を済ませて帰りたいんだ。素直にいうことを聞いてくれるか?」


男か。


驚いた顔であんぐりと大きな口を開け、完全に固まっている。


俺はそれに構わず続けた。


「これにサインしてくれれば、それでいい。俺とお前の、契約書だ」


悪魔の契約書を、彼の目の前に置く。


そいつは、ようやく頭だけをその方向に動かした。


見た目で怖がらせないようにと、この周辺に生息している人間の身体的特徴に合わせ、黒髪と黒目に変身し、さらに外見も、ほどよく整えたつもりだったのだが……。


俺は目の前の、十代と思われるまだ若い人間を見下ろした。


少し伸びすぎた真っ直ぐな明るめ髪に、細く小さな目。


背は俺より少し高いくらいで、体つきは悪くはない。


相手が男だったのなら、俺は男ではなく、女の姿で来ればよかったかなと、少し後悔する。


身長は……、まぁ、いいや。


そのあたりが、まだ気が利かないというか、手際の悪さを指摘されるところだ。


「男が嫌なら、女にでも変身しようか?」


「いや、そのままで結構」


ようやく口を開いたが、そいつはずっと視線を俺に合わせたまま、時折契約書をチラ見するくらいで、動こうとはしない。


俺はため息をついて、部屋の中を振り返った。


学生鞄らしきものを見つけて、中を探り始める。


生徒手帳を見つけた。

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