6 クラス内事件

 今日は朝のHRでクラス内における各係の役割分担をする所だった。


 しかし……


「橘が欠席? いや、遅刻か?」


 パイプ椅子に座っていた先生が言う。


「たぶん、後者です」


 壇上に立つメガネをかけたいかにも真面目そうな委員長が、少し苛立った様子で言う。


「まあ、仕方ない。もし来なかったら、申し訳ないけど余った係になってもらおう」


「先生、簡単に言いますけど。みんな、橘さんと同じ係になるのが嫌なんですよ? いつも周りを威圧していて、正直このクラス内の空気も悪いですよ」


「おいおい、委員長。随分ハッキリ言うなぁ」


 前の席から秀彦が声を飛ばす。


「だって、みんなもそう思っているでしょう? 黒田くんなんて隣の席になったせいで、舎弟にされちゃっているし」


 委員長が言うと、みんなの視線が俺に集まる。


 そして、くすくすと笑われた。


「いや、それは……」


 僕が反論しようとした時、教室の扉がガラガラと開いた。


「……すみません、遅れました」


 遥花が姿を現すと、教室内はしんと静まり返る。


「……橘さん。あなた遅刻しておいて、よくも堂々と前の扉から入れるわね」


 委員長がトゲのある物言いをすると、


「おい、委員長、やめとけって。殴られるぞ」


 また秀彦が言う。


「藤堂くんは黙っていて。ねえ、橘さんも自分でも分かっているよね? あなたの存在がどれだけ迷惑かってことを」


 真面目な性格ゆえに今まで相当溜まっていたのだろうか。


 委員長は学年1のヤンキーと恐れられている遥花に対して、好戦的な構えを見せる。


 遥花は何も言わずにただ黙って委員長を見据えている。


「みんなもそう思うわよね?」


 委員長がこちらに振ると、みんなは軽くビクつきながらも、


「……まあ、そうだな」


「……ちょっと空気が悪いわよね」


「……何か怖いし」


 口々に日頃の遥花に対する不満を吐露する。


「おい、みんな。ちょっと言い過ぎじゃないか?」


 堪らずに僕は席から立ち上がった声を上げた。


「おい、黒田。舎弟だからって、かばうなよ」


「違う、僕はそんなんじゃ……」


 その時、僕はハッとする。


 何食わぬ顔で平然と立っているように見える遥花。


 けど、その指先は小さく震えていた。


 僕は知っている。


 彼女が本当はとても良い子なことを。


 まだ高校生なのに両親と離れて一人暮らしをしていて。


 学校の勉強もちゃんとやりつつ、家事をこなして。


 そのせいで遅刻することはよくあるけど。


 何よりヤンキーだと囁かれるその見た目は、立派で素敵な彼女の武器なんだ……


「……お前らに何が分かるんだよ」


 僕がかすかに震える声を発すると、またみんながザワつく。


 僕は前の方に向かう。


「おい、幸雄?」


 秀彦が僕を気遣うように声をかけて来るが、構わずに歩みを進めた。


 そして、遥花の前に立つ。


「幸雄……」


 僕は心細い彼女の目を見て、震える手をぎゅっと握ってあげた。


「みんな、勘違いしているよ。橘さんは……遥花はみんなが思っているようなヤンキーじゃない。ハーフだから、こんな見た目をしているんだ。それに、学校に遅刻するのだって、両親と離れて一人暮らしをしているからだ。それに、僕は遥花の舎弟なんかじゃない……」


 遥花の手を握る方と反対の手をぎゅっと握り締めた。


「――僕は遥花の彼氏だ! そして、遥花は僕の彼女だ!」


 人生でこんな必死に大声を出したのは、もしかしたら初めてかもしれない。


 ずっと、穏やかな子だねとよく言われていた僕が。


 今はこうして、自分の大切な物を守るために、必死に声を出していた。


 クラスメイトたちは呆然としている。


 先生も呆然としていた。


 そして、一番呆然としていたのは、遥花だ。


「行こう、遥花」


 僕はその手をぎゅっと握り締めて、教室から飛び出した。




      ◇




 空は青く澄み渡っていた。


 息を切らしながら見上げると、


「……やっちゃった」


 僕はそんな風に声を漏らす。


 けれども、その後悔以上に、満たされているというか、スッキリした気持ちの方が勝っている。


「……あの、幸雄」


 遥花が小さな声で僕を呼ぶ。


「さっき言ったことって……」


 振り向くと、遥花は頬を赤らめ、上目遣いに僕を見つめている。


「ごめん、約束を破って。僕はまだ、遥花を彼女に出来るほど成長は出来ていない。けど、それでも……今すぐにでも、君を僕だけのモノにしたい……なんて、ワガママかな?」


 僕が照れながらもハッキリと想いを伝えると、遥花は口元を押さえる。


「……嬉しい。今までの人生で、あたしにそんなこと言ってくれる人なんていなかったから」


 緊張の糸が切れたせいだろうか、遥花のきれいな青い瞳から涙がこぼれる。


「……あたしも、今すぐ幸雄の彼女になりたい」


「良いの? まだ弱っちい僕だけど」


「幸雄は十分に強いよ。けど、それでもまだ納得していないなら、これから一緒に成長して行こう?」


「遥花……」


 僕らは見つめ合う。


 そのまま、キスをした。


 ゆっくりと、お互いの舌を絡める。


 やがて、そっと離れた。


「……やっと、幸雄とキスが出来た」


「……下手じゃなかった?」


「……ううん。上手だったよ。本当に初めてなの?」


「……も、もちろんだよ」


 遥花が少しからかう笑みを浮かべると、僕は動揺しながらそう言った。


「じゃあ次は、おっぱいを揉みながらキスして?」


「え、いきなりですか?」


「あたしはもう十分に待ったよ?」


「わ、分かった」


 僕はドキドキしながら、制服のブラウスを大きく押し上げる、遥花の巨乳に触れた。


「あっ……幸雄の手、温かい」


「遥花の胸も……大きくて柔らかいよ」


「バカ……キスしちゃう」


 僕たちはまた唇を重ねた。







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