2 屋上での決意

 学年で1番怖いと噂だったヤンキー娘こと橘遥花。


 けれどもその実態は、金髪・碧眼・巨乳という三拍子が揃ったハーフ美少女だった。


 僕は早めに学校に着いたので、席に座って頬杖を突きながら、ぼんやりと彼女のことを考えていた。


「ういーす。お、幸雄、もう来ていたのか」


「ああ、秀彦。はよーっす」


「ていうか、昨日は大丈夫だったか?」


「え、何が?」


「お前が橘遥花の舎弟にされたって、もっぱら噂だぜ?」


「舎弟……」


 むしろ、彼氏にしたいって言われたんですけど。


 なんて、本当のことを言うのもアレだし。


 僕が答えあぐねてボケーッとしていると、


「まあ、頑張れよ」


 秀彦は勝手に察したような顔になって僕に肩ポンをした。


 その時、ガラガラと教室の扉が開く。


 周りの空気が一瞬にしてピリつくのを感じた。


 そちらに目を向けると、橘遥花がそこにいた。


 彼女が一歩歩く度に、クラスメイトたちの心拍数も上がって行くようだ。


 そして、僕の隣の席に来ると、目が合った。


 やっぱり、きれいな青い瞳をしているなぁ。


「おはよう、幸雄」


 彼女が言うと、


「あ、うん。おはよう」


 僕はそう言い返した。


 すると、周りがザワつく。


「おい、あの橘があいさつをしたぞ?」


「何か思ったよりも声のトーンが優しいな」


「舎弟には優しいタチなのかな」


 またクラスメイトたちが好き勝手なことを言っている。


「幸雄、ちょっと来てくれる?」


「あ、うん」


 僕は席から立ち上がる。


「お、おい、幸雄」


 秀彦が背後から心配するように声をかけてきた。


「大丈夫だよ」


 僕は軽く微笑んで、彼女の後を追った。




      ◇




 二度目の2人きりの屋上は、気持ちの良い春風が吹き抜ける。


「う~ん、朝の空気は美味しいな~!」


 彼女はぐっと背伸びをする。


 その際、豊かな胸元が強調されており、つい目が行ってしまう。


「ねえ、幸雄」


「え、何かな?」


「やっぱり、みんなの前だと名前で呼ぶのは恥ずかしいかな?」


「そ、そうだね。少し勇気がいるかな」


「そっか……うん、仕方がないよね。名前で呼ぶのは、2人きりの時だけって約束だし」


 彼女は少し残念そうに顔を俯ける。


「遥花……」


 もし、僕が彼女にふさわしいくらいハイスペックな男子だったら、きっと皆の前で堂々と呼び捨てにしていただろう。


「……よし、決めた。僕は今日から自分磨きを頑張るよ」


「自分磨き?」


「そう。勉強はもちろん、体も鍛えて、いざとなったら遥花を守れるくらいに強くなるんだ」


「幸雄……そこまで、あたしのことを考えてくれているんだ?」


 遥花にニコリと微笑まれ、僕はドキリとする。


 また春風が吹き、遥花のきれいな金髪セミロングがなびいた。


「じゃあ、幸雄が体を鍛えて、強くなることを楽しみにしているね」


「ああ、任せてくれ」


 僕は腕でガッツポーズを作って見せる。


「まあ、ケンカなんて今までしたことないから、本当に強くなれるかなんて分からないけど……」


「ケンカじゃなくて、別のことが強くなって欲しいな」


「え?」


「分かるでしょ?」


 ふいに、遥花が至近距離に来て、その碧眼で僕を見つめる。


 大きな胸が軽く押し付けられると、ドキドキ感は更に高まった。


 ちょっと踏み出せば、キスが出来てしまうくらいに、近い距離だ。


「……幸雄の息が当たってる」


「あ、ごめん。もしかして、臭かった?」


「ううん、そんなことないよ。何かドキドキしちゃうから」


 それはこっちのセリフだよ。


 君と仲良くなってまだ2日目だけど。


 これまで生きて来た人生分以上のドキドキを既に味わっているよ。


 冴えないDT高校生の僕は既にキャパオーバーしてるんだ。


「あーあ。早く幸雄に彼女にしてもらって、キスしたり、胸を触ってもらったり、それから……繋がりたいな」


 だから、何でそんな大胆なことをあけっぴろげに言うんですか。


「そ、そこまでの道のりは長い……かな?」


「もう、不器用さんだなぁ。あたしは今のままの幸雄で十分なのに。他の性欲旺盛な男子たちなら、とっくに適当な理由を付けてあたしとエッチしちゃっているよ? まあ、他の男子にはあまり興味が無いから、あり得ない話だけど」


 なぜ、まともに話したばかりの僕にここまで惚れてくれるのか。


 不思議で仕方がないけど。


 それだけ、彼女が今まで、誰からも怯えられて、人とのつながりを持てなかった証拠かもしれない。


 だから、ビビリながらでも、ちょっとだけ勇気を出して踏み込んだ僕のことを、好きになってくれたのかもしれない。


「……遥花こそ不器用だよ」


「え、何で?」


「これだけ魅力があるんだから。もっと自分を表に出せば、すぐクラスの人気者だよ?」


「だから、あたしは人見知りで口下手なんだって」


 遥花はぷくっと頬を膨らませる。


 神様はひどいバランス調整をするなぁ、と思いつつも。


 だからこそ、こんな冴えない僕にこんな美少女が惚れてくれたのだと考えたら。


「……感謝しないとかもな」


「誰に?」


「へ? あ、いや……何でもないよ」


「え~、怪しいな~」


「本当に何でもないって」


 ぎこちなく誤魔化す僕に対して、遥花はくすりと笑う。


 僕は早く彼女を自分だけのモノにするために、これから頑張ろうと決意した。







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