第6話 はらぺこ、そして出会い

 旅に出て二日目。

 私たちは空腹で死にそうになっていた。


「ううー、次の町はまだぁ?」

『そんなことを聞かれても困る。我はあの山の中しか知らぬのだ』

「フォルぅ、お腹すいたぁ」

『せっかく持ってきた食材をお主が全て炭に変えてしまったせいだろうが』

「だって料理くらい出来るとおもったんだもん」


 使わない物を売って僅かばかり手にした路銀で、私は最初の村でいくつかの食材を購入した。

 大きな町と違って高価な物はとてもではないが引き取れないと殆どの品物が断られたせいで、たいした金額にはならなかったのは誤算だった。


 そしてその少ない手に入れたお金でかった食材をディアナは全て炭に変えてしまったのだ。


『こんなことならあの村では保存食でも買っておけば良かったのだ。次の町までたどり着けばその無駄にキラキラした宝石も売れるだろうに』

「そんなこと今更いわれても遅いわよ。ああ、喧嘩してたら余計にお腹がすいてきたわ」


 く~っと可愛らしい音が私のお腹から響く。

 同時にぐるるるるという恐ろしげな音がフォルディスのお腹から背中に乗っている私に伝わってきた。

 せっかく逃げ出せたというのに、こんな所で餓死するなんて。


『しかたない。少し街道からそれて森の中で食べられるものでも探そうではないか』

「賛成ぇ」

『我とて昔は自らの力で糧を得ていたのだ。力をかなり失ったといえ、今出来ぬ道理はない』

「期待してるぅ」


 ディアナはそれだけ答えると、ぐったりとフォルディスの背中にもたれかかる。


『落ちぬようにしっかり毛を掴んでおくのだぞ』

「わかってるわ」


 長い毛に体が沈み込むに任せ、その毛を握りしめ振り落とされないように力を入れた。

 かなり強い力で引っ張っているのに、フォルディスは痛がりもせず森へ駆け出す。


 森に入ってしばらく歩くと匂いを嗅ぐ。

 獣か果実か。

 ディアナが食すなら果実を探すべきだろう。

 そう考えたフォルディスは、果実を探してゆっくりと歩みを進める。

 やがて、かなり森の奥まで進んだところで彼の足が完全に止まった。


『ん?』

「どうしたの? 食べ物見つかった?」

『うむ、食べ物の匂いはするが……』

「だったら早く取りに行こうよ。お腹が空きすぎて目が回ってきたわ」


 背中の上で急かすディアナに振り返りつつ、フォルディスは答える。


『どうやら何者かがこの先で争っている音がする』

「争ってるって、人と魔獣が?」

『そのようだな。どうする?』


 フォルディスは背中にしがみついているディアナにそう問いかける。


「とりあえず様子だけ見てみない? それでもし助けが必要そうだったら助けてあげてほしいの」

『やれやれ、仕方がないな。いいか、くれぐれも相手に気づかれるような声を出すんじゃないぞ』

「わかってるわよ。フォルって説教臭いおじいちゃんみたいね」

『年齢だけならお主よりはるかに上だからな』


 そう苦笑しつつフォルディスはなるべく音を立てないように歩き出す。

 それなりに速度は出ているはずなのに草や枯れ木を踏む音すらさせないのは不思議だと背中のディアナが考えていると。


『この先だ』


 フォルディスが歩む速度を落とす。

 それと同時にディアナの耳には金属がたたきつけられるような音と魔獣の雄叫びが聞こえてきた。

 ゆっくりと移動しつつ、その戦いを見ることが出来る位置に移動する。


『ふむ。マウンテンボアと剣士の女が戦っておるようだな』

「凄い。女の子なのにあんな大きな魔獣と戦えるなんて」

『女の子というほど可愛げはないぞ。あれは戦いなれた者の動きと体だ』


 多分冒険者、しかもそれなりの手練れであろうとフォルディスは呟く。

 事実、二人がその場にたどり着いた時には既に戦いはほとんど決着していた。

 既にマウンテンボアの体には、そこら中に致命傷に近い傷が見えている。

 本来なら鋭い爪を持つはずのその前足は既に無く、女戦士の横に切り飛ばされた前足の残骸が無残に転がっていて。


 逆に女剣士の方は少し汗ばんではいるものの、その体には一切の傷は見られなかった。

 瀕死の状態で動きを止めたマウンテンボアに、女剣士は歩み寄り自らの背丈ほどもある大剣を軽々と構える。


 ざくっ。


 大剣が動けなくなったマウンテンボアの首に深々と突き刺さる。


 グォォォォッ。


 魔獣の断末魔が森に響き渡り、やがてぱったりとその声も消えた。


「ふぅっ」


 女戦士は一つ息を吐くと、マウンテンボアの首に突き刺した大剣を引き抜く。

 一気にその傷口から噴き出す血を軽いステップで躱すと彼女は振り返り。


「いつまで観客気取ってんだ? 出て来な」


 と、その大剣の切っ先をディアナたちが隠れ潜んでいる方向に向けて叫んだ。


「フォル、バレちゃってるよ」

『我のせいではないぞ。お主が気配をまともに消せていないせいだ』

「だって、そんな訓練私受けてないんだもの。仕方ないでしょ」


 責任をなすりつけあう二人に、もう一度怒声が届く。


「何を騒いでいるんだ! 早く出てこい」

「は、はいっ。今行きますから襲わないでね」

「それはお前たちが出て来てから考える」


 女剣士の声にあからさまないらだちが含まれ始める。


『別に我ならあの女剣士如きの攻撃では傷一つも負わぬがな』

「もう、そんなこと言わずに早く行こうよ。もしかしたらあの人、何か食べ物を分けてくれるかもしれないよ」

『たしかにあの女からは良い匂いがするな』

「人を食べちゃ駄目だからね」

『我は人は食わぬと教えただろう。それにそもそもそういう意味ではない』


 ガサガサとフォルディスはわざと音を立てるようにして森の木々の間から女剣士に姿を見せる。

 同時に女戦士は大剣を構え、表情を引き締めた。


「マウンテンボアに続いてマウンテンウルフか。人間だと思ったが感が鈍っているのか?」

『ガルルル』

「それともお前がもう喰ってしまったのか」


 女剣士の顔つきがさらに険しくなる。

 二人の間に一触即発の空気が流れた。

 といってもフォルディスの方には敵意も何もないのだが。


「先手必勝!」


 女剣士が気合いを込めたその叫びと共に大剣を振り下ろす。


「ちょっと、ちょっとまってください!!!」


 そんな二人の前に、ディアナがフォルディスの背中からぴょんと勢いよく飛び降りると両手を広げ立ちふさがった。

 しかし既に振り下ろしの軌道にのった大剣は止められるはずもなく――。


 ガキンッ!!


 ぽいっ。


 ディアナの頭に当たる寸前、フォルディスは大剣に噛みつくと、その大剣を力任せに大きく振って女剣士を放り投げたのだった。

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