清掃師、化け物と戦う


『グルル……ルァァアアッ!』


「はっ……!?」


 猛然と飛び掛かってきた狼に対し、俺はちゃんと横に動いてかわしたつもりだったが、やや遅れて右肩に強い痛みを感じて、見ると赤い爪痕があった。ごっそり肉を削られたんだ……。


「ぐぐぐっ……!」


「ア、アルファよ、その程度で怯むでない! また来るぞっ!」


「あっ――」


『――グルルァッ!』


「がっ……!」


 今度は後ろからモンスターに飛び掛かられ、避けようとしたものの右足の太腿を抉られていた。マリベルが大きな声で励ましてくれるけど、それが吹き飛んでしまうくらい滅茶苦茶痛いし苦しい……もうダメだ……。


「アルファ! 痛いだろうが、傷はわしが強化した自然治癒能力ですぐ治る! だから早く反撃するのじゃ! そうせねば延々とやられるぞっ!」


『ガルルルルゥッ!』


「ぎっ……!」


 確かに傷はすぐに治って動けるけど、痛みは凄く感じるしかわそうとしてもできないから防戦一方だ。こんなの勝てっこない。今まで戦闘なんて離れて見てるだけだったし、ゴミ拾いばかりしてきた俺に一体どうしろっていうんだよ――


『――ルルァッ!』


「ぐがあああぁっ!」


 やつに脇腹を爪で抉られて意識が飛びそうになる。


「ア、アルファッ! しっかりするんじゃっ!」


「ふふっ……やっぱりマリベルの見込み違いでしたわねえ……?」


「うぬう……」


「あれだけ偉大なる鍛冶師の父を持ちながら、マリベルどのの目は節穴だったか……」


「ぐぬぅぅ……」


「マリベルしゃんはたかが人間しゃんに期待しすぎれふうー。残念賞っ」


「ううぅ……」


「……」


 ルカ、カミュ、ユリムに口撃され、マリベルの悔しがる声もどんどん弱くなっていくのがわかる。正直俺も悔しいけど……やっぱりどうしようもないよ。


『ガルルッ!』


「がはあっ!」


 空振りした俺の腕に痛々しい爪痕が残る。どれだけ短剣を振り回しても当たる気配さえない。


 無茶だった。たかが【清掃師】のような底辺ジョブに期待するからこうなる。ごめん、マリベル。正真正銘これが今の俺の力。ジェイクたちに罵られ、尻を蹴られながらゴミ拾いをしてきたように、ただ一方的にやられ続けるしかない運命なんだ……。


「ア、アルファ……わしはお主をあきらめたくない。頼む、気力を振り絞るのじゃ……」


「……」


 そんなこと言われてもな……もう苦痛の声を上げる力すら自分には残ってない。いくら自然治癒能力が向上したところで限界がある。あとはもう、千切れかかってる意識が俺を見放して逃げ出すのを待つだけだ。


 起きたとき、マリベルが白い目で俺を見る光景が浮かんでくる。でも、そんな惨めな思いはもうしたくないし、このままあの世に逝けるのならそれが一番いいのかな。


「あらあら、もう限界ですの? そろそろ負けを認めてあきらめなさい、マリベル。そうすれば、この子の命だけは失わずに済みますのよ? 早くしないと、心を失ってボロ雑巾のようになってしまうかもしれませんわ……」


「我もルカどのに賛成だ。マリベルどのが認めてたくらいだから少しは見所のある人間だと思っていたが、見込み違いだったか……」


「さっさと負けを認めてくださいれふっ。ユリムはいい加減、ご飯を食べたいでしゅから……」


「……ぐ……ぐぐっ……わ、わかったのじゃ……ま、負けを認め――」


『――ギャンッ!』


「「「「……っ!?」」」」


「あっ……」


 当たった……。朦朧とした意識の中、無になろうとしていた俺は、咄嗟に身を庇おうとしたところで短剣の切っ先が狼の口にヒットしたのがわかった。マリベルがガッツポーズしているのが見える。ほかのドワーフたちは複雑そうな顔だが。


「おおっ、いいぞアルファよ、その調子じゃっ!」


「こ、こんなの偶然ですわっ……! 早く降参しなさい、人間っ!」


「ふっ、これが人間の底力というやつか。面白くなってきたものだ」


「ぶうぅ、もうちょっとでご飯だったのにい」


『グ……グルル……』


 スノーウルフは血を足元に滴らせながらも俺に向かって唸り声を発しているが、俺からしてみたらあれだけ続いていた攻撃が止まっただけでもかなり落ち着くことができた。その間に自然治癒能力でどんどん傷が治っていくのも大きい。


「……はぁ、はぁ……」


 あれは間違いなく偶然の一撃だった。でも、そのおかげでなんかがわかったような気がする。


 やつは攻撃する際にどうしても俺に接触しなければならないわけで、そのタイミングでカウンターアタックを狙えばいいだけなんだ。なんせあの狼は心を精錬されて勇気百倍だから、何があろうとがむしゃらに向かってくるわけだしな。こんな単純なことに今まで気付かなかったなんて……。


『グルルァッ!』


「ぐっ……!」


 短剣を構えたが外してしまって、今回は俺が肩口に傷を負うだけだった。でも、今のも惜しかった気がする。よーし、どんどん向かって来い。今度こそ当ててやるぞ。あれ? それまで狼との戦闘が苦痛でしかなかったのに、なんだかやたらと楽しくなってきたから不思議だ……。

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