無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜

あーもんど

第一章

第1話『不幸体質持ちの男子高校生』

今日も今日とて変わらない学校の帰り道。

俺────若林わかばやし音羽おとはは高校近くの横断歩道で信号待ちをしていた。

首から下げたヘッドホンを指先で弄りながら、信号が赤から青に変わるのを今か今かと待ち望む。

早く帰って寝たい····学校は息が詰まる。

─────俺は大の学校嫌いだ。

小中高と学校には良い思い出がない。

小学校の頃は『名前が女みたいだ』と馬鹿にされ、中学校の頃は病気のせいで失明した左目を嘲笑われた。高校では今のところイジメはないが、失明した左目を隠すため伸ばした前髪が『陰気臭い』と陰で囁かれている。長い前髪を左に流すようにセットしている俺は周りから見れば痛い奴だろう。

クラスから孤立するのは慣れているから問題ないが、やはり学校というものは息が詰まる。一秒でも長く居たくない。

なかなか変わらない信号に眉を顰めると、後ろからこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。

まだ信号赤なんだから、そんな急ぐ必要ないだろ。

そう思いながら、何の気なしに後ろを振り返る。


次の瞬間─────目に飛び込んできた光景に俺は柄にもなく大きく目を見開いた。


な、何だあれ····!?

ファンタジー小説や漫画でよく見掛ける魔法陣とおぼしき物体がこちらに駆け寄ってくる人物の足元に出現していた。まだ陣は完成していないのか、目まぐるしい速さでローマ字や意味不明な記号が円の中に書き込まれていく。

その魔法陣はこちらに駆け寄ってくる人物────朝日あさひ翔陽しょうようを逃さぬよう彼の足元にピッタリくっ付いて離れようとしない。

まず、現実世界では有り得ない光景に俺は何度も目を擦って、朝日を四度見くらいする。ついでに夢である可能性を考えて頬をつねっておいた。目を擦って何度見しようが、頬をつねろうが目の前の光景は全くもって変わらない。

何かを叫びながら、こちらへ一目散に駆け寄ってくる朝日はもう目と鼻の先だった。

····ん?ちょっと、待ってくれ。

何でこっちに向かって走ってきてるんだ?

キョロキョロと辺りを見回すが、俺以外に人は見当たらない。

てことは、こいつの目的は──────。


「おい!若林!これ、どうにかしろ!」


──────俺!?

淡い光を放つ魔法陣にストーキングされている朝日は俺の元へ駆け寄ると両肩に手を置き、前後に揺さぶってきた。その目は若干血走っている。恐らく、朝日も突然現れた魔法陣に驚きと恐怖を感じているのだ。

誰だって、空想の中だけだと思っていた魔法陣が現実に現れれば驚くし、恐怖するだろう。

だが─────ちょっと待ってくれ。

何で俺なんだ?

同じクラスのクラスメイトではあるが、朝日とはあまり話したことがない。挨拶を交わす程度····いや、それ以下の関係だ。

朝日は所謂陽キャと言うやつで顔が広い。常に明るく気さくで、男女問わず仲がいいスクールカースト上位の人間である。多少ヤンチャな部分はあるものの、教師からの評判もいいと来た。

そんな陽キャの鑑とも言える人物が何故俺を頼る?明らかに可笑しくないか?

ここは高校近くの横断歩道。時刻は午後の16時過ぎ。

学校に行けば多くの生徒や教師が居るはずだ。

わざわざ俺の元へ駆け寄ってきた意味が分からない。

─────動揺するあまり冷静さを失った?

いや、冷静さを失ったなら尚更身近な人物····例えば友達なんかの元へ助けを求めに行く筈だ。

間違っても俺のような根暗陰キャの元へは来ない筈···。

ここでまた最初の疑問に戻る。

───────何故、俺に助けを求めに来た?

ピッピッという電子音が鳴り響き、信号が赤から青に変わる。

待ちに待った青信号になっても、俺は動けずにいた。

いや─────正確には動けなかったのだ。

俺の両肩を力強く掴む朝日のせいで。


「おい!若林!助けろよ!お前、陰キャだから異世界ファンタジー?だったか?そういうの得意だろ!」


確かに異世界ファンタジーものの小説や漫画はよく読むが、得意とはちょっと違う。ただ好きなだけで、そこに得意不得意はない。

俺の両肩を掴み、忙しなく揺さぶる朝日は言うまでもなく必死だった。

どうにかこの状況を打破出来ないか、と必死に助けを求めている。

朝日が何故俺の元へ来たかは分かったが、残念ながら俺に出来ることは何も無い。魔法陣が突然足元に現れ、異世界へ飛ばされる物語は何度も読んだが、その魔法陣を回避する方法はどの小説や漫画にも書かれていなかった。

つまり、俺の異世界ファンタジー関連の知識の中に今、役立つものは何も無いってことだ。

夢中で俺の肩を揺さぶってくる朝日の両腕を掴み、無理矢理引き剥がす。


「悪いが、俺に力になれることは何も無い」


必死に俺に縋ってくる朝日を冷たく突き放し、俺は魔法陣の外に出た。

とばっちりを食らうのは御免である。『最低』と罵られるかもしれないが、俺には関係の無いことだ。友達でもない奴のために自分の体を張れるほど、俺は優しい人間じゃない。

絶望に染まった朝日の顔から視線を逸らし、俯いた。

彼の足元から離れようとしない魔法陣は円の中にびっしり文字の羅列が埋め込まれ、淡い光を放っている。

魔法陣完成まで、もう一刻の猶予もないだろう。

直感でそう感じ取った俺は半歩後ろへ下がった。

─────その半歩が朝日を刺激する材料になったことも知らずに。


「っ·····!このっ····!お前も道連れだ!!」


「─────はっ?」


足元に魔法陣を浮かび上がらせたまま、朝日がこちらへ大きく一歩踏み出してきた。慌てて後ろへ下がろうとする俺だったが、運動神経が悪く鈍臭い俺はあっさり朝日に捕まる。バスケ部とサッカー部を掛け持ちするほど運動神経の良い朝日には敵わなかった。


──────不味いっ!!


そう本能が訴えかける。

早く逃げろ!と俺の中に居る誰かが叫んでいた。


「は、はな····」


「ぜってぇ離さない!お前も道連れだ!」


『離せ!』も叫ぶ前に朝日の言葉に遮られる。朝日は俺の腕を掴む力を強め、魔法陣から出そうとしなかった。

不味い····!これは本気で····不味い!!

脳内で警報が鳴り響く中、俺は何とか朝日の腕を振り払おうとするが、なよなよの俺では運動部に敵わない。力の差は歴然だった。

常日頃から鍛えておくべきだった、と今更ながら後悔する。


「おい!本気ではな····」


最後まで言い切ることは出来なかった。

目を覆い隠したくなるほどの猛烈な光に包まれ、反射的に目を閉じる。

このときの俺はやけに冷静だった。


嗚呼──────魔法陣が発動したのか。


その程度の認識だった。

朝日に対する怒りや憎悪より、未来への不安でいっぱいの俺は切に願う。

──────どうか幸運が待ち受けていますように、と。



こうして、不幸体質の俺はクラスメイトの陽キャに巻き込まれる形で異世界召喚を果たすのだった。

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