第10話 甘い拘束に酔いしれて

 ゴーティエ王子の部屋に案内される。御付きの人たちは廊下で待機しているので二人きりだ。

 一昨日にも訪れたゴーティエ王子の私室であるが、あの日は横抱きのまま足早に通過しただけだったので今日はじっくり様子を知ることができた。

 第一王子の私室というだけあって、広いだけじゃなく装飾も多い。我が家とは雲泥の差だ。私のうちだって名家で裕福な家なのだけども、ここまできらびやかではない。

 そしてどの調度品も一級品であることが一目でわかった。両親から調度品の見方を教えられていてよかったと密かに感謝する。迂闊に触れて汚したり壊してしまったら弁償できないものばかりなのだ。

 万が一のことがあってはまずいと緊張していると、ゴーティエ王子に手を引かれて隣の部屋に連れていかれる。その先にあったのは、天蓋付きの大きなベッドだ。


 ええ……ここに一人で寝ているの? それとも、女性をはべらせて寝ているのかしら……。


 数人は余裕で寝転がれる広い寝台を眺めながら、私は若い女性たちと眠るゴーティエ王子を想像する。美男美女に豪華なベッドが揃っているとなると絵としては綺麗だが、胸の奥がチクリと痛んだ。


「――ヴァランティーヌ」

「は、はい」


 彼の声はあからさまに気が立っていて、私は背筋をシャキッと伸ばす。

 ゴーティエ王子は私の手を離すと、しっかり向き合って私の顔を真っ直ぐに見た。顔には必死そうな、切なげな表情が浮かんでいる。


 なぜ、そのような顔をするのですか?


 私の鼓動は少しずつ早くなった。


「未来は変わらないのか?」


 尋ねて、私の肩に手を添えた。一瞬、両手に力が込められた気がしたが、それらは激しく震えているだけで肩の痛みは感じられない。添えただけで、掴まれていないらしかった。


 ゴーティエ王子?


 私は声を出せない。顔面蒼白の彼を見ていると、彼が心配なのと同時に恐ろしかった。

 彼は黙った私に代わるように言葉を続ける。


「オレは貴女との子がほしい。もしかすると、幸せな結婚にならないかもしれない。それでも、貴女と一緒にいられるならオレはそれでいいんだ。なぜ神は、オレから貴女と子を奪おうとするんだ?」


 その言葉を聞いた直後、私の視界がくるりと回転した。次には天蓋と、まもなくゴーティエ王子の悲痛な顔が目に入る。


「ヴァランティーヌ、予言は嘘だったと言ってくれ。気が動転して口走ってしまっただけなのだと、そう告げてくれよ。ずっと、ずっと待っていたんだ。貴女を手に入れて、貴女を幸せにする日を。なのに、どうして……」


 彼の綺麗な顔を涙が濡らした。


 ああ、胸が痛い。


 シナリオ通りであれば私は死ぬことになる。でも、これまでの情報からするとシナリオは少し変化しているようだ。ひょっとしたら、私は死なずに済むかもしれない。

 ただ、それによって物語にどういう影響が出るのかは未知数だ。私が前世を思い出して動き始める前から筋書きが変わっていたらしいことを思うと、なおさらどう変わっていくのか推測できない。


「予言は……嘘ではありませんわ、ゴーティエさま」


 そう答えるしかないだろう。私が知っているのは、彼との子を宿して死にゆくヴァランティーヌなのだから。

 私は彼の頬に手を当てて、涙を優しく拭った。


「しかし、悲観してばかりいても仕方がありません。できる限り最善に向かうように努力しましょう」


 婚約を破棄できればいいはずだ。解消という形にしないのは、私が次の相手とすぐに結婚できなくするためでもある。私がなんらかの罪を犯したことにして婚約破棄になれば、罪を償う間は誰とも結婚することはできない。


 だから、婚約を破棄してください。そうすれば、私は誰のものにもなりません。それでいいではありませんか、ゴーティエさま。二人、それぞれ別の道を歩むことになっても、ともに生きてさえいられれば。


 再び婚約破棄についてを話し合おうと唇を動かそうとしたとき、ゴーティエ王子の瞳に昏い炎が揺らめいた。


「――ソフィエット嬢が邪魔になるというなら、なにかの理由をつけて国外追放にでもするか? オレに近づけさせなければいいんだよな?」

「ああ、なるほど……」


 ソフィエットとゴーティエ王子が結婚するという流れになるのがまずいのだから、物理的に距離をおくという方法はありだろう。

 ゴーティエ王子の提案に頷いて、私ははたと気づいた。

 私は急速に思い出す。

 前世の記憶があやふやであるが、確かソフィエットの攻略対象に隣国の王子も含まれていたはずだ。そうならば、多少強引だろうとそのルートを目指してもいいかもしれない。ソフィエットと隣国の王子とをくっつけるために私たちがお膳立てをするのはアリだろう。


 いや、でも待って。それはそれでマズくない?


 胸がざわつく。この方法は悪手だと本能が告げている。


 隣国の王子と結ばれた結果、何が起こるんだっけ……? ん? そのルートでも、ヴァランティーヌは悪役令嬢ポジションだったわよね? いや、そもそも――


 思い出そうとしていると、ゴーティエ王子が薄く笑った。妖艶な笑み。


「あるいは、いっそうのこと消してしまおうか? まさかアロルドが乗り気にならないとは思っていなくてな。あいつにとって悪い縁談ではないと考えていたのだが、あんなに渋るとは」

「ええ……彼女には悪い噂もないのに、不思議ですわ」


 ゲームでは何度もアロルドを攻略した。なので、シナリオ通りならパーティーで助けたソフィエットには興味を持つはずなのだ。顔見知りの相手で、家柄もまずまずだというのに、なにが問題なのだろう。


「アロルドに好いている女がいるのか……そんな素振りはなかった気がするが。次に会うときまでには探りを入れておこう」


 ん? なんかスルーしちゃったけど、ゴーティエ王子、結構不穏なことを言いましたよね? 消すって……勢い余ってソフィエットを消さないでくださいね?


「あの、ゴーティエさま。なにかあったのですか? このように拘束せずとも、お話はできたと思いますが」


 テラスに遅れてやってきたことも引っかかる。

 約束の時間よりやや早いくらいに到着した私であるが、これまでの経験上、ゴーティエ王子のほうがかなり余裕を持って現れるためにそうしたのだ。ましてや王宮内が会場で、日時の指定もゴーティエ王子に決めてもらったことを思うと、彼が一番最後に現れるのは奇妙だ。


 私とアロルドさまを二人きりにして、様子を窺うつもりでいたのかと思っていたけど、なんか違いそうなのよね……。


 私が尋ねると、ゴーティエ王子は私の頬を撫でた。


「いや、心配にはおよばないよ、ヴァランティーヌ。感情が高ぶっているだけだ」


 その言葉は嘘だ。

 根拠はないが、偽りを述べていると直感した。私が探るための言葉を選んでいると、彼の顔が急速に近づいて唇を奪われた。


「んぅっ」


 詮索する言葉を奪われたのだと理解する頃には舌が絡み合っていて、それだけでなくスカートの裾が大きくまくられていた。


「やっ……ゴーティエさま……」

「抵抗するな、ヴァランティーヌ。怪我をするぞ」

「ま、待ってください」

「子をなしたら貴女が死ぬというなら、オレも貴女を追って死のうか?」


 スカートの中に差し込まれた手が私の下着に触れる。脱がされそうになるのをすがって止めた。


「いけません、ゴーティエさま……そんなこと……あ、やっ、待ってッ」


 一度は止まってくれたが、脱がすのを諦めただけだったらしい。下着と肌の間に彼の大きな手が埋もれていく。


「貴女によって生きながらえた命だ。オレはたまたま王子として生まれてしまっただけ。すべてを貴女に捧げるつもりで生きているんだ。離れるなんて言わせない。ヴァランティーヌ、貴女も誓うんだ。絶対に離れたりしないと」

「ああっ……いやぁ……抜いてっ……」


 これから何をされるのかがわかって、誓えと言われても私は答えられない。とにかく今はこの状況から抜け出したくて必死だ。流されてはいけない。


 だから、そんな切ない顔で私を見ないで――


 私を見下ろすつらそうな顔を見せられたら応じたくなってしまう。ゴーティエ王子が優しく接してくれると信じられるから。


「心配しないでいいよ、ヴァランティーヌ。今夜は帰らなくていいから。許可は得てあるよ」

「ゴーティエ、さまぁ……」

「ヴァランティーヌ。オレは貴女がいないとダメなんだ。ごめんね」


 その言葉を最後に、私は快楽という快楽を彼から与え続けられることになったのだ。



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