7章③陰キャラ、バーベキューする


 高嶺さんとシャワー棟の入り口で別れ、シャワールームで身体を洗う。

 ふと思った。

(光輝は、もしかしたら葵のために、この個室のシャワーがあるキャンプ場を選んだのかもしれない)

 男女別の浴場があるタイプのキャンプ場なら、性同一性障害の葵はどちらにも入れなかっただろう。

 そんなこと、僕は考えもしなかった。光輝はあんなイケメンな上に、隠れた気遣いもできるのかよ。すごいな。

 シャワー室から上がってベンチに座ってると、高嶺さんが「お待たせ」と出てきた。

 濡れて火照った肌が激烈に色っぽい。長い髪を下ろしているのも新鮮だ。すっぴんになった事を気にしてるけど、僕には何が違うのかわからない。

 高嶺さんは僕の隣に腰を下ろす。石鹸の香りが漂ってきて、クラクラした。

「月岡君、顔が真っ赤。のぼせたの?」

「はい、すごく」

 お湯にではなく、高嶺さんにだが。

「あれ? でもシャワーだからのぼせるはずは……」

 彼女がふしぎそうに首をかしげたとき。

 ツッチーさんと前橋さんが、なんと一つのシャワールームから腕を組んで出てきた。

 満足感に溢れた表情。これはまさか……

(エ、エロいことをしていたんじゃないか?)

 あの高嶺さんが噛んで「場所を考えにゃさいっ」と叱ったが、このカップルには馬耳東風だろう。

 その後、僕たちと入れ替わりに鬼塚さんたちがシャワー棟へ行ったあと……

 いよいよBBQと芋煮の始まりである。

 すでに日は落ちているが、焚き火が放送研の面々を照らしている。

 高嶺さんが、皆に紙コップを配っていく。

「一年生と朝日奈さんは、未成年だからお酒は絶対ダメ」

「少しくらいなら、いーんじゃない?」

 ツッチーさんが焼酎を、己の紙コップにドバドバ注ぐ。

「そういう訳にはいかない。月岡君、何が飲みたい?」

「お茶ですね」

 高嶺さんがクーラーボックスからお茶のボトルを取り、注いでくれた。恐れ多い。

 鬼塚さんが己の紙コップに注いでいるのはコーラ。酒豪っぽい風貌だが、酒に弱いのだろうか。

「みんな、飲み物は持った?」

 高嶺さんの声に、皆がうなずく。

「今日のお肉やお野菜は、ツッチーのご実家からいただいたものです。皆で御礼をいいましょう」

 ありがとうございます、とツッチーさんに頭を下げる。ツッチーさんは鷹揚に紙コップを掲げた。

 そして高嶺さんが、僕へ微笑みかけてきて、

「月岡草一君」

「あ、はい!」

「放送研へ入ってくれて、本当にありがとう。今日はたくさん楽しんで――乾杯!」

 かんぱーい、と皆が紙コップをぶつけあう。

 バーベキューコンロでは炭が熱され、網で肉や野菜が焼けている。

「まず主賓から」と、葵が僕の皿に肉を載せてくれた。

 タレにつけて食う……うまっ! なんだこれ。肉の旨味がすごく濃い。 ツッチーさんが遠い目をして、 

「これはアタシが育てた、花子2才。小さい頃はそりゃ可愛くてね。トテトテと後ろをついてきてさぁ……」

「プロフィールを言うな。食いづらくなる」

 前橋さんがツッチーさんを小突いた。皆が笑う。

 皆でしばらく肉や野菜を食べた後、鍋の側に立つ高嶺さんが、

「みんな、芋煮も食べてね」

 発泡スチロールの椀に注いでくれる。冷えてきたので、温かい汁物がありがたい。

 高嶺さんが光輝に渡すと、

「はい、光城君」

「ありがとうございますにゃん」

「も、もうそれは、イジるの無し!」

 光輝が、皆に『にゃん』について解説しようとする。それを高嶺さんが止めている。

(ひとりでBBQや芋煮するのも、楽しいけど)

 こういう風に、気心の知れた人と食べるのもいいもんだ。

(僕の知らない世界が、あったんだな……)

 それを教えてくれた少女・舞が、近づいてくる。焚き火の明かりで見る彼女は、いつもより少し大人っぽく見えた。

「センパイの『芋煮やろう』という提案、喜んでもらってよかったですね」

「うん……あ、そういえば舞。さっき思い切って、ちょっと高嶺さんをイジってみたんだ」

「えっ」

「君のアドバイスのおかげでうまくいったよ。あと『マイナス・プラス話法』も使ってみた」

 舞が肩を落として、

「また私の伝授した方法を使って、高嶺さんと仲良くなれたわけですね。ことごとく、わたし裏目……」

 力が抜けたようにしゃがみこんでしまった。

「ど、どうしたの?」

「いえ『私って、本っ当にバカだなぁ』と思いまして……」

「大丈夫だ。舞の学業成績は上向いている」

「そこじゃないですよ!?」

 じゃあどこなんだ? と聞くと、舞は激しく目をおよがせて、

「いやその……あ、ツッチーさん、高嶺さん! いやぁ楽しいですね!」

 極めて不自然に話題をそらし、二年生の二人と合流する。

 高嶺さんのコップに入っているのは、オレンジジュースだ。舞がたずねる。

「高嶺さん、お酒飲まないんですか?」 

「飲めないわけではないのだけれど……私はお酒を飲むと、その」

 口ごもる高嶺さん。

 ツッチーさんが、焼酎を水のように飲みながら、

「今年の夏、放送研の二年の四人で酒飲んだの。そしたら遙花の奴、アタシに抱きつきっぱなしで……甘えるわ『私はダメだ』と泣くわで、もう滅茶苦茶」

 想像できない。それに『私はダメ』って、高嶺さんに駄目な所なんてあるのだろうか。

 ツッチーさんが舞に紙コップを預ける。そしてエアギターならぬエア甘えで、当時の高嶺さんを臨場感たっぷりに再現。

 高嶺さんは恥ずかしそうに身を縮め、舞は興味深そうに聞いていた。

「へ~~そんなことが……ぶはっ!?」

 突然、舞が変な声を発した。両ひざをつき、激しくむせる。

 しゃがんで彼女の顔を覗き込むと、真っ赤になっていた。

 どうやらツッチーさんに持たされた焼酎を、間違って一口飲んでしまったらしい。アルコールに全く耐性がないようで、目の焦点が合っていない。

 高嶺さんが介抱しようとしたが、舞は幼子のように、僕へ両手を伸ばしてくる。

「しぇ、しぇんぱい、トイレ……」

 やばい。吐きそうなのか?

 少しためらったあと、舞に肩を貸して歩き出した。柔らかであたたかい身体が密着してくる。

 『ひゅー』と光輝がはやし立ててきた。うるさい。

 電灯で照らされた薄暗い道を、二人で歩く。舞が体重を思い切りあずけてきながら、

「あのれすねー。本当に今日、高嶺さんに告る気ですか?」

「なんだそれ。舞が出したクエストじゃないか」

「そうですけど、そうれすけど~」

 舞が駄々っ子のように言う。

「うまくいく確率は凄く低いだろう。骨は拾ってくれよ」

「拾いますよ……」

 舞はうつむいた。前髪で顔が見えない。

 そしてハッキリと、決意を告げるように、 

「拾って、心から大切にしますよ」

 トイレの近くまで来ると、よろよろと入っていく。

(……なんか今日、舞の様子が変だな)

 だが、そろそろキャンプも終盤。

 いよいよラスボス戦だ。高嶺さんに告白するため、会う約束を取り付けねばならない。

 LINEにするか、直接話しかけるか……

(すげえ怖い)

 さすがに今日は、いつものようにクエストを楽しむ余裕はないな。

 

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